第292話(4-21)甘言蜜語

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『多くの罪なき人々を殺め、苦しめる緋色革命軍ひいろかくめいぐん。お前たちに、近いなどと言われる筋合いはない』


 クロードはそう断言しようとして、ラーシュに一足先を越された。


「エカルド・ベック。辺境伯様を、お前たちのようなテロリストと一緒にするな!」

「テロリストとは心外だね。君たちのように、愚かで浅はかな貴族が国政を歪め、その反動として我々が生まれた。犠牲を生んだ原因は、古い貴族社会そのものにある。権力を乱用し、国政を私物化し、人々に血を流させた貴族たちの存在こそ旧弊、唾棄すべき社会悪だ」

「現実を見ろ。俺たちの故郷を奪い、罪もない人々に犠牲を強いているのが緋色革命軍だろう。人心を惑わす詐欺師、人殺しめ」


 クロードは、額から冷や汗を一筋流した。

 ラーシュは、父と義兄の仇に等しい緋色革命軍指揮官を前に激昂していた。

 若き少年男爵が言いたいことを全部言ってしまうから、クロードが口を挟む隙がないのだ。

 とはいえ、現状はむしろ好機といえた。二人が論争に明け暮れている間に、落ち着いて異形の花庭ストレンジガーデンの攻略法を考えることができたからだ。


(先ほどの誘いと今の論争は、露骨な時間稼ぎだよな。砦の親衛隊が僕たちに勝利すると信じているのか、あるいは他に理由があるのか)


 クロードは、すでに仲間たちの勝利を確信していた。

 テルが門を破壊して、アリスとガルムが人質の救出に向かい、ヨアヒムとチョーカーが主力部隊で砦内部に進軍中だ。戦況は優位に進んでいる。

 だから、このままベックの時間稼ぎに付き合っても構わないのだが、どうにもすわりが悪い。今後を見据えた上で、なんとしても契約神器が強化した戦闘服の攻略法を編み出しておきたかった。


「ラーシュ・ルンドクヴィスト。君の契約神器もまた祖先より継いだものだろう。自身の努力で掴み取ったものではなく、ただただ与えられたものに過ぎない。ましてや恋人の対となる能力を望むなんて、幼稚にもほどがある。辺境伯は違う。我々と同じく古き秩序を破壊し、新しいレーベンヒェルム領を作り上げた。それは、彼の中に尊い革命の魂が燃えていたからだ」

「……」


 言うまでもないことだが、クロードの中で赤々と燃えているのは、『ファヴニルをぶん殴る』という虚仮こけの一念である。


「辺境伯もご存じだろう。西部連邦人民元共和国が進める王道楽路おうどうらくろ計画、複数の大陸にまたがる史上最大の経済圏構想がじきに動き出す。実現の中核を担う神聖投資銀行の加盟にはすでに五〇ヶ国以上が賛同している。今は、緋色革命軍と大同盟で争っている場合ではないのだ。私は共和国との間に深い繋がりをもっている。辺境伯よ、私が仲を取り持とう。我らが一の同志、ダヴィッド・リードホルムと志を合わせ、共に歩み、古き体制を破壊して世界平和と国際協調を進めようではないか!」

「は、話のすり替えを……っ」


 ラーシュは悔しそうに顔を歪めた。

 彼は武門の出であり、その若さもあって政治や経済などは得手としていない。

 一方、ベックはクロードがこれまで口を開かなかったこともあって、説得の手応えを感じていた。

 しかし。


「エカルド・ベック。僕がダヴィッド・リードホルムと組むことはあり得ない」


 緋色革命軍を背後から操る邪竜ファヴニル。

 クロードは、彼と決着をつけずにはいられない。


「そして王道楽路計画は成立するかもしれないが、お前が望むものとは違う形になると確信している」

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