第597話(7-90)黒竜将軍の最期

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 〝赤い導家士どうけし〟とは、世界救済と革命をスローガンに掲げ――。

 大陸中で殺戮さつりく略奪りゃくだつの限りを尽くした、極悪非道の国際テロリスト団体である。


 クロードは三年前、領主の影武者を押しつけられたばかりの頃、邪竜ファヴニルの手引きでマラヤディヴァ国に侵攻してきた〝赤い導家士どうけし〟に辛くも勝利し……。

 逮捕した構成員のうち、現地参加者や軽犯罪者をレーベンヒェルム領に登用することで、共に領地改革を成し遂げた。

 しかしながら、ダヴィッド・リードホルムやエカルド・ベックのように、邪竜の手先となった者や、その後も凶行を繰り返し続けた構成員は少なくない。


 なぜこのように、極端な二面性が生まれたのか?

 

 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一三日夕刻。

 女性用ビキニアーマーを身につけた初老の剣士カリヤ・シュテンは、敵将であり元〝赤い導家士どうけし〟の参加者でもある黒竜将軍ギュンターと交戦中に、その謎を解く一言を告げた。


「黒竜将軍ギュンター、貴方の言葉で確信できたわ。〝赤い導家士どうけし〟が目的を見失って烏合うごうの衆に成り果てた原因は、エカルド・ベックだったのね」


 ベータ、ラーシュ、マルグリットといった、大同盟軍の北部隊参加者は、彼の意外な言葉にどよめいた。


「さすがは、ブロルの盟友といったところか。そうともシュテン。エカルド・ベックは失敗した負い目があるからこそ、ファヴニルにすがっているのさ」


 おまけにギュンターは、シュテンと交戦を続けながら、彼の言葉を肯定したではないか。


「待ってくれっ。このベータ、師父シュテンとギュンターが何を言っているのか、さっぱりわからない」

「そうだよ。ベックは口が上手くて、仲間を増やすことに長けていたんだろう。勢力を大きくすることがどうしていけないんだ?」


 ベータは怪我をおして無理に戦い、ラーシュもまた婚約者のマルグリットを庇いながら戦闘中だったため、二人の会話についていけなかった。


「そうネ。好事家こうずかが集まる同好会なら、どんなに参加者が増えても良かったのヨ。武術の腕を鍛える道場や利益を追求する商家でも、そうそう本質を見失うことはないでしょう。でも、〝赤い導家士〟の目的は世界救済よ。構成員が増えれば増えるほどに、どういう手順で世界を滅びから救うか、アヤフヤになるの」

「「ああっ」」


 シュテンがギュンターの攻撃を引き付けながら解説すると、ベータ、ラーシュをはじめ、北部隊員の大半があっと息を飲んだ。


辺境伯様クロードには、〝邪竜を討ち、国主を象徴とする法治国家の設立する〟という理念がある。細かく決めていたわけではないでしょうけど、彼の大方針は三年前から一貫しているワ。ワタシ達とベック達の、決定的な違いはそこでしょうね」

「フン。〝赤い導家士どうけし〟は、ベックやイオーシフら幼馴染が始めた集団だからな」

「あうちっ」

「師父!」


 ギュンターはシュテンのキックを巧みな重心移動で受け止め、彼を体当たりで弾き飛ばし、庇いに入ったベータをも斧で打ち据える。


「……結成当初の〝赤い導家士どうけし〟は、わざわざ綱紀こうきを定める必要はなかったし、理念を一から共有することもなかった。〝女男爵バロネス〟マルグリット、貴様が参加した若手貴族の改革サークルもそうだったのではないか?」

「それは、そうですが」


 ギュンターが言い放つと、マルグリットと彼女の部下達も心の古傷をえぐられて肩を落とした。


「船頭が多ければ、船は山にだって登る。ベックが他組織を乗っ取って勢力を増せば増すほどに、〝赤い導家士どうけし〟が本来持っていた理念は忘れ去られ、脳内お花畑の過激派や毒饅頭喰らいの裏切者が幅をきかせた。創造者ブロルが始めたネオジェネシスもそうやって分裂しただろう?」

「うう」

「痛いところを突いてくれるわネ」


 同様に、ベータとシュテンにとっても痛恨だった。


「〝赤い導家士どうけし〟は賊徒ぞくととして追われ、ベック自身も詐欺師に堕落した。だからヤツはファヴニルの力で死者を蘇らせて、新しい世界でやり直したいのさ」


 ギュンターが悲しげに呟いた時、太陽が西の海に沈み、幅二〇キロに及ぶ氷雪要塞に異変が生じた。

 城門が割れて、城壁が崩れて、まるでかき氷に苺シロップとトマトケチャップをぶちまけたような、不定形の怪物へと変貌したのだ。


「……ベックめ、アンドレアスとバルトロメウスの次は、オレ様達を切り捨てたか。まあ、予想していたことだ」

「「ギュンター様、お先に失礼します」」

「おうっ。次は新世界か、天国で会おう」


 大同盟北部隊と、ギュンターの直掩ちょくえん部隊二割は要塞の外で戦闘していたため、間一髪で飲み込まれることはなかった。

 しかし、要塞に籠もって防戦中の黒竜将軍部隊八割は、ベックの暴走に巻き込まれて赤い雪の一部となった。

 ベータは、エカルド・ベックのあまりに汚いやり口に思わず叫んだ。


「ギュンター、もうやめろ。こんな真似をされて、どうして我らと戦うんだ?」

「ベータ。元よりオレ様の隊は俗世に未練などない。ただ納得できるまで戦いたいだけだ。切り捨てられようと恩義は恩義、第二の生は奴の為に使うと決めた」

「……ギュンター。このベータ、お前の闘志を心より尊敬する」


 ベータは拳を握りしめ、紫の雷が鍛え抜かれた肉体をびりびりとはしった。


「マル姉、勝とう。バッツ義兄さんのように、あの人を詐欺師の犠牲にしたくない」


 ラーシュは乱れた栗色の髪を撫で上げて紐で結わえ、背負った契約神器の儀礼剣から、森羅万象を〝軽く〟する金色の光を発した。


「術式―― 〝日慕にちぼ〟――起動!」


「うん、わかるよ。あの悲しい武人を終わらせてあげよう」


 マルグリットも蜜柑色のショートヘアがふわりと逆立ち、彼女の左手首を飾る腕輪から、ありとあらゆるものを〝重く〟する銀色の光が立ち上る。


「術式―― 〝月想げっそう〟――起動!」


 ベータ、ラーシュ、マルグリットの三人と、黒竜将軍ギュンターは激突したが、もはや勝敗は明らかだった。

 大斧を振り回す黒い鎧をまとった武人の攻撃は〝軽く〟なって威力は減衰し、身動きは〝重く〟なって回避もままならない。

 一方の三人は、〝軽く〟なったことで速度が向上した上に、攻撃はより〝重く〟力を増した。


「それでこそ戦い甲斐があるというものよっ、かかって来い!」


 それでもなお、勝負は一進一退の攻防が続き。


「うおおおおっ、マッスル・ユウジョウ・サンダアアアアっ!」


 太陽が完全に沈んだ頃に、婚約者二人の支援を受けた若きネオジェネシスの一撃が、ようやく死者に引導をわたした。


「フハハ、技の名前は気に食わんが、褒めてやる。ベータ、ラーシュ、マルグリット。よくぞオレ様を倒した!」

「ギュンター。もしベックの裏切りが無ければ、きっと其方が勝っていた」

「いいや、戦とはこういうものよ。ありがとう、良い死合いが出来た。オレ様は今度こそ、生きて、生き抜いたぞ!」


 黒竜将軍ギュンターと彼の部下達は白い結晶となって散り、大同盟の北部隊は彼らの最期を敬礼して見送った。


――――――――――――――――――

あとがき

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