第382話(5-20)要塞探索開始

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 傭兵ドゥーエ率いる調査隊がイケイ谷廃工場を爆破すると、隠されていた巨大魔法陣が姿を現した。

 奈落のように口を開けた魔法陣中央のハッチからは、先ほどカメレオン怪人が落下死した階段が覗き見える。

 クロードは羽を切り、無力化した蛾怪人の胸ぐらを掴みあげた。


「お前、ネオジェネシスだな? いったいここで何を企んでいた?」

「ふひひっ。悪徳貴族め、話すことなんてねえよ。もうすぐ――『雪が降る』――。そうなれば、旧人類はお仕舞いだ。おれは地獄の一等席で見ていてやるぜ、ふひゃはははっ、げぼあっ」


 テロリストは哄笑をあげながら、口から青や緑の結晶体を吐き出して息絶えた。


「こいつっ……」

「どうやら自決用の仕掛けがあったみたいでゲスね。ふん、雪が降る、か。……領都大火計画の隠語でゲスかね?」


 ドゥーエの推理は、いかにもそれらしく聞こえた。けれど、とってつけたような語尾のせいで、たいへん胡散臭うさんくさかった。


「そうかも知れないね。なるほど、雪と火か」


 クロードはそう答えつつも、『雪が降る』という言葉から、別の映像を思い浮かべていた。

 忘れもしない、緋色革命軍を下した日――。

 ネオジェネシスの創造者ブロル・ハリアンが見せた、極めて近く限りなく遠い並行世界で起きた終焉の記録だ。

 白い雪が降り積もる中で、儚げなオッドアイの少女と、妖しげな日本刀を持った隻腕の男が切り結んでいた。


(あ、れ? ――〝隻腕の男〟だって?)


 クロードは、左腕に義手をつけた傭兵ドゥーエの顔をまじまじと見なおした。


(そうだ。あの映像で、唯一生き残っていた男の髪型も、ドゥーエさんと同じドレッドロックスヘアだった。瞳の色は青かったけど)


 ドゥーエの隻眼、右の瞳は黒い。しかし、クロードは知っている。

 ソフィやレベッカ、ブロルといった巫覡ふげきの力を持つ者が異能の力を振るう時、彼や彼女の瞳は溢れた魔力で青く輝くのだ。


「どうしました、辺境伯様。オレ、何か無礼なことをやっちゃいましたでゲスか?」

「いいや、ドゥーエさん。ネオジェネシスのことを考えていたんだ。先に領警察へ連絡を入れるよ」


 クロードは雑念を振り払うように、仕事へ意識を向けた。

 秘密基地が明らかになった以上、領警察に増援を要請し、場合によっては領軍も投入できるよう手はずを整えておかねばならない。

 服の内ポケットから通信用の水晶玉を取り出して、領警察本部の通信魔術師オペレーターを呼び出す。


「僕だ。イケイ谷は当たりだ。地下に秘密基地が隠されていた。うん、立ち入り検査じゃ見つからなかったんだろう? 基地はきっとこの数ヶ月の間に、契約神器で作られたものだ」


 クロードは巨大な魔法陣とハッチを見て、改めてファヴニルら契約神器が秘める力に戦慄していた。

 世界を己が意志で書き換える手段があるのだ。物理法則も常識もあったものではない。

 一方、ドゥーエと一〇人の捜査員は、通信中のクロードに背を向けて盾となるよう円陣を組んでいた。


「ちょいと狭くなりますが、失礼しますよ。死んじまった友人が、似たような建築物型の神器を持っていてね。用心するに越したことはないでゲスよ」


 隻腕の傭兵は、警戒心も露わにそんな風に忠告してきた。

 クロードは了解したと頷いて、オペレーターと通信を続ける。


「発見した敵はパワードスーツを装着した人間が二人。量産されたアリ型ではなく、ドクター・ビーストが残した本物の遺産の方だ。一名は戦死、一名は捕縛後に自害した。サムエル隊長に連絡して緊急条項二条を――」


 残念ながら、クロードは最後まで通信を続けることが出来なかった。

 途中で魔法陣が目も眩むような光を発して、クロード達は距離を取っていたにも関わらず、強制的に内部へと転移させられたからだ。

 目の前には結晶化したカメレオン怪人の遺体が転がり、階段の上にあるハッチは完全に閉ざされていた。


「そ、そんな、何があったんだ?」

「どういうことだ? 二〇mメルカは離れていたのに」


 さしもの調査員達も、突然地下内部へと送りこまれて動揺していた。

 だだっ広い廊下の中で、薄赤い魔術の明かりだけが灯っている。


「落ち着けよ、ご丁寧に中まで案内されただけだ。辺境伯様が援軍を要請してくださったことだし、救援が来るまでのんびり散策でもしようじゃないか」


 ドゥーエが軽口交じりにフォローして、隊員達は恥じるように呼吸を整えた。

 クロードも通信途絶した水晶を懐に仕舞い込み、雷切と火車切を両手に掴む。


「契約神器の盟約者を倒せればそれでよし。時間さえ稼げば領軍が力尽くで突破するだろう。ドゥーエさん、参考まで聞きたいんだけど、御友人の神器にはどんな力があったんだ?」

「〝中にあるものなら何でも使える〟っていう危険極まりない代物だったゲスよ。この基地もおそらく、効果範囲内なら人や物を動かす自由が効くんでしょう」

「そうか。ここは、いわば敵神器の腹中ってわけか」


 国際テロリスト団体〝赤い導家士〟が壊滅して、初めて明らかになったことだが――。

 クロード達が二年前に交戦した支部長イオーシフ・ヴォローニンも、その手の力を秘めた飛行要塞と契約を交わしていたらしい。

 今年の春頃、彼はイシディア法王国で巨大な魔導実験を引き起こし国家転覆を謀るも、イシディア軍が派遣したコーネ・カリヤスクなる騎士と仲間達に討たれて死亡した。

 大陸中を騒がせた〝赤い導家士〟も遂に命脈が尽きて、ロジオン・ドロフェーエフなる男も指導者と共に果てたらしい。


(と言っても、ロジオンの死体は見つからなかったと聞く。ドゥーエさんは正直あやしい。めちゃくちゃあやしい。前線が落ち着いたら、イヌヴェとキジーを呼んで顔を確認してもらおう)


 クロードがそう心に決めている間に、ドゥーエは階段に一番近い部屋を安全確認して、三人一組スリーマンセルで探索するよう指示を出していた。


「辺境伯様には一組を護衛につけますから、この部屋でお待ちください。もう少し安全そうな場所を見つけたら案内しますよ」


 ドゥーエの勧めに、クロードは首を横に振った。一番信用ならない相手は、自分の目で見張り、真偽を確かめるに限る。


「その割り振りだと、ドゥーエさんは一人で動くのだろう? 僕が一緒に行くよ。貴方の傍が安全そうだ・・・・・


 ――嘘である。

 嘘ではあるが、クロードは偽りなく、彼に妙な安心を感じていた。


「へへっ、お目が高いでゲス。オレと一緒なら、絶対に死ぬこと・・・・だけはありせんよ」

「頼りにしてるよ」

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