第344話(4-72)石榴の雨と青雷の籠

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 ボルイエ・ワレンコフが搭乗する第五位級契約神器、亀に似た巨人は背負った砲台群から、一〇〇〇を越える赤いエネルギー弾を上空に向けて発射した。

 威嚇のつもりか、あるいは嗜虐心からか、浅い弾道を描いたいくつかのエネルギー弾は森を焼き、山肌に深い穴を空けた。


「我が神器の切り札、石榴雨ざくろあめは天から降り注ぐ審判の豪雨だ。〝一の同志〟亡き後のマラヤディヴァ国は、このボルイエ・ワレンコフが統治する。革命の大義のもと史上最強の大帝国を創りあげるのだ!」


 クロードはボルイエの大言壮語に眉をひそめながら、巨人に踏み潰されて肉塊となった革命軍兵士達に黙祷した。

 共に戦う仲間を平然と背中から撃つような男が、どんなに希有壮大けうそうだいな夢を語っても滑稽こっけいなだけだ。

 

「ダヴィッドに致命傷を負わせたのは、この僕だ。そしてお前は、ただのテロリストとして裁かれる」

「ワレンコフ元伯爵。貴方一人しかいない国なんて、ただの幻です」


 クロードは右手に雷を帯びた打刀と左手に燃える脇差しを生み出し、レアもまた一〇〇近いはたきを中空へと投じた。

 二人は目配せすらなく、まるで阿吽あうんの呼吸のように戦場を駆け抜けた。

 クロードが地上に炎の渦を生み出して、上昇気流ではたきを上空へと舞いあげる。

 レアは飛翔するはたきをコントロールして戦場全体を覆い尽くし、三六〇度全方位から亀巨人を包囲した。


「はたきだと!? 遊んでいるのか。無能な反革命分子どもっ」


 ボルイエが放った赤いエネルギー弾は石榴の実のように弾けて数を増し、雨のように戦場に降り注いだ。


「ボルイエ、お前が魔法の何を知っていると言うんだ? 砲だの巨人だの、安易な見かけに惑わされるな」


 クロードは、ひらひらした服をまとった美しい金髪赤瞳の少年を思い浮かべた。

 見かけだけは華奢な少年は、レーベンヒェルム領を地獄の鳥かごに変えた悪魔のような存在だった。

 そして一連の悲劇を引き起こした諸悪の根源でありながら、単純な邪悪というわけでもないらしい。


(だから、僕はあいつを知って――。その上で、全力でぶん殴るんだ!)


 クロードは、雷切と呼ぶ打刀から雷を連続で発射した。


「雷よ変われ! これが魔法の使い方だ」


 クロードの呼び掛けで青く染まった雷は、高速で赤いエネルギー弾を切り裂きながら直進し、上空を舞うはたきにぶつかって反射する。

 跳ね返った雷は別方向の赤弾を切り裂きながら走り、再びはたきで反射されるという迎撃を、生み出された雷の数だけ繰り返した。

 それは、あたかも戦場の上空を覆う青い網籠あみかごだ。災厄たる赤い石榴の実は、地に落ちることなく回収されて弾け消える。


「ふざっけるな。我の切り札を台無しするなど許されない。我こそは新時代の王。絶対正義進歩大将軍ボルイエ・ワレンコフ。この程度、危機でもなんでもないわあ」


 ボルイエは狂乱したかのように、亀巨人の右腕を叩きつけてクロードを殴り殺そうとした。

 しかし、並の大人の身長よりも大きな巨人の拳は、レアが操る無数の小さなはたきによって絡め取られ、動きを止められた。


「領主さまは、私が守ります」

「ありがとう、レア」

「こ、このクソどもがあ」


 ボルイエは、戦場で寄り添う主人と侍女を威圧しようとして、逆に恐怖した。

 巨人の右腕はびくとも動かない。それだけでなく、操縦席に座したボルイエ自身の身体も、いつしかガタガタと震え始めていた。

 目つきの悪い痩せぎすの青年と、瀟洒しょうしゃな付き人の女。そんな二人が、ダヴィッド・リードホルムよりも恐ろしく見えたのだ


「もう一度言おう。報いを受けろテロリスト!」


 クロードは雷切で切り裂いて巨人の右腕をバラバラに分解し、次に火車切を使って左腕を灰燼かいじんに変えた。


「こうなったら……。時間を稼げ、ポンコツめ」


 ボルイエの決断は早かった。相棒たる神器を囮としてクロードとレアに向かわせて、自身は胸部にある操縦席から浮遊魔法を使って飛び降りたのだ。

 彼は相棒が崩れ落ちる轟音を背に、自ら殺して積みあげた同胞の遺体をクッションに使って着地した。


「我はボルイエ・ワレンコフだぞ。何が国主だ。何が大同盟だ。我を裁ける者などいるものかっ」

「ここに」

「いるぞっ」

 

 しかし、巨人に踏み潰された肉塊の中から、何十人かの革命軍兵士達が転がり出た。

 火事場の馬鹿力か、あるいは蝋燭が消える寸前の灯火か。兵士達の誰もが満身創痍まんしんそういで血に塗れ、生きているのが不思議なほどの致命傷を負っていたが、不揃いの得物や凶器を手にボルイエを殴り斬りつけた。


「死ね、死ね。死んじまえ」

「よくも同志を裏切ったな。その罪、命で購えよくされ外道っ」


 ボルイエは袋叩きにされながらも、迫ってくるクロードとレアに怒鳴った。


「おい、何をしている。我は伯爵だぞ。お前も貴族の端くれなら、この反逆者共から我を助けるのだ」


 クロードは雷切と火車切を鞘に納めて、レアに惨劇を見せないよう手を引いた。


「行こう、レア。裁きはもうくだされた」

「はい」


 踵を返した二人を追おうとする者はいなかった。

 ただ瀕死の断罪者達と、悪逆を尽くした自称革命者だけが残される。


「ぎざまば可愛そうだと思わないのか? 我は由緒ある名門で、革命の……」

「ボルイエ、お前はもう貴族じゃないし、革命家でもない。ただの、卑劣漢だ」

「や、やめろ。だずげでぐええええええっ。げぼあっ」


 ボルイエ・ワレンコフは、自ら手にかけた犠牲者たちにの裁きを受けて断首された。

 クロードはチョーカー隊とリングバリ隊と合流し、わずかな生存者たちを降伏させ治療を施した後、ユングヴィ大公を救出すべく砦へと転進する。

 かくして大同盟は、ボルイエ・ワレンコフの魔手から見事国主を救出することに成功した。しかし彼らは、戦場を遙か遠くから注視する視線に気がついていなかった。


「やれやれ、国主という極上の餌をぶら下げた甲斐があった。おいどもの脱出の策は成ったぞ、辺境伯」

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