第262話(3-47)悪徳貴族と豊穣祭『ルクレ領展示』

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 クロードとセイは、特別製の梅干が引き起こした悲劇を知る由も無く、試作農園展示場を後にした。

 二人が手を繋いで再び広場に出ると、不意にパンを配っている一団に遭遇した。


「環境開発部からのお土産です。鉄道記念のあんこ饅頭ですよ。これを食べなきゃ豊穣祭は始まらない。おひとつどうぞ!」


 環境開発部は、レーベンヒェルム領の都市計画を策定する部署である。

 領内の道路やトンネル、港湾に橋梁といった工事所管や、船舶と鉄道による水運と陸運、加えて観光振興も担当している。また今回の豊穣祭では、会場の設営管理を任されていた。


「あれは、スヴェンくんじゃないか。おーい、饅頭をひとつくれ」

「お兄さん、彼女とデートですか。羨ましいなあ、パンフレットもつけますね。アンケートには是非この饅頭を……あ」


 スヴェンは朗らかに笑いながらクロードの顔を確認して、まるで肉体がブリキ人形にでもなったかのように、ぎこちない所作でお土産を手渡した。


「あ、ああわわ……」

「が、頑張って」


 たとえるなら、新入社員が会社社長と女性重役がお忍びデートをしている光景を目撃したようなものだろうか。彼の気持ちは、察するに余りある。


「スヴェンくんには、悪いことしたなあ」


 クロードはいらぬ負担をかけてしまったことを反省しながら、包装の葉っぱを裂いた。鉄道記念饅頭は、どちらかというと中華まんに似たデザインだった。


「ふむ。先ほどの彼はルンダールの町長の子か。先月役所に入ったと聞くが、熱心でいい青年だな」


 セイは、火竜オッテルという怪物災害モンスターハザード討伐のため、ルンダールの町を訪れていた。そのため、スヴェンとも面識があったのだろう。


「いただきます」

「いただします」

 

 クロードとセイは空いたベンチに並んで座り、饅頭をはんぶんこにして食べた。

 ほくほくしたパン皮の触感と、もっちりとした芋あんこの甘さが、二人の口内を蕩かせる。


「いけるね」

「美味しい」


 クロードとセイは寄りそって、しばらくの間、心地よい風と互いの体温を感じていた。


「……クロード殿。そう言えばレア殿もお土産を配っていたが、アンケートに何か関係があるのか?」

「ああ。セイは知らなかったんだっけ。ちょっとした遊戯ゲームだよ。一番お土産が好評だったチームには、豊穣祭利益の一割が賞金としてプレゼントされるんだ」

「それは、かなりの金額になるんじゃないか? ブリギッタ殿が本気になりそうだ」

「あいつが率いる外部交渉担当部は、夜のダンスパーティ主催で今回は対象外なんだ。下馬評も拮抗していて、きっと面白い勝負になると思うよ」


 クロードとセイは、スヴェンからもらった小冊子を開いた。

 パンフレットの中には、簡単なアンケートと一緒に、豊穣祭会場の展示コーナー見取り図とタイムスケジュールが書かれていた。


「えーと、まずアンセルの財務部が中心になったのが畜産展だろ。次にアリスが協力したのが教育福祉部の文化展で、ソフィとヨアヒムがいる契魔研究所が魔術道具展か。セイ、どこから回ろうか?」

「わ、私は畜産展で羊の毛刈りをやってみたい。でも、開始までまだ時間があるみたいだ」


 セイがはにかみながらおずおずと主張したので、畜産展は後で回ることにする。


「そうなると、ここから近いのは教育福祉部か? 待てよ、アリスが案内したいから、オーニータウンから帰って来るまで待ってって言ってたな」


 かつてはオーニータウンで爪弾きものだった守備隊も、トイフェル兄弟と山賊軍を退治したことで、今では押しも押されもせぬ英雄部隊と喝采を受けていた。

 鉄道試運転はオーニータウンでも祝われていたから、きっと副長だったアリスもあちらでひっぱりだこにされていることだろう。


「クロード殿。契魔研究所も、ショーコ殿が発明品を披露するのに時間がかかるから、遅めに来て欲しいと言っていたぞ」

「そうか。だったら」


 ブリギッタが差配する外部交渉担当部は、そもそも夜会主催なのでまだ早い。


「じゃあ同盟領を先に回ろうか。ここを進めばルクレ領の展示スペースに出るはずだ」

「冊子には、水産展と書かれているな。ルクレ領では漁業が盛んと聞く。いったいどのようなものだろう?」

「なかなか人気みたいだね。セイちょっと人が多いから、離れないで」


 クロードがセイを人ごみから庇うようにして進むと、大漁旗が立ち並ぶ一角に出た。

 そこでは、コンラード・リングバリ主席監察官が木板で組み上げられた舞台にのぼり、自ら音頭をとってマグロの解体ショーをやっていた。


「ふん!」


 彼は慣れた手つきで大包丁を振るって頭を落とし、何十キロもあるだろう巨大な魚身をものともせずに三枚におろしてゆく。

 隣で助手らしい調理人が切り出されたマグロの身を手際よくカットすると、更に別のコックが卵液とパン粉につけて、付け合わせの芋と共に揚げてゆく。

 舞台の下では、本物のミカエラを筆頭に再編されたルクレ領の騎士団が、揚げたてのマグロと芋のフライを配っていた。


「うそだろ。あの気位の高かったルクレ領騎士団が、イベントを手伝ってる」

「い、いやそれ以上に、主席監察官のとんでもない一面を見た気がする」


 コンラード・リングバリは、ヴォルノー島争乱においてセイと互角に戦った数少ない好敵手だった。

 その彼が器用に料理する様は、セイにとってあまりに衝撃だった。


「そんな。じょ、女子力で負けた……」

「セイ、何か言った?」


 ちょうどお土産のフィッシュ&チップスを配る騎士団員が通りがかったため、セイの動揺はクロードに悟られずに済んだ。

 ルクレ領の水産展は、港で陸揚げされるマグロやカツオを紹介したもので、コンラードが直々にまとめた唐辛子ソースや魚醤ソースによる調理法も展示されていて、若い夫婦や家族連れに大反響だった。


「クロード殿。私、刺身が食べたい」

「……今度、レアに作ってもらおうか」


 現在の技術水準では、高度な冷蔵、冷凍機能をもった魔術道具はきわめて貴重だ。

 一般の漁師や港に普及するのは、まだまだ遠い未来のことだろう。

 しかし、いずれはマラヤディヴァ国でも美味しい刺身を味わえるのでは? そんな希望が持てる展示だった。

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