第100話(2-54)緋色革命軍の勝利条件

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 木枯の月(一一月)一一日。

 緋色革命軍マラヤエカルラートによって制圧された、マラヤディヴァ国首都クランは、悲鳴と流血が渦巻く惨劇のるつぼと化していた。

 国主の座を禅譲ぜんじょうされたと自称する”一の革命者”ダヴィッド・リードホルムは、「階級が消滅した健全な理想主義社会の建設」を声も高らかに謳い、彼なりの”ボクが考えたサイキョーのNAISEI”を実現すべく実行に着手した。

 第一に、都市に住む商人や技術者から一切の社会的身分を奪い去り、危険な僻地へきちへと強制移住させて、素手で農業に従事させた。

 第二に、学校、病院、銀行、工場などを完全閉鎖させた上で、公有、私有に関わらず財産の一切を収奪した。

 民家になだれこんだ緋色革命軍の兵士たちが、戯れに家主を縛りあげて、幼い息子の首をはね、母親と娘に下劣な欲情と暴力を叩きつけて、あらゆる家財を手に手に奪い去る。そんな酸鼻さんびをきわめる悪業が都市の各所で平然と行われた。

 降伏したマラヤディヴァ国軍の騎士、兵士たちを待つ運命は過酷だった。革命家を称する暴徒たちによって、彼や彼女たちは五体を裂かれて槍先に掲げられ、勝利パレードと称して大通りを練り歩いて晒された。

 これらの愚挙に対し、少しでも反発の気配を見せた知識人や、ヴァン神教等の宗教関係者、神官や巫女らは処刑され、あるいは奴隷として売り払われた。

 緋色革命軍の理想に沿わない図書館の書物は片端から焼かれ、いまも黒煙がもくもくと青空へ吸い込まれている。

 緋色革命軍司令官ゴルト・トイフェルは、司令室で膨大な量の報告書を読みながら次の戦略を練っていた。彼は午前の仕事を終え、小休止に質素なサンドイッチを食べながら薄い茶を飲んで、重い溜め息を吐いた。


「この極端な政策は、ダヴィッド・リードホルムなりの、クローディアス・レーベンヒェルムへの反発なのかね? あっちが教育を広め、知識人や技術者を重視して、伝統宗教ともちつもたれつの二人三脚でやっているから、反対方向に突っ切った……と。だったら、勘弁してくれ」


 ダヴィッドが強行する非現実かつ非合理的な政策によって、わずか数日の間に首都クランの市場と社会インフラは崩壊し、すでに深刻な危機がほの見えている。

 しかし、ゴルトの見立てとは裏腹に、先進国の一部マスメディアは、緋色革命軍の血生臭い恐怖劇グランギニョルを絶賛していた。

 曰く、理性の勝利、革新の実現、新しい時代を象徴する義挙であると。


「レベッカが金を握らせたにしても、獣の痴態ちたいを理性だって? 時計の針を逆回しにするのが革新? 悪い冗談にも程がある。先進国のジャーナリズムも所詮はこの程度か」


 肝心要の、緋色革命軍による災禍を隠しての報道である。

 必ずしも額面通りに信じている者ばかりではないだろうが、ゴルトはむなしくなって、食事のさかなに読んでいた海外新聞をクズ入れに放り捨てた。その時、ふと誰かがドアを叩く音がした。


「入れ」

「今戻ったよ、ゴルトの兄貴」


 そう言って司令室に入ってきたのは、西部連邦人民共和国の監視役である桃色髪の少女だ。外の治安が悪すぎるからか、ベレー帽を目深にかぶり、カーキ色の馬丁服に身を固めて、まるで少年のような服装だった。


「クソジャリ、無事だったか。だが、戻ってこなくても良かったんだぞ。こんなクソッタレな場所じゃなくて、好きなところに行けば良かったんだ」

「そういうわけにはいかないよ。仕事だし、ゴルトの兄貴が心配だからね。そうそう、兄貴が言ってたセイってひとに名前をもらったんだ。――ミズキ。これからは、そう呼んでよ」


 少女、ミズキは上着を脱ぎ捨てて、薄手のシャツとショートパンツ姿に着替えた。日焼けをしていない白い肌があらわになり、司令室を満たす鉄と脂と紙の匂いに、甘酸っぱい青くさわやかな香りが混じる。


「へえ、あのセイが? 聞きなれない名前だな」

「木の名前らしいよ。気に入ったから、ここではそう名乗ることにするよ。自由に空飛ぶイスカもうらやましいけど、あたしはゆっくり根と枝を伸ばして花を咲かせたいんだ。彼氏と一緒に」

「そうか」


 ミズキにとっては、一大決心をした重い告白だったが、ゴルトは特に感慨もなく相槌あいづちをうった。

 ゴルトはミズキという共和国からの使者を持て余していた。単純な共和国のイヌであれば、事故や戦死に見せかけて処分することにもためらいはなかった。

 だが彼女は、どう見ても少数民族の出身であり、ためしに国を愛しているか? と聞けば――。


『侵略者どもをぶっ殺したい。って、思うくらいには愛しているよ』


 という、物騒な返答が返ってきた。

 理想的な西部連邦人民共和国の国民ならば、侵略者とはガートランド聖王国やアメリア合衆国を指すのだろうが……。ミズキが意図する侵略者とは、大陸最大の侵略国家である共和国を領導りょうどうする政権、パラディース教団であり、併呑された故郷こそを愛している、という風にも聞こえた。

 だからこそ、ゴルトは彼女を持てあました。なぜ監視役として送られてきたのかが、さっぱりわからなかった。西部連邦人民共和国に送った何名かの間諜スパイに調査させたものの、かの国はヤクザの親分みたいな軍閥ぐんばつの集合体であり、管轄かんかつが違えば情報も寸断されてしまうため、収集にはいましばらくの時間がかかりそうだった。


「兄貴の指示通り、トビアス・ルクレ侯爵は救出して領におくったよ。でも、ルクレ領はもうダメだね。上も下もひっくりかえったみたいな騒ぎになって、借金はどうするの、捕虜の身代金は誰が払うのと、責任のおしつけあいさ。まだ無傷の艦隊がのこっているけど、もう戦力にはならないと思うよ?」

「負けた以上仕方がない。特に巡洋艦”海将丸”が奪われたのは痛いが、次の海戦までに対応を考えよう。緋色革命軍の艦隊は、メーレンブルク、グェンロック領を落とすまでマラヤ半島から動かせないし、同盟したソーン領の艦隊は敵対するヴァリン領艦隊とにらみ合うのがせいぜいだろうからな」


 辛子色の前髪を垂らして、がっくりと項垂れるゴルトに、ミズキは不思議そうに尋ねた。


「兄貴。”この敗戦も、筋書き通りだ――”とか、”失敗なんてとんでもない、この作戦こそ悲願を果たす第一歩なのだ――”とか言わないの?」

「どんなスーパー軍師だよ。おいはただの軍人だ。卜占家ぼくせんかのレベッカでもあるまいし、未来のことなんてわからん。眼前の戦場に対応するのがせいぜいだ。国主ユングヴィやオクセンシュルナ議員も逃がしてしまったし、失敗続きだよ」


 グスタフ・ユングヴィやマラヤディヴァ国の有志議員たちは、首都クランの陥落が目に見えて明らかになった後も、ギリギリまで国軍と共に抗戦を続け、最後は無理やり兵士たちに担がれて輸送船で脱出した。

 緋色革命軍は、彼らが搭乗した非武装の輸送船を追って、武装商船だけでなく、駆逐艦まで派遣して捕らえようとしたのだが……。


「うちの艦隊が、沈没寸前の輸送船をいたぶりながら公海に出たところで、紅い悪魔に襲われたらしい」

「紅い悪魔? でっかいサメとかイカみたいなモンスターでも出たの?」

「”一の革命者”サマに処刑された乗員の報告によると、どこからかイカダに乗った赤いコートの男が現れて、修羅しゅら形相ぎょうそうで槍を一閃するや、金属装甲を施した駆逐艦が真っ二つになったそうだ。他の船は半狂乱で逃げ出して、標的の輸送船は行方不明。包囲網の乱れを見るに、北上してメーレンブルク領あたりに逃れたのだろうよ。ダヴィッドは腹立ちまぎれに乗員どもを肉片にかえたが、あながちウソとも言い切れないぜ。神器使いの世界じゃ有名な話だが、ひとりだけ心当たりがあるからな……」

「ああっ。あたしもひとりだけ知ってるよ。そういうことできそうなひと」


 ゴルトとミズキは、顔を見合わせて苦笑した。


「といっても、これは盤外の話だ。その男の雇い主は表立っては干渉してこないだろう。ミズキよ、この戦争で緋色革命軍の勝利条件は何だと思う?」

「首都クランは占領済みだし、逃がしたグスタフ・ユングヴィを捕らえること? それとも、レーベンヒェルム領を制圧すること?」

「残念、ちょっと違うな。”一の革命者”ダヴィッド・リードホルム。緋色革命軍が保有する最大戦力である彼の第三位級契約神器”オッテル”に唯一対抗し、戦う覚悟を決めた存在。すなわち、クローディアス・レーベンヒェルムを殺害する。それだけで、この内乱は終結したも同然だ」


 ゴルトの鬼気迫る相貌を見つめながら、ミズキは思った。

 なるほど彼に未来を見通す異能の力はないだろう。だが勝つための布石を一手一手積み上げ、望む未来を引き寄せるなら、それは恐ろしい才能に違いない。

 現に、クロードは根拠地を離れてマラヤ半島へと招き寄せられ、セイもまたルクレ領艦隊との海戦で少なからぬ損害を受けている。ゴルトが打つ着実な差し手の先に待っている勝敗は……。


(ねえ、クロードさん。貴方は、本当に兄貴たちに勝てるのかい?)

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