第一部/最終章 この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ!

第35話 とある年末の光景

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 時は、クロード達がセイを古代遺跡から救出した翌日に戻る。

 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 晩樹の月(一二月)一〇日。

 クロードとソフィは、朝食を取ったあと、屋敷の広間で布と型紙を前に二人で唸っていた。


「着物って、こう、じゃなかったけ?」

「えっと、こんな感じじゃなかったかな?」


 クロード達は、セイが目覚めた時に着るための服を用意しようとしたのだが、これが難題だった。

 まず、共和国企業連の大手服飾店に依頼したところ、似ても似つかぬパチもんが届けられた。


「材料に上物の布を渡して、なんで安物の布で出来たポンチョになるんだよっ!」

「ぼ、防寒具には使えそうだよ。クロード様」


 次に、市場開催によって出来たばかりの領都レーフォンの商家は、テロリスト”赤い導家士どうけし”の略奪を受けて、それどころではなかった。マラヤディヴァ国首都クランも、きっと似たような状況だろう。

 仕方なく、あいまいにだが着物の作り方を知っているクロードと、師事したササクラが身につけているのを見たことのあるソフィが再現しようとしたのだが、悪戦苦闘していた。


「領主様。無理せず、私たちと同じ洋服を着てもらえばいいのではないでしょうか?」


 見かねたレアが、思わずそう進言したものの――。


「でも、見知らぬ土地に来たわけだし、せめて一着くらいは、用意したいんだよなあ」

「ササクラ先生も、着物の方が好きだったんだ。クロード様、一緒に頑張ろうよ」


 クロードとソフィの熱意は変わらず、むしろ楽しそうに型紙を切っていた。

 だが、そんな穏やかな時間は、青ざめた顔のヨアヒムとアンセルが部屋を訪れたことで終わってしまった。


「辺境伯様。その思いやりを、ちっとはオレたちにも向けてくれませんかねぇ?」

「ソフィ姉さん。今は晩樹の月(12月)だよ。言わなくてもわかるよね?」


 どこの世界でも、年末は忙しいのである。いわんや、テロリストに襲われたレーベンヒェルム領をや、だ。


「お、落ち着け、ヨアヒム」

「は、話せばわかるよ? アンセル」

「「問答無用。働けェェエエエ」」

「「あ~れぇ~っ」」


 こうして、クロードとソフィは、荷馬車に乗せられた子牛よろしく暫定役所へと引き立てられていった。


「仕方ありません。メイドですから」


 残された布は、レアによって縫い上げられ、濃紺と茜色、二色の着物として仕立てられた。

 そして、客人であるイスカと、ぬいぐるみに似た格好のアリスは、屋敷を楽しそうに駆け回っていた。


「アリスちゃん、あーそぼうっ」

「イスカちゃん、かくれんぼするたぬ♪」


 一足早く冬休みに入った子供たちの、心温まるほのぼのとした情景がそこにあった。


 いっぽう、遠く離れた首都クランの木賃宿では、無事ひと仕事終えた冒険者ニーダル・ゲレーゲンハイトが、イルヴァ、カロリナという助け出した美女二人と、燃えるようにただれた休暇を過ごしていた。


「よっしゃ、もう一戦やるかいっ!」

「ば、ばかっ。もう朝だぞ。アン……」

「イルヴァひゃん可愛いれす」


 執務室で仕事する歯車と化した後輩が見た日には、真っ赤な血の涙流して殴りかかっただろうが、幸いにも、というか不幸にも知られることはなかった。


「宿主、オマエトイウヤツハ……」

「楽しければいいのだ。ほら、キスしよ、チュー♪」

「チュ♪」

「あー、抜けがけヒドい。こっちに、チュ♪」

「最低スギルッ! ヒトノ親トシテドウナンダ、コノ乱痴気騒ギ!?」


 呪詛のろいにツッコミを入れられるあたり末期まっきである。

 少しは痛い目にあえばいい、と言いたいところだが、常人なら即入院の大怪我を負いながらも、睦言に励むあたり、この男も大概だった。


(レヴァティン、今のこの子達にはケアが必要なんだ。しばらく静かにしてろ)

(真面目ナコト言ッテルノニ、チットモ信用デキナイ!)


 そんなこんなで、一〇日は暮れていった。そして、深夜になってもクロードの仕事は終わらなかった。


「ぶ、部長。可愛い後輩がピンチですよ。たすけてくださいよぉ」


 なお、頼れる先輩は、可愛い女の子二人といい汗をかいたあと、デートして、お酒飲んで、ちょっと高めのホテルに泊まって、やっぱりいい汗をかいていたことは言うまでもない。――無情である。



 明けて、晩樹の月(一二月)一一日。

 イスカとアリスがはしゃぎ過ぎて、屋敷のドアや小物を壊してしまったので、レアは観光に連れ出した。

 隣のヴァリン公爵領には”猫の街”と呼ばれる港町があり、猫の彫像が置かれた広場では、たくさんの猫が昼寝をしていた。


「こちらが、ヴァリン公爵領でも有名な猫スポットです」

「わーい、ねこちゃんいっぱい。ここだいすき」

「可愛いたぬ。こっちくるたぬ。な、なんで逃げるたぬ!?」

「アリスちゃんもだいすきっ!」

「ぐぇええっ、くびしめないで。あ、にげないでたぬ。たぬはこわくない、たぬ」


 格好はぬいぐるみに似ていても、本性は虎だからか、ひとやすみしていた猫たちはアリスを見て一目散に逃げてしまった。


「怖くないのに、酷いたぬ……」

「アリスちゃん……」

「次の目的地へ向かいましょう」


 落ち込んでしまったアリスだが、次にレアが案内した南国の花が咲き乱れる公園で元気を取り戻した。


「こちらは国立公園のひとつで、百種類以上の草花が自生しています」

「おっきいお花、いいにおいっ」

「おひるねおひるね、たのしいたぬっ」


 ベンチに座ってサンドイッチを食べた後、イスカとアリスはごろごろ転がって、戦いで傷ついた体と心をしばし休めた。

 そのあと、三人は、九竜のひとつに例えられるヴァリン河をくだる船に乗って、変わりゆく沿岸の風景を楽しんだ。


「南国ですが、体を冷やさぬようご注意ください」

「わーい、鳥さんがいるよ。あっちには山!」

「イスカちゃん、背中に乗るたぬ。もっと遠くまで見えるたぬ」

「やったーっ」


 レアは、甲板で無邪気にはしゃぐ二人を見て、緋色の目を細めて微笑んだ。


「とても愛らしい。良かった」


 ほんのわずかな時間。しかし、血塗られた戦いの中で生きてきたイスカとアリスにとっては、本当に貴重な安らぎだったのかもしれない。


 ――そして、徹夜明けのクロード達は仕事に追われていた。

 被害地の調査員から届く報告書をまとめ、支援物資を各所に手配し、テロリストが潜んでいそうな不審な場所をしらみつぶしに探しと、まさにきりきり舞いの状況だった。


「ソフィ。僕は、リア充の泊まるホテルに爆弾を仕掛けたい」

「クロードくん、正気に戻って。ほら梅干のおにぎりだよ。ほら、あーん」

「あーん、うまいっ! ほら、ソフィも」

「いいのっ!? あ、あーんっ」

「アンセル。オレ、あの辺境伯刺殺してぇ」

「ヨアヒム。殺すのは、仕事が終わってからだよ。今は働いてもらう」


 そんな殺気溢れるホットな職場に、新しい犠牲者が訪れたのは正午を回った頃だった。

 病院での治療を終えたエリックとブリギッタが帰ってきたのだ。


「よぉ、お前ら。ようやく退院できたぜ」

「ちぇ、もうちょっとイチャイチャしてたかった。どしたの、みんな?」

「よっしゃ、メイン盾来た! これで勝つる」

「待ってたよ、エリック。ブリギッタっ。ようこそぉ」

「に、逃げるぞっ、ちょっと来るのが早すぎたぁ」

「な、なんなのよっ。みんな不死者アンデッドみたいになって、いやあああっ」


 まるで屍人の群れに引きずり込まれるように、職場内へと飲み込まれた二人を見て、またもクロードと役所の評判が下がったが、まあ、今さらのことだった。


――

――――


 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 晩樹の月(一二月)に、”赤い導家士どうけし”が引き起こした大規模テロにおいて民衆を守るために奮闘し、レーベンヒェルム領に名を轟かせた四人の若き俊英たちがいた。


 エリック。

 翌年、領警察特別警備隊隊長に任命され、領内の治安維持や災害救助活動に尽力することになる。

 クローディアス・レーベンヒェルムと口論する光景が何度も役所内で目撃されたことから、彼を警備隊長に任命することで中枢から遠ざけたのだ、とも、危険因子であるからこそコントロールしようとしたのだ、とも噂された。

 なお、後年この件について質問を受けた彼の親友、アンセル・リードホルムは「エリックはデスクワークが嫌いだったからね」と答えて、インタビュアーを煙に巻いたという。


 ブリギッタ・カーン。

 外交折衝を担当し、マラヤディヴァ国に帰化した共和国人、通称”楽人”たちとの交渉に努めた。

 不仲であった父パウル・カーンとも和解、数年後には、交際していたエリックと結婚式を挙げた。

 後年、インタビューを受けた際、クローディアス・レーベンヒェルムについて「年末はデートもできなかったのよ。ひどい上司!」と答えている。

 しかし、残された映像記録によれば、その時の彼女は、まるで過ぎ去った日々を懐かしむように笑顔だったという。


 ヨアヒム。

 領軍参謀長に就任。徘徊ワンダリングモンスターやテロリストから、レーベンヒェルム領を防衛した。

 二枚看板であったアリスとセイを縁の下から支え、数々の作戦を成功させた。

 評価の割れる悪徳貴族、クローディアス・レーベンヒェルムを公的に支持し続けた、数少ない人物でもある。

 リベラル派を標榜ひょうぼうし、故人を罵った共和国やナロール国の高官たちに対し、「尊敬する将軍は何人もいる。だが、オレが仕えた主君は、あのひとだけだ」と答えた逸話から、彼自身の風評もまた割れることになった。

 なお、晩年、親友であるアンセル・リードホルムに「年末の修羅場に、あの辺境伯刺殺してぇとか言ってなかったっけ?」とからかわれ、「お前だって仕事終わったら殺してやるとか言ってただろ!」と激怒して、年甲斐もなく殴り合いの喧嘩になりかけた、との目撃証言があるが真偽は不明である。


 アンセル・リードホルム。

 出納長に就任。事実上のNo.2として、クローディアス・レーベンヒェルムの行政を支えることになった。

 反乱で悪名を残したダヴィッド・リードホルムの実弟であることから、なぜ悪徳貴族に処刑されなかったのか、研究家の間でも議論が尽きない。

 クローディアス・レーベンヒェルムと並ぶ、混迷時代のキーマンとして、更なる研究が待たれている。


――――

――


 更に明けて、一二日。

 イスカとのお別れ会を開いた後、レアの反対を押し切ってマラヤディヴァ国首都クランの港まで同行したクロードは、歓声をあげてイスカが飛びついた男性を見て愕然とした。


「パパっ! ただいま」

「イスカ。おかえり」


 少女が抱きついた男の、元は短かった髪は長く伸びていた。

 風貌は歳月を刻んでいた。だが忘れるはずもない。彼は、彼こそは、クロードが再会を望んだ先輩たちのひとり……。


「部長、僕です!」

「誰だお前?」

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