第293話(4-22)表裏の男

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 クロードの返答に、緋色革命軍指揮官は目を細めて問いかけた。


「ほう。辺境伯、違う形とはどういうことかな? 具体的に言ってもらいたいね」

「共和国が王道楽路計画と並行して海外でやらかしている、強引な土地や資源の収奪と、駐屯地建設による制海権拡大のことだよ」


 悪徳貴族のはっきりとした返答に、ベックはクスクスと笑い始めた。


「素晴らしい。それでこそ、だ。すでに理解していたか。否定はしないとも。商売だからね、有償投資の返済が滞るなら担保を差押えるのは当然のことだ。流通を安定させる意味で、制海権だって無視できない。いざ非常時という際に、他国に航路を握られていては困るのだよ。だから、軍隊を駐留させる。これらのどこが悪いというのかね?」

「共和国にとっては良くとも、無理矢理押し入られる国には迷惑千万だ」

「事実の誤認だよ。あらゆる国は自ら望んで共和国に賛同し、庇護を願い、その参加に入るのだ。神聖投資銀行の活動と共に、共和国は貿易、金融、すべての流れを支配する経済帝国の雄となる。アメリア合衆国、ガートランド聖王国、妖精大陸、あまたの国々から出資される資金を偉大なる共和国が分配、投資して、空前絶後の利益を生むのだから」


 恍惚と演説するベックに、クロードは浅く息を吐いた。

 己の役回りが、この場でもツッコミ役だと自覚したからだ。


「ベック。お前の言う王道楽路計画の肝になる神聖投資銀行だが、その投資資金は誰が出すんだ? 合衆国も聖王国も実際には加盟していない。『鍋パーティをやるから金のない奴は俺のところへ来い』と呼びかければ、いくらだって集まるだろうさ。客が一〇〇人、二〇〇人集まって空の鍋を囲んで、食べる肉と野菜はいったい誰が用意するんだ?」

「辺境伯。卑近なたとえはやめたまえ。鍋ではなく、投資だ。それも莫大な見返りを生む、ね。人を動かすものは欲望だ。今、目の前に黄金郷に至る馬車があるというのに、黙って見送る愚者がどこにいる? 経済的な活路を見いだしたい国、政治的な突破口を望む国、ありとあらゆる国々が、自ら望んで金を出すことだろう」

「でも、お前の話す通りなら、『利益はすべて共和国がふんだくる』のが前提なんだろう? 公正なガバナンスが期待できないなら、出資する旨味なんてない。黄金郷行きの馬車は結構だけど……そいつは出発前に脱輪しているか、そもそも馬がいないんじゃないか?」

「西部連邦人民共和国は大国だ。軽んじるのはやめてもらおう!」


 ベックが唾を飛ばしながら吠え立てると、クロードは鷹揚に首を振った。


「誤解するなよ。成立しないとは言っていない。経済っていうのは、自身と商売相手が富むほどに振興する。共和国がそう考えて、無理矢理土地や資源を奪うのではなく、勝手に軍事拠点を作るのでもなく、他国と共存して投資を進めるならば、大歓迎されるはずだ。陸と海を横断する交易路、結構なことじゃないか。きっとおおいに賑わうことだろう」


 つまるところ、王道楽路という計画が実現するのなら、もう少し時間をかけて穏やかで現実的なものに落ち着くのではないか、というのがクロードの見通しだった。

 もしも主導するのが、ニーダルが助力するエーエマリッヒ・シュターレンのような、信用に値する政治家ならば、実際に成し遂げても不思議はないのだ。


「でも、わかるだろう。ベック。穏当なやり方じゃあ、お前は必要ない・・・・・・・


 クロードの言葉に、ベックは押し黙った。


「ラーシュくんが言ったように、お前はただの詐欺師だよ。共和国や王道楽路の名前を勝手に借りて、己がさも大人物であるかのように見せかけて、本音は自分の利益をかき集めたいだけじゃないか。悪いがその手にはのれないね」


 クロードがあえて強い言葉で拒絶すると、ベックは不可解なことに、まるで納得したかのような落ち着いた笑みを浮かべた。


「実に残念なことだ。君があの邪龍と出会わず、クローディアス・レーベンヒェルムなどにならなければ、我々は肝胆相照らす友人となれたかも知れないのに」

「ベック。お前は」


 クロードは、二刀を握る手に力をこめた。揺さぶるつもりで挑発したのだ。にもかかわらず、ベックはあまり応えていない、むしろ彼の言葉に賛同しているかのように晴れ晴れとした表情をしていた。

 なんとなく確信できた。目の前の男は、本当は共和国のことなんて、どうでもいいと考えているのだ。

 落ち着いて観察してみると、先ほど口角泡を立てて声を荒らげたことさえ、演技に見えてくる。


「ここまでだ。辺境伯、交渉は失敗したが、準備は整った」


 最初からベックの目的は時間稼ぎだったのだろう。けれど、会話の間に切り札を見いだしたのは、クロードも同じだ。


「エカルド・ベック。もう異形の花庭ストレンジガーデンの攻略法はわかった。降伏し、罪を償え」

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