第544話(7-27)血の湖(ブラッディ・スライム)再び

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 クロードが、イーヴォ隊・カミル隊を退けて、ヴァリン公爵と面会した頃――。

 巨大な黒虎姿のアリス・ヤツフサと、蜻蛉とんぼを模した魔法鎧を身にまとう女傑イザボー・カルネウスは、大型荷台を取りつけた三輪駆動車オボログルマ複数台に分乗して、ヴァリン領を南下していた。

 二人は元ネオジェネシス出身者で結成された特殊部隊を率いて、ヴァリン領南部に取り残された民間人の救出に向かうのだ。


「たぬう。公爵が言っていた〝血の湖ブラッディ・スライム〟が復活したって、本当たぬ?」

「ああ。アルフォンス何某が変身したっていう超ド級の怪物だろう? いくらファヴニルが桁外れと言っても、そんなモンスターを簡単に用意できるとは思えないね」


 アリスもイザボーも、〝血の湖ブラッディ・スライム〟の復活には懐疑的だった。

 しかし、一行が山裾やますその小村までたどり着いた時、風光明媚ふうこうめいびで愛されたヴァリン領の山岳地帯は、全長一〇〇〇mに及ぶ超大型スライムが暴れる地獄絵図と化していた。

 救出の対象だった山中の村はすべて壊滅し、大半の住民が食われた後なのか、山から逃れた生存者は数十人しかいなかった。


「れ、Revolution…… Revolution!」

「革命……万歳、革命……万歳!」


 まるで血で出来た湖のごとき巨大な不定形生物は、『革命』という一語を繰り返しながら数千もの赤い触腕を伸ばし、山裾の村で逃げ惑う人々を次々と喰らってゆく。


「うわああ、助けて、助けて」

「お願い、この子だけは」

「パパ、ママ」


 老いも若きも関係なく、触腕に囚われた人々は肉でできた風船のように弾けて、赤く大きなスライムの一部となった。


「イザボーさんっ、アルフォンスとは違うけど、あれは間違いなく〝血の湖ブラッディ・スライム〟たぬっ。放っといても、中途半端に傷つけても自爆する、厄介な怪物たぬ!」

「ちいっ。公爵の思い込みじゃなかったってことかい。自爆なんてさせるものかい。一気呵成いっきかせいにぶっ殺すよ。総員、撃てえええっ」


 アリスはオボログルマを飛び降りるや風の刃を放ち、イザボー隊は荷台に乗ったまま火薬式小銃を一斉発射する。


「れ、れ、れ、Revolution!」


 風の刃と銃弾の雨は、揺れるスライムの一部を引きちぎり、襲われていた人々が逃れるための時間を作ることに成功した。

 けれど、それだけだ。

 削げた血色のゼリーは瞬く間に埋まり、巨大な怪物は新たな贄の登場にブルブルと巨躯を震わせて歓喜した。数千もの赤い腕が、機関砲のように絶え間なく叩きつけられる。


「たぬうううっ!?」


 アリスは黒虎姿で交戦したものの、単純な力比べでは〝血の湖ブラッディ・スライム〟に敵わなかった。


「変身! たぬうううパァンチ!」


 アリスは虎耳と尻尾の生えた、黒い髪と日に焼けた肌の女性姿へと変化へんげして、両手のラッシュで迫りくる数百もの腕を粉砕する。


「こっちも変身するよ。術式――〝鬼蜻蜓おにやんま〟――起動!」


 イザボーもまた第六位級契約神器ルーンファンと、ドクター・ビーストの遺産たるパワードスーツの力を同期させ……。

 長い触角と丸い複眼を備えたヘルメットをかぶり、半透明の翼が生えたまだら模様のバイオスーツを装着した。

 イザボーはオニヤンマに似た特殊戦闘モードに変身して滑空、光輝く扇子と鎧から伸ばした爪で赤いゼリー腕を引き裂いてゆく。


「「おおおっ、守護虎様と隊長に続け。変身!」」


 そして、変身するのはアリスとイザボーだけではない。

 白髪白眼の元ネオジェネシス兵一〇〇名も、アリに似た生物的な甲冑装束かっちゅうしょうぞくを身につけて降車し、怯える民間人の元へと駆け寄った。


「ひっ。ひいい、新しい怪物か?」

「ね、ネオジェネシス、また敵になったの?」

「安心してください。命を守ること、それが我が父ブロル・ハリアンと、父の盟友クローディアス・レーベンヒェルムの意志です!」

「!?」


 納屋や側溝に隠れた人々の中には、異形の元ネオジェネシス兵に怯える者もいた。

 しかし、イザボー隊はただただ無心に、戦場のど真ん中で救援活動を開始した。


「他に生存者はいませんか?」

「ここから先の村は全滅だ。俺も、もうダメだ。その子を連れて行ってくれ」

「いいのよ。家族も友達も皆食べられちゃった。私は助からなくてもいい、あの人をどうか助けてあげて」

「我々は諦めません。絶対に貴方達全員を連れて帰ります!」


 被害者の中には、スライムに腕や足を奪われた者がいた。

 壊れた建物の下敷きになって絶望した者もいた。

 けれど、ブロルの遺志を継いだ子供達は、不撓不屈ふとうふくつの精神で彼や彼女を担ぎあげ、赤いスライムの暴威から救い出す。


「ああ、ああ。助かるのか、本当に?」

「わ、私たち、食べられないですむの?」


 イザボー隊の熱意は、恐怖に凍りついた人々の心を溶かしてゆく。

 けれど、獲物をやすやすと見逃す巨大スライムではない。肉体を爆発的に広げて、津波のように周囲一帯を飲み込もうとする。


「Revolution……革命……ばんざあいっ!」

「何が革命だ。この人殺しっ。野郎ども、アリスちゃん、奴の首をもぎ取るよっ!」


 イザボー・カルネウスは魔法の光を帯びた扇子を広げ、〝血の湖ブラッディ・スライム〟の更なる猛攻を阻むべく、ジグザグに飛翔した。

 彼女の扇子から揺めく炎の刃がたちのぼり、瀑布ばくふのように流れ落ちる赤い肉塊を触れた端から焼却する。


「イザボー隊長が活路をひらいたぞ」

「集中攻撃で、あの怪物を終わらせる」


 イザボー隊はすかさず追撃を開始。薄くなったゼリーの怪物に向けて、酸のブレスや魔法の矢、銃弾を雨霰あめあられと浴びせかけた。


「れ、……Revolution」


 アリスとイザボー達の連携は、〝血の湖ブラッディ・スライム〟を大いに揺るがせた。

 巨大な怪物は絶叫をあげながら、拡散した肉体を寄せ集め始める。


「させないたぬっ。トドメの、スーパーたぬうキック!」


 アリス・ヤツフサは仲間が作ってくれた好機を見逃さない。あたかも一条の閃光のように飛びこんで、風をまとったキックを叩きつけた。


「れ、Revolution……!?」


 アリスのキックは赤いスライムの肉体に魔術文字を刻み、吹き荒れる竜巻が、不定形の肉塊を轟音をあげて切り刻んだ。

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