第185話(2-138)悪徳貴族と託された切り札

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 クロードが披露したローター付きの自転車に、工場に集まったレジスタンス指導部はどよめいた。


「コトリアソビよ、これが作戦遂行の鍵だと。いったい何なのだこれは?」

「自転車……にしては、ヘンテコな部品がついているねえ」

「ひょっとして」


 アンドルー・チョーカーは目を見開き、アマンダ・ヴェンナシュは首をかしげる。そして彼女の娘であるドリスは、あふれるばかりの興味に目を輝かせて車体へとにじり寄った。


「こ、こ、コトリアソビさん。これ、もしかしたら空を飛べるマジックアイテムですかっ?」

「ドリスちゃんは凄いね! 一目で見抜くなんて。でも、それだけじゃない。一度外へ出ようか。見せたい実験があるんだ」

「はいっ」


 会議参加者一同は促されるままに工場を出て、隣接する資材置き場へと移動する。

 クロードは自転車のサドルにまたがると、離れた場所で待つアリスに合図を送った。


「アリス、お願い」

「お待ちかねの出番たぬ♪」


 アリスはうきうきとステップを踏みならしながら魔術文字を綴り、ゴオゴオと音をたてながら右手に風をまとわせる。


「これが、たぬぅうハリケェェン!」


 彼女が人差し指から小指までを伸ばした四本貫手を放つと、風は螺旋状らせんじょうの竜巻となって吹きすさび、自転車に乗ったクロードを飲みこんだ。

 だが、次の瞬間、自転車とローターに刻まれた魔術文字が青白く輝いて光を放ち、竜巻はちりぢりになって解けた。残されたものは静寂せいじゃくと、南国をわたる穏やかなそよ風だけだ。


「むふぅ、さすがはソフィちゃんが作った自転車たぬ。でもぉ、たぬハリケーンはけん制技たぬ。今こそ必殺のぉ」

「いけない。鋳造ちゅうぞう――斬奸刀ハリセン。レア!」

「はい。クロードさま」


 アリスは決め技のとび蹴りを繰り出そうと力を溜める。

 しかし、ジャンプする直前、レアに後頭部をスパーンとはたかれて悶絶した。


「たぬーっ。クロードもレアちゃんも酷いたぬっ、ちょっとしたお茶目たぬ」

「お茶目で壊されてたまるか。アリスのキックに耐えられるのなんて、高位の契約神器くらいだろ。必殺技をほいほい気軽に使っちゃダメだ」

「残念たぬう」


 アリスはすごすごと引っ込み、次にクロードは愉快そうに見学していたミズキの名前を呼んだ。


「ミズキちゃん、そこに弾を込めたマスケット銃を五○丁ばかり用意してあるから、こっちへ向かって撃ってくれ。チョーカー隊長やミーナちゃんもやるかい?」

「おいおい五○丁って死ぬ気か。殺して死ぬ輩でもないだろうが」

「ミーナは遠慮するです」


 チョーカーは恐る恐る銃を構え、ミズキは特に臆することもなく鋼糸をクジャクの羽根のように広げた。


「死ぬなよ、コトリアソビ。死んだら小生、責任なんてとれないからなっ」

「ニーダルさんなら、どれだけ矢玉を撃ちこんだところで死なないから大丈夫でしょ」


 待って、部長アレと一緒にしないで。というクロードの抗議は、爆音の中に飲み込まれた。

 チョーカーとミズキは手分けして、並べられたマスケット銃を片端から撃ち放つ。

 資材置き場の一角が厚い黒煙に覆われて、やがて風によって払われた。

 クロードがまたがった自転車は、銃弾の雨にさらされてなお傷一つない姿で立っていた。

 

「やるじゃん。だったら、あたしの隠し玉を受けてみなっ」


 その光景を見たミズキは満面の笑みを浮かべて魔術文字を手のひらに刻み、いずこからかマスケット銃を転送させる。更に彼女が袖口から鋼糸を溢れさせたところで、レアが背後に忍び寄り、スパコーンと後頭部をはたいた。


「あいたっ。なにすんだよ」

「クロードさまを守るのは当然です」

「ミズキ、空間破砕弾は使うなよ。さすがにアレは想定外だ。斬るのは心臓に悪い……」

「あの一発が最後だよっ。あたしの切り札があれだけだと思わないでよねっ!」


 ミズキは頬を膨らませると、べぇと舌を出した。


「でも、クロードさん。その自転車、ちょっとおかしくない?」


 続けて不可解な点を指摘しようとしたのだが、アマンダやチョーカーたちの歓声によってかき消されてしまう。


「まさかこんな秘密兵器を用意していたなんて。改めて見直したよ!」

「このマジックアイテムが量産されれば、魔術塔のひとつやふたつ、あっという間に叩いてみせる」

「兄さんにも見せてあげたかったなあ……」


 ミズキを除いてお祭り騒ぎではしゃぎまわるレジスタンス一同とは対照的に、クロードとレア、アリスは気まずそうだった。


「そうだ。ロビンくん、乗ってみるか?」

「いいんですか!?」

「苦しくなったらすぐに降りてくれよ」

「やったぁ! 大丈夫です。体力には自信があります」


 クロードと入れ替わりにロビンが飛行自転車に座り、教えられた通りにレバーを倒してこぎ出すと、車体の前後左右に取り付けられたローターが回り、ぐんぐんと飛翔し始めた。


「おおーっ!」

「素敵です。さわってみたいなあ」

「これならきっとエステルちゃんも助けられるです」


 希望に満ちた視線を一斉に集めて、ロビンは飛行自転車で資材置き場と工場の屋根上空をぐるぐると周回した。

 そして五分が経ち、九分、一○分を過ぎた頃、ロビンは青ざめた顔で降りてきた。息は切れて汗みずくだ。彼は今にも倒れそうな危うい足取りで地面を踏み、クロードに肩を支えられる。


「ありがとう、ロビンくん。水を用意してあるからゆっくり休んでくれ」

「すみません。こ、こんなはずじゃ……」

「いや、そういう仕様なんだよ。この自転車は」


 クロードが日陰にロビンを座らせて、レアが水の入ったコップを手渡す。ドリスもタオルを掴んで彼の傍に走りよった。

 事情のわからないアマンダやチョーカーは、目を白黒させている。


「説明を続けます。この飛行自転車ですが、まだこの試作機一台しかありません。そして、今見ていただいたように、この機体は、風防や矢除けの加護といった搭乗者の保護に大きな魔力ソースを割りあてています」

「空を自在に飛び、風も矢も受け付けない反面、搭乗者にかかる負担も大きいということか。コトリアソビ、いったいどれだけの時間空を飛べるのだ?」

「一般的な兵士なら完全武装で五分。軽装でも一○分程度で魔力が尽きるだろう」

「それでは、まるで使えぬではないか!?」


 チョーカーの抗議はもっともだった。

 とはいえ、本来ソフィがデート用に考えついたアイデアを、ヨアヒムが塹壕戦対策で兵器に転用したものだ。最初から長時間の要塞攻略を意図したものではない。


「解決法は考えてある。一番お手軽なのは、僕かチョーカー隊長か、アリスがこぐことだ。盟約者なら契約神器と繋がっているから、長時間の魔力使用にも耐えられる。アリスは、まあ、アリスだし」

「たぬぬう。こぐたぬ。こいでこいでこぎまくるたぬう」


 アリスはVサインを見せながら飛行自転車に乗りこもうとして、クロードに制止された。


「そしてより良い解決策は、この自転車に原動機と燃料タンクをつけて改造することです。防風と矢除けの加護の効果範囲を拡大すれば、後続の飛行箒隊を守ることだって出来ます。チョーカー隊長が沿岸都市を解放してくれた間に、こちらも試験飛行を済ませました。箒隊が防御の魔術符を持ち寄れば、より強固な編隊を組むことができるでしょう」


 いかに強力な防御能力を有していても、単騎で突撃するだけなら、作戦成功の確率は著しく低いだろう。

 だが、飛行自転車を中心に空飛ぶ箒隊が力を合わせることで、より多くの戦闘員が作戦に参加することができるのだ。


「すでにレーベンヒェルム領のソフィから暫定的な設計図も届いてる。必要な機材やパーツもヴァリン領に発注しています。アマンダさんたちには、技師を集めて欲しんです」

「いいね。ソーン領とルクレ領、レーベンヒェルム領にヴァリン領。マラヤディヴァ国の力を集めて姫さんたちを助け出すのか。これで燃えない技師はいないさ。作業場には是非この工場を使ってくれ」

「もちろんです。製作の指揮はレアが執りますが構いませんか?」

「ああ。私達の力を預ける。存分に使ってくれ」


 その後、クロードとアマンダは、オズバルト一党との交渉が決裂した際の作戦計画を打ち合わせた。

 作戦決行は、復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)三〇日。レーベンヒェルム領と楽園使徒の和平交渉が行われる前日の明け方と決まった。

 まずロビン率いる陸戦部隊が陽動に麓の町へと進軍し、敵の注意を引きつける。

 次に隙を突いて上空からクロードとチョーカーが率いる空挺部隊一〇〇名が、飛行”原動機付き”自転車を中心とする編隊で魔術塔”野ちしゃ”を強襲し、エステル・ルクレとアネッテ・ソーンを救いだす。

 その後、空挺部隊は陸戦部隊と合流して帰還するという流れだ。


「かのニーダル・ゲレーゲンハイトならきっと正面から突破するのだろうが。一人が一〇〇〇の力に足りないならば、一〇〇〇人が一の力を持ち寄ればいいのか。ミズキよ、小生はメーレンブルク侯爵や十賢家当主たちがどうしてクローディアス・レーベンヒェルムを危険視し、ダヴィッド・リードホルムやレベッカ・エングホルムがなぜあれほどに憎むのか腑に落ちた」

「珍しいね、チョーカー隊長。いったいどういうこと?」

「共和国や楽園使徒も根っこは同じだがな。連中のイデオロギーは、”無知な人民は、貴族である、あるいは選ばれたエリートである我々に従え”。それだけのことなのだ。だから情報を統制し、書を焼いて、異なる主張を唱える者を迫害する。民衆が反発すれば、衆愚政治ポピュリズムの一言だ。いったいぜんたい、何様のつもりなのだろうな」

「エステルちゃんには悪いけど、トビアス侯爵にもそういう傲慢なところあったよ。そうだね。クロードはきっと自覚なしに、知識を広めて力を集めて特別な存在を特別でなくしちゃう。本人はきっと追いつきたい一心なんだろうけど」

「追いつきたい? 誰にだ?」

「……先輩だってさ」


 ミズキは思う。

 ニーダル・ゲレーゲンハイトは、きっとクロードの選択を喜ぶだろう。別にあのひとは英雄になりたいわけではない。後輩たちが後を埋めてくれるなら、喜んで女性を口説くただれた生活にまい進するはずだ。

 オズバルト・ダールマンはどうだろう? 共和国が掲げる独善的なイデオロギーの中で己が正義を貫き、裏切られ続けた男にとってクロードはどう映るのか。

 邪竜ファヴニル。事実上のマラヤディヴァ国最強の存在は、果たしてどのような気持ちでクロードを観察しているのか。


「そして、あのメイド。今は喧嘩するつもりないけど、あいつは……」


 ミズキが物思いに耽っているうちに、打ち合わせは終わり、会議参加者も次々と己の職務に戻っていった。残されたのは、クロードとレアだ。


「すまないレア。明日から、お願いするよ」

「領主さま。もしも、私が改造を嫌だと言ったら作戦を中止できますか?」

「え……」

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