第345話(4-73)国主救出と万人敵出陣

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 紅森の月(一〇月)は、マラヤディヴァ国内戦における歴史的な転換期となった。

 クロード率いるヴォルノー島大同盟の部隊は、裏切り者の貴族ボルイエ・ワレンコフを討ち破った後、国主グスタフ・ユングヴィが籠もっていた砦へと馳せ参じた。

 クロードが国軍兵士達の最敬礼を受けながら砦の中に入ると、国主グスタフは自ら玉座を立って出迎えた。


「国主様。こんなにも長くお待たせしてしまいました。クローディアス・レーベンヒェルム、陛下をお迎えにあがりました」

「大儀である。苦難の道を越えて、よくぞ辿り着いてくれた。卿の献身に感謝する」


 グスタフは、クロードを抱擁して耳元で囁いた。


「……君の、本当の名前を教えてはくれないだろうか?」

「陛下。僕は、小鳥遊蔵人たかなしくろうどと言います」

「タカナシ・クロード、ありがとう」


 クロードは鼻の奥がつんとして、涙が滲むのを押さえられなかった。

 彼が歩き続けた茨の道は、ようやく報われたのかも知れない。

 国主による感謝の言葉は、悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルムではなく、クロードに向けられたものだったから。


「ここに国主グスタフ・ユングヴィが宣言する。私はヴォルノー島大同盟と共にあり、奪われた国土を彼らと共に取り戻す!」


 戦禍に閉ざされていた為に、長らく安否の確認が取れなかった国主の生存が確認され、オクセンシュルナ議員の発案により大々的に国内外に訴えたことで、大同盟は名実と共に官軍となった。

 そして、それは緋色革命軍がこれまで好き勝手に並べ立てた大義名分の崩壊を意味していた。

 グスタフ・ユングヴィはダヴィッド・リードホルムに禅譲してもいなければ、彼に国の運営を任せたわけでもない。緋色革命軍マラヤ・エカルラートが国主の名を勝手に使った嘘偽りの法律や、ねつ造による領主任命が悉く無力化されることになった。


「国主様万歳! 大同盟万歳!!」


 苛烈な圧政下にあった民衆は、国主の無事とクロード達の奮闘に歓喜して、一斉に緋色革命軍へ反旗を翻した。もはや生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い詰められていたこともあって、制圧下の群衆は誰も彼もがレジスタンスとして立ち上がった。

 これに驚いた謀反人や偽領主は、自らの地位と利権を確保すべく、大同盟に接触を図ってきたのだが、あまりにも杜撰ずさんで非常識なものだった。

 例えば、首都クラン攻略中の大同盟軍を訪ね、外交折衝官であるブリギッタに面会した男爵の態度は以下のようなものだった。


「タチェリイ男爵と言ったわね。国主様やメーレンブルク公爵を裏切った貴方は信用できないの。鎧姿のままで失礼するわ。悪いわね」

「……謝罪したな?」

「男爵、何を言っているのかしら?」

「今の謝罪は大同盟の言質と受け取った。タチェリイ領は大同盟に対し、領地の安堵と賠償金を請求させてもらう!」

「非生産的な茶番に付き合うつもりはないの。交渉する気がないのなら帰って頂戴」

「ああ、帰るとも。賠償金を忘れるな!」


 その後、タチェリイ領は大同盟から領地侵略の謝罪を受けたと公言、『そのような事実はない』と否定する大同盟を相手に譲歩を引き出そうと様々な嫌がらせを繰り返すが、そうこうしている内にネオジェシスの侵攻を招いて頭から食べられた。


「……今ならブロル・ハリアンの気持ちもわかるわ。駄目な領主が多すぎでしょう」


 天幕の中で愚痴るブリギッタに、総司令官であるセイは鷹揚に頷いた。


「その点、我らが棟梁殿は、安心して任せられるからな」 

「だから、あいつをやめさせたくないのよ。セイちゃんも協力してよ」

「嫌だぞ。今でさえ棟梁殿と逢引デートも出来ないのに。ブリギッタ殿だって、エリックと逢えないことを嘆いていたじゃないか」

「それはそれ。これはこれ!」

「……いい性格をしているなあ。緋色革命軍の残党が、この程度の輩ばかりならば、戦の終わりも近いだろう」


 そう告げてブリギッタを帰したものの、セイは言いようのない不安に駆られていた。

 大同盟は、誰もが歓喜に湧いていた。

 最悪の独裁者ダヴィッド・リードホルムを討ち、国主グスタフ・ユングヴィの救出にも成功した。

 あとはネオジェネシスを残すだけで、もう勝利したも同然だ――と。


「誘導されている。策にはめられている。首都攻略も奇妙な程に順調だ。だったら今、ゴルト・トイフェルはいったい何処で何をしているんだ?」


 セイの懸念は、彼女の予想をも超える形で的中することになる。


――

――――



 紅森の月(一〇月)三一日。

 この日、アンドルー・チョーカーとコンラード・リングバリは、遊撃隊一〇〇〇人を率いて緋色革命軍残党二〇〇〇を圧倒し、追撃をかけた。

 そして、逃げる敵軍を追ううちに、メーレンブルク領都メレンに近い峡谷へと足を踏み入れた。


「待て。全軍、止まれ!」


 チョーカーの状況判断は、正しかった。

 神器かあるいは大魔法を使ったのか、峡谷を埋め尽くすほどの岩や倒木が崖上より投げ入れられて、緋色革命軍ダヴィッド派の敗残兵を押しつぶした。

 もしも進軍が僅かでも早ければ、巻き添えになって大きな犠牲を出したことだろう。

 しかし、窮地はそれだけで終わらなかった。峡谷に背を向けた大同盟軍の前には、前方と左右から迫る軍勢の姿があった。陣頭に立つのは、大熊に乗り大斧をかついだ雄大な体躯の男。


「あいつは、ゴルト・トイフェルか!」

 

 かつてクロードを軍略にて苦しめ、メーレンブルク公爵ら貴族軍を壊滅させた〝万人敵〟と怖れられる猛将が遂に立ち上がったのだ。

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