第263話(3-48)悪徳貴族と豊穣祭『ナンド領、ソーン領展示』

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 マグロ解体ショーを楽しんだクロードとセイは、水産展会場を後にして、円形の大型テントへ向かった。


「次は、ナンド領の展示で剣術大会だね」


 これは、武芸を好むマルク侯爵らしい出し物だった。

 飛び入り歓迎の勝抜戦で、参加者は戦績次第で望む領に士官できる――という触れこみだったので、腕自慢の冒険者や覚えのある浪人が集まって独特の熱気に包まれていた。


「お土産には、ナンド領名物の太刀魚カトラスフィッシュの一夜干しをどうぞ。絶品ですよぅ」


 どこかで見たことのある、ウェーブがかったニンジン色の髪が特徴的な女性が、ナンド領の職員たちと共に天幕を回り、あぶった魚の切り身を観客に配っている。


「わあ、カップルさんですか。恋って、ウキウキしますよね♪」


 やがて彼女、ガブリエラはクロードとセイの前まで来て、お土産を手渡した。

 二人はカップルという呼び方に照れて、思わず顔を赤らめた。

 上気したガブリエラは、クロードとセイの正体に気付かなかったのだろう。

 そのまま、楽しそうにナンド領の手伝いに戻っていた。


「あれ。クロード殿、ガブリエラの所属はルクレ領ではなかったか?」

「い、いいんじゃないかな。ほら、有志のお祭りだし。次行こう、次!」


 クロードは、なんとなくマルクが無理を通したことに勘づいたが、深くは追求せずに次の展示へ向かった。


「で、どうしてこうなった?」


 ソーン領の展示は、立ち飲み酒場を模した酒・飲料展である。

 クロードだってお祭りにアルコールはつきものだと理解していたから、展示は好意的に受け止めたのだが、……ここだけ空気が違った。


「へんきょうはくときしょうさまがゼッタイゼツメイのぴんちにおちいった。しょこでしょーせいのだいかつやく!」


 アンドルー・チョーカーがぐでんぐでんに酔っ払い、スペースの一角にある小舞台に上って、でっちあげた与太と法螺を高らかに吹いている。

 同じように泥酔した赤ら顔の聴衆が、やんややんやと喝采をあげるが、たぶん誰一人まともに聞いていない。

 ソーン領の展示だけが、完全に酔っ払いの集まりと化していた。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい」


 クロードとセイを見つけたロビンとドリスが平謝りに謝ったが、未成年の彼や彼女を責めるのは筋違いだろう。

 クロードは、カウンターの奥で素知らぬ顔を決め込む責任者と企画者をじっとりと見つめた。


「アマンダさん、ミーナさん……」

「ちょっと調子にのったわ。すまない、このとおり!」

「ごめんなさい。皆が楽しく飲んでくれるのが嬉しくて、ついやってしまったわ」


 ソーン領の財政はマグヌスの暴政が残した爪跡が大きく、レジスタンスが実権を握った後も火の車だった。

 アルコールは収益性も高く、豊穣祭で名前を売れば同盟領の商人達と契約することだって叶うはず。

 アマンダには、そんな見通しもあったのだろう。なにより、ソーン領には腕利きの杜氏とうじたるミーナもいたのだから。

 しかしながら、彼女達の頑張りが少し外れた化学反応を起こした結果、こうなってしまったようだ。


「辺境伯様、他の展示には、絶対に迷惑をかけないようにしますから」

「でも、このまま放置はできないだろう。大丈夫だ、僕にいい考えがある」


 クロードが自信満々で宣言したところ、ロビンとドリスの顔にはぱっと光が射し、逆にアマンダとミーナの相貌からは血の気がひいて真っ暗になった。


「僕の芸術で目を覚ましてやる。いくぞ、鋳造ちゅうぞう――」

「アマンダ殿。お土産の菓子はこれだな。馳走になる」


 そしてクロードが愛用のリュートギターを作りだすよりも早く、セイはバナナの葉で包まれた菓子を掴んで駆けだした。


「え、ちょっと、待って。セイ?」


 結局クロードはセイに連れだされてしまって、外でソーン領のお土産を食べることにした。

 バナナの葉から出てきたものは、もち米とキャツサバの粉を混ぜた生地を、麹で発酵させた菓子だった。

 半固形状ではあるものの、食感は甘酒に近くてどこかホッとする味だった。


「意外においしい。でもどうしたんだよ、急に走りだして。びっくりしたじゃないか」

「クロード殿、二人でいられる時間は短いんだぞ」

「……そうだね」


 もしもクロードがあの場で演奏を始めたならば、良かれ悪しかれ騒ぎになってしまっただろう。

 レーベンヒェルム領辺境伯でも、常勝不敗の姫将軍でもない、ただのクロードとセイが外で過ごせる時間は、ひょっとしたら今だけかもしれないのだ。


「ごめん」

「いいや、私こそわがままを言ってすまない」


 気がつけば、ヴァリン領の展示コーナーまでやってきていた。

 ヴォルノー島最大の商業規模を誇る彼の領の出しものは、すなわち海外交易展だ。

 西部連邦人民共和国は言うに及ばず、近くはイシディア法王国やヴェトアーナ国、遠くは聞いたこともない遠方の国々まで、様々な国の商品が運び込まれて会場最大のフリーマーケットを構築していた。


「セイ、服を買おうか」

「うんっ」


 二人は仲睦まじく腕を組んで、海外交易展に入って行った。

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