第495話(6-32)託された希望、未来を繋ぐ

495


 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 花咲の月(四月)二〇日。

 東の海から昇った太陽が港町ツェアを照らす頃、クロードはネオジェネシス近衛隊副長のゴルフと出会い、ファヴニルに奪われていた桜貝の髪飾りの半分を受け取った。

 クロードが手ずから作り、彼の隣に立つ少女レアへと贈ったアクセサリだ。

 今では、愛する少女の正体である第三位級契約神器レギンの半身となっていた。


「レアだけじゃない。ブロルさんとアルファさんの力も感じる」

「きっとお二人が、最後の力を託してくださったのでしょう」


 三白眼の青年領主と青髪の侍女は、首だけになった恩人の遺体に黙祷もくとうを捧げた。

 ブロルは命を賭して、邪竜討伐の切り札を取り戻し、更なる強さを与えてくれたのだ。


「ブロルさん。もう少し、もう少しだけ待ってくれれば……」


 クロードの嘆きに、亡きブロルの親友である、女性用ビキニアーマーを着た筋肉ダルマ男シュテンが首を振る。


「辺境伯サマ。ブロルはネオジェネシスの創造者として、責任を取ったのよ」

「責任を取るのなら、他にっ……」

「どうかわかって欲しい。おれの親友は、多くの血と引き換えに、新世界ネオジェネシスを創ろうとした。けれど、ハインツ・リンデンベルクが、アイツの夢が叶わぬことを見せつけてしまった」


 人間はわかりあえない。

 自己を優先し、他人の痛みに無頓着むとんちゃくだ。

 だからこそブロルは、人間が記憶や感情といった表層意識を共有できる、新しい種族ネオジェネシスに進化すれば、誤解や争いは無くなると信じた。けれど――。


「ハインツが、意識の共有を洗脳手段として使ったからか。ネオジェネシスの一部は欲望のまま悪事に走って、人間と変わらないことを証明してしまった」

「それだけじゃないわ。ブロルは家族と故郷の仇討ちに協力してくれた貴方に、深い恩を感じていた。エカルド・ベックが、クロードとレアちゃんを傷つけた事を、ずっと気に病んでいたの」


 クロードは、ブロルの親友であるシュテンの言葉に何も言えなくなった。

 レアを見ると、彼女は桜貝の髪飾りに触れながら、遠い目で青い空を見上げていた。


「私は、アルファさんが苦手でした。アルファさんも、私を遠ざけていたと思います」

「レア。それは二人が、一〇〇〇年前に終末戦争ラグナロクで戦ったからかい?」


 レアの本性たる第三位級契約神器レギンと、アルファの正体である第一位級契約神器イドゥンの林檎は、かつて対立する陣営に所属していた。

 

「いいえ。私もアルファさんも、愛する人と二人だけの世界を望んでいたからです。まるで鏡を見るように」


 レアはクロードと二人だけで館を閉ざすことを望み、アルファはブロルと子供ネオジェネシス達だけで世界を埋めようとした。


「でも、ブロルさんもアルファさんもきっと違う道を見出した。私も御主人クロードさまと、もう一度この世界を受け入れたい」


 レアはクロードに寄り添い、二人は抱擁を交わした。


「レア。ファヴニルは討つよ」

「覚悟は出来ています。兄様は、私が止めます」


 シュテンは優しい目で見守りながらブロルの首を抱いて、ゴルフは安堵したように張り詰めていた相貌そうぼうを崩した。

 しかし、穏やかな時間を断ち切られた。

 緊急事態を告げる銅鑼と、港のサイレンがけたたましく鳴った。

 時を同じくして、港町ツェア北部で群衆が悲鳴があがる。

 

「うわあああっ、追っ手が来た!」

「なんだよ、めちゃくちゃ大きいっ!」


 全長二〇mにも及ぶ、顔のない蛇竜ニーズヘッグが三体、小山のような巨躯をのたうたせながら、町を押し潰そうと迫っていた。


「レア」

御主人クロードさま」


 青髪の侍女が桜貝の髪飾りへと吸い込まれる。クロードは一対二枚の髪飾りを受け取って、後ろ髪で結んだ。


「クロードくんっ、見つけた!」


 赤髪の女執事、龍神を祀る巫女の末裔が、港付近の灯台で手を振っていた。


「ソフィ。三人で、街を守るぞ」

「「うん!」」


 ソフィが手を合わせて祈る。クロードはレアと彼女の意志を感じながら深く深呼吸した。

 細身青年の背中から雷がほとばしり、数字の八を横倒しにした無限、♾の字を描く翼を形作る。

 完全な契約を交わし、恋人と恋敵ライバルという複雑な関係であっても、互いに互いを認め合ったことで、過去にあった反動はなくなった。

 クロードは、足からロケットのように火を吹きながら空を駆ける。


「GAAAA!」


 顔のない巨大な竜は、背から森羅万象を喰らう吹雪を撒き散らし、口腔こうこうからも凍て付く吐息ブレスを吐き出した。


「「うわあああっ!?」」


 やはり顔なし竜ニーズヘッグの力は強大だ。

 いまだ数十キロもの距離があったにも関わらず、三匹の蛇竜が吐き出したブレスが螺旋を描きながら拡散すると、街道と港街ツェア北地区が凍りついた。

 数えきれない多数の人々が巻き込まれ、逃れることも叶わず氷像と化した。しかし!


「術式――〝抱擁者ファフナー〟――起動!」


 クロード、レア、ソフィの三人は、それぞれ龍神であったファヴニルと縁が深く、同じ渇望ユメを持つが故に、邪竜へと変貌した彼と同じ切り札を使うことが出来た。

 世界が歪む。ほんの数秒ながら、港町ツェア北地区の時は逆回しとなった。

 人々も町並みも凍ることなく、遠く離れた蛇竜じゃりゅうも、いまだ吐息を口腔に留めたままだ。


「希望は受け取った。鋳造ちゅうぞう――」


 クロードの両手に、雷をまとった打刀と火を吹く脇差が現れる。


「ブロルさんの子供達は――」

「「GOOAAAA!」」


 クロードが左右の刃を一振りするや、天を衝く雷塔と、太陽の如き火輪が現れて、二体のニーズヘッグを吹雪ごと消しとばした。


「――僕たちが守る!」


 クロードは拳を握りしめて滑空、残されたニーズヘッグを、目と鼻のない顔面から尾っぽの先までパンチ一発でぶち抜いた。


「GYAAA!」


 まるで山のようだった怪物が両断されて、恐怖でパニック状態だった民衆も呆然と足を止めた。


「あ、あれが辺境伯様」

「マラヤディヴァ国の救い主」

「竜殺しは、ここにいたんだっ」


 歓喜の声があがり、やがて怒涛のように町中に広がった。

 カリヤ・シュテンは、恩人であり親友でもあった男の首を抱きながら、感慨深く呟いた。


「ブロル、貴方は確かに未来を繋いだわよ」

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