第275話(4-4)疑心と裏切り

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 アンドルー・チョーカーは大同盟より作戦の全権を委任され、ユーツ領解放部隊隊長に任命された。

 彼はソーン領を中心に、精兵二〇〇人を選抜。また幹部として、以下五名の参加を求めた。 


 副隊長  ミーナ

 作戦参謀 ヨアヒム

 侯爵令嬢 ローズマリー・ユーツ

 令嬢護衛 アリス・ヤツフサ

 工作班長 ミズキ


 また、とある領主が各地に詫び行脚をしたことで、急きょ部隊への同行が決定する。


 付添い人 クロード・コトリアソビ

 かわうそ テル

 銀色の犬 ガルム


 以上の三名? が加わって陣容が整った。

 とはいえ、チョーカーも心から納得していたわけではない。


コトリアソビクローディアスよ、ピクニックではないのだ。動物連れはいかがなものか?」

「いや、事情があって。テルのやつ、僕から離れるとファヴニルに殺されかねないんだよ」


 チョーカーは、クロードがテルと呼ぶかわうそを見た。

 彼はクロードの肩に座ろうとしたところ、ふしゃああと唸りをあげたアリスに蹴飛ばされ、のされたところをガルムに慰められていた。

 チョーカーは、珍しく動揺していた。

 テルの方はともかく、ガルムは西部連邦人民共和国の処刑人、オズバルト・ダールマンが守る魔術塔”野ちしゃ”で交戦した契約神器だったからである。

 本音を言うならば『もしも裏切られたらどうするつもりか?』と訴えたかった。

 だが、怪しさを鑑みるなら、緋色革命軍を裏切ったチョーカー自身や共和国工作員であるミズキもドッコイドッコイだろう。口に出すのは、はばかられた。


「むむ。最近、ミーナ殿と仲良いみたいだし、認めよう。こういう時こそ柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応せねばな」

「そうそう。チョーカーが話のわかる隊長で助かるよ」


 クロードは『チョーカーがいきあたりばったりでラッキー』などと、内心ではピースサインを決めていたのだが、表面上は平静を装った。

 ユーツ領解放部隊は、四、五人程度の班に分かれてマラヤ半島に潜入する。

 部隊を先導して案内人を務めたのは、エングホルム領とユーツ領出身の兵士たちである。

 彼らは約一年前の商業都市ティノーを巡る戦いで、クロードやヨアヒムたちレーベンヒェルム領軍によって、現在の解放部隊隊長であるチョーカーが率いた緋色革命軍から救出された人々だった。

 これを歴史の皮肉ととるべきか、輝かしい融和と見るべきか。案内人たちも隊員たちも、まだ答えを出すことは出来なかった。

 ともあれ解放部隊のメンバーは、高山都市アクリアの南部、緋色革命軍の強制移住によって出来た廃村で、無事合流に成功するーー。

  

「よくぞ一人も欠けることなく辿り着いた。作戦決行日は、三日後の一五日とする。どうやら街で公開処刑が行われるらしい。小生たちはこの騒ぎの隙を突く」


 合流地点は、緋色革命軍に略奪され、放火された下級貴族の邸宅だった。屋形の主人であるルンドクヴィスト男爵は、自身と一族の大半が討ち取られるまでユーツ侯爵家を守って奮戦したという。

 チョーカーは、生々しい血の跡が染みつく廊下をおっかなびっくり歩き、黒焦げになった広間に集まった部隊員たちの前へと進み出た。

 彼はこれみよがしに埃を払い落し、ヨアヒムら参謀部と打ち合わせた作戦を、あたかも自分独りで作ったように語り始めた。


「今回の作戦の主目的は二つ、高山都市アクリアの奪回と、北のふもとにある捕虜収容所の解放である。街と収容所はそれほど離れていないため、同時に攻撃するのが肝要だと小生は考える」


 もしも先に街を解放すれば、収容所に囚われた捕虜たちが危害を加えられる可能性がある。

 そして先に収容所に攻撃をかければ、街を支配する代官とその手勢が民間人を人質に取ることだろう。

 ここまでは、チョーカーの説明はもっともだった。


「!?」


 しかし、隊員たちは、配られた人員の割り振り表を見て、己の目を疑った。

 アンドルー・チョーカーは、本人こそ認めていなかったものの、平時の奇行と戦場の指揮ぶりから『マラヤディヴァいち非常識な男』というあだ名で呼ばれていた。

 救出作戦の内訳こそは、まさに非常識に他ならなかったからだ。


「アンドルー! 貴方はいったい何を考えているの?」


 それは、彼のパートナーたる羊族サテュロスの少女ミーナが、衆人環視の前でファーストネームを呼び、豊かな髪と丸めた角を逆立てて掴みかかるほどだった。


「高山都市アクリア攻略の人員は、クロードさんにヨアヒムさん、アリスちゃん、テルさん、ガルムちゃん。そしてローズマリーさんと彼女の護衛だけ。たったの二〇人。こんなの割り振りでもなんでもないでしょっ」


 二〇人と一八〇人。非戦闘員も含む計算とはいえ、チョーカーは部隊を一割と九割で分けたのだ。


「ミーナ殿、先に落とすべきなのは収容所の方だ。こちらを抑えれば、運次第で味方も増える。なに、アクリア攻略班は、小生たちが援軍に駆けつけるまで時間を稼いでくれればいい。コトリアソビには雷と炎の魔剣があるし、参謀長殿には契約神器もある。加えてローズマリー様は、契魔研究所から預かった切り札をお持ちだろう?」


 ミーナは自分の手を器用にシャツから離して、しれっとうそぶいたチョーカーの横顔が信じられなかった。

 眼前にいる男は、彼女の大切な友人であるエステル・ルクレを救うため、共に苦難に身を投じた彼女の想い人と、本当に同一人物なのだろうか。

 チョーカーのあまりに非常識な振る舞いに、ミーナは思わず彼の正気を疑い、次に非常に危うい可能性に勘づいた。

 ありえないことだ。ありえないことだが、今更になって里心がついて、緋色革命軍に寝返ろうとでもいうのではないか?

 チョーカーは困惑するミーナや隊員たちをよそに、能面のような顔で佇むローズマリーに呼びかけた。


「ローズマリー様。もしも不安ならば、小生たちに同行しますか?」

「アンドルー!?」


 ミーナが呼び掛ける声は、もはや悲鳴に似ていた。

 もうこうなっては、部隊分けでも何でもない。

 チョーカーは、クロードとヨアヒムに死んで来いと命じているだけだ。 


「いいえ、チョーカー隊長。その必要は無いわ。私は辺境伯様と共にアクリアへ向かいます。守ってくださるのでしょう、ヨアヒム」

「う、うすっ。オレ、もちろん頑張ります」


 ミーナは、作戦参謀たるヨアヒムならば必ず抗議してくれるだろうと、すがるような思いで見つめた。

 しかし、彼は頬を染めながらあたふたしているだけで、抗議という言葉が頭からすっぽり抜け落ちているようだ。


「ねえ、いいの? もしもこの人が、私たちが裏切ったらすべてが終わるのよ」


 ミーナの訴えをさすがに無視できなかったのか、ここまで沈黙を守っていたクロードが顔をあげた。

 クロードは、特に気負いのない表情でミーナとチョーカーの顔を見ると、ぱちりと片目を瞑る。


「だってさ、裏切るなよ。チョーカー隊長」

「ふははっ。コトリアソビ、小生を誰だと思っている?」


 こうして、ユーツ領解放部隊は作戦の準備を始めた。

 敵地を突っ切ってきたため、施条銃ライフルは持ち込めず、武器は途中で調達したありあわせの剣や槍といしゆみだけ。

 とはいえ、これまでチョーカーの無茶につきあわされてきたソーン領兵と、冒険者からの転職者が多いレーベンヒェルム領兵にとっては、武器の足りない戦場なんて手慣れたものだった。

 クロードとヨアヒムは、巡回の目を盗んで救助のための方策を練り、チョーカーやミーナたちは収容所近くの山麓に狩猟用の罠を仕掛けたり、隠れるための穴を掘ったりして過ごした。

 ミーナは不安だった。彼女はアンドルー・チョーカーという男を信じたかった。

 しかし、彼を知れば知るほどに、好意を抱けば抱くほどに、デタラメなほどのいきあたりばったりが目につくのだ。


(アンドルー……)


 ミーナが煩悶はんもんしようと、時間は止まらない。泥と土にまみれながら、作戦決行の日がやってきた。

 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 涼風の月(九月)一五日早朝。

 ミーナは、チョーカーたちと共に山に掘った塹壕ざんごうの中で夜を過ごし、朝の光で目を覚ました。

 チョーカーは、懐から取り出した懐中時計で時間を確認すると、通信貝を口にあてた。


「総員、作戦を開始する。敵は――」


 ミーナは、固唾を飲んで見守った。

 もしも、彼がクローディアス・レーベンヒェルムを討つなどと言い出したら、殴りつけてやるつもりだった。


「緋色革命軍だ。我々の同胞を救い出し、ユーツ領をイカレポンチのクソ野郎どもから取り戻す。やるぞ、お前達!」


 声は小さく、しかし確かな振動となって山を渡る風を震わせた。


「ミーナさん」


 近くで見守ってくれていたのだろう。

 ミズキがミーナを軽く抱擁ほうようして、背中をポンポンと叩いた。


「大丈夫だよ。チョーカー隊長は、たしかにロクデナシの色惚けだが、そいつはきっと、あんただけは裏切らない」

「な、何を言っている。小生ほど誠実な男はそうそういないぞ。ミズキ、お前、ひょっとして吊り橋効果を利用して、ミーナ殿を口説こうとしているのか?」


 チョーカーに振りほどかれて、しっしと追い払われたミズキは、笑顔である単語を口にした。


「時刻館」

「あばぁっ」


 チョーカーは、ルンダールの港町を旅行中に、とある悪事を行おうとしたのだ。

 普通、誠実な男は――女子が入浴中の風呂を覗かない。というか、れっきとした犯罪である。 


「隊長、ミーナさん。じゃあ、先に行ってるよ」


 ミズキは飛ぶようにして塹壕を出て、収容所へと向かった。

 彼女が率いる分隊は、チョーカーたち本隊が緋色革命軍を招き寄せている間に、収容所を攻略する使命を帯びていた。


「アンドルー、頑張りましょう」

「ふ。ミーナ殿の応援があれば勇気百倍。小生の天才たる作戦を見事ご覧あれ」


 そう格好をつけるチョーカーはいつものチョーカーだった。

 彼は非常識で、危なっかしくて、誤解されやすくて、色に弱い。

 しかし彼は、レーベンヒェルム領で宣言した通りに、ミーナの為にだけ戦い続けたのだ。

 ミーナは、そんなチョーカーを愛おしいと、そう思ってしまった。

 一人の少女の心をかき乱し、捕虜収容所の解放作戦が始まった。

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