第321話(4-50)緋色革命軍の分裂

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 今更のことであるが、クロードたち、個々人の目指す希望はそれぞれ異なっていた。

 ある侍女は、愛する人との平穏な時間を望んでいた。

 ある執事は、愛する人と故郷の幸せを祈っていた。

 ある狸娘は、愛する人と食っちゃ寝したかった。

 ある将軍は、愛する人と戦のない国を築きたかった。

 ある重戦士は、幼なじみを守りたいと願った。

 ある商売人は、経済振興による周囲の幸せを求めた。

 ある出納長は、領を再興すべく文武に力を尽くした。

 ある参謀は、主と決めた友のために戦場に飛び込んだ。

 中には、異性にもてたいチヤホヤされたいなんて隊長もいたし、お互いのことばかり考えている年の差カップルだっていただろう。

 けれど、彼らには、己が本願を果たすために、絶対に達成しなくてはならない目標があった。

 それは、マラヤディヴァ国を弄ぶ邪竜ファヴニルと、彼が操る外敵やテロリストから奪還することだ。

 悪徳貴族の称号で呼ばれる青年は、宿敵たる邪竜を倒し、彼や彼女が共通する目標を叶えるために、絶望の中で立ち上がりいまなお先頭を走り続けている。


 一方で緋色革命軍マラヤ・エカルラートもまた、様々な勢力の出身者が寄せ集まった組織だった。

 ダヴィッドを筆頭とする赤い導家士どうけしの残党や、ゴルトのように国外から流れ込んだ山賊や傭兵、レベッカを代表とする元貴族や騎士出身の不穏分子、ドクター・ビーストの力に魅入られた過激派などが、己が利益を得るため、野望を果たすために手を組んだ。

 緋色革命軍は、表向きにこそ平和だの平等だのと綺麗な看板を掲げたものの、数々の美辞麗句は他者を騙して利用するためのタテマエに過ぎなかった。

 逆らうものを悪と断罪できるから、平時の犯罪が革命の旗の下で正義になるから、混乱の中で下卑た自分の欲望を満たせるから。個々人に様々な理由があったが、看板はただの手段であって"共通する目標では無かった"。

 これは、代表である"一の同志"こと、ダヴィッド・リードホルムを見ても明らかだろう。

 彼には、名前をオッテルと偽ったファヴニルから貸し出された無敵の力があった。

 けれど、それだけだ。


 もしもダヴィッドが……。

 本当に人を救いたいのなら、与えられた力で大勢の人々を掬い上げることができただろう。

 本当に平和を愛しているのなら、率先して内戦を起こすのではなく、他の手段を試したことだろう。

 本当に平等を成し遂げたいのなら、民草に圧政を敷きながら、自らは酒池肉林にふけることはないはずだ。

 どれほど精緻な細工を施しても、どれほど美しい言葉で飾っても、砂の城は脆く崩れ去る。

 どうしてこうなってしまったのか? 答えは簡単だ。掲げた理想が嘘だったから。

 緋色革命軍に集った者達は、誰もがダヴィッドのように己が欲望に忠実だった。あるいは、マルグリットたちのように押し流されてしまうほどに弱かった。

 勝っているうちは良かった。奪えるものがある限り、組織は膨張した。士気は天を焦がすほどに燃えさかった。

 そして、マラヤ半島に残された取り分がメーレンブルク公爵領だけになった時、彼らのモチベーションと進軍速度は大きく低下した。

 公爵の必死の抵抗もあっただろう。オクセンシュルナ議員の支援もあっただろう。しかし、それ以上に取り分パイが足りないことが、緋色革命軍の足を重くした。

 ダヴィッド・リードホルムの目指す原始農業制度はおよそ現実に即しておらず、支配地域全域が、悲惨な収容所にして荒野になろうとしていた。これでは、もう何も奪えない。


 否、すぐ隣に奪える相手がいるじゃないか?

 クロードたちヴォルノー島大同盟の戦力が高まるにつれて、現状の報酬に不平不満をもつ緋色革命軍兵士たちが、"理想"に逆らって甘い汁を吸う同胞に狙いを定めたのは、当然の成り行きだった。

 かくして、今や獲物となった元同志の身ぐるみを剥ぐための凄惨な殺し合いが始まった。

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