第573話(7-66)第二次臨海都市ビョルハン防衛戦

573


 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日夜。

 クロード達が到着したナンド領の臨海都市ビョルハンは、元〝赤い導家士どうけし〟の指導者〟イオーシフ・ヴォローニンが操る動く死体リビングデッドの軍勢に包囲されていた。

 金色の虎耳少女アリスと、彼女の相棒たる銀犬ガルムが民間人を守るべく、街一帯に巨大な門の結界を展開したものの……。

 戦場となった門の外側は、惨劇のるつぼと化していた。


「GYAっ! GYAYAっ!」

「なんて数だ。盾がもたないぞっ」


 頭が半ば割れた小妖鬼ゴブリンの大部隊が、傷だらけの手で弓をひきしぼり、街を守る部隊に矢の雨を降らせる。


「GUOO!」

「うわあああっ、こっちへ来るな。火が、爆発するっ」


 両手のもげた犬頭鬼コボルトの群れが、爆薬を腰に巻き松明を口に咥えて、大同盟が穴を掘った塹壕ざんごうに飛び込み自爆する。


「BAOOOON!」

「なんだあのミンチは。で、でかいぞ、ひいいいっ」


 肉片となった豚鬼オークが何十何百匹と重なって巨大化し、進軍を阻む軍勢を薙ぎ倒す。

 

「まるで地獄の釜をひっくり返したようだ」

「カミル・シャハトは、お兄さまファヴニルが生死の境界なき世界を目指していると言いましたが、こんな悪趣味なものだったなんて」


 三白眼の細身青年クロードと青髪の侍女レアは、これまで数え切れない修羅場を潜ってきた。

 死者を操る敵と交戦したのも一度や二度ではないが、それでも眼前の光景には戦慄した。


「遠視の魔術を使う。皆は無事か?」


 クロードは魔術文字を綴り、視界を拡大させた。

 まず最前線に目を向けると――。


「俺達が最終防衛線だ。ここから先には一歩も進ませないっ」

「魔法で動く死体なんて、ダンジョンによく転がっているでしょう。足を潰せば、動きは鈍る。弾丸を撃ち込めば、肉は削げる。殺せば、死ぬの!」

 

 野性味あふれる戦士エリックが、土嚢袋どのうぶくろを積み重ねた土壁の上に陣取って、魔術師部隊と共に盾の契約神器を展開――。

 その後ろでは、彼の恋人ブリギッタが塹壕ざんごうにこもる部隊を率いて、レ式魔銃ライフルで応戦していた。


「クソ兄貴。ぼくはアンタをとむらったぞ。領都レーフォンで、首都クランで、犠牲になった遺族に何度も頭を下げたぞ。給料返上で過酷な業務を遂行したぞ。そのお返しがコレか。ぶっ殺おおおおすっ、八つ裂きにしても足りんわ、この外道があああっ」

「アンセル、落ち着くっす。砲撃隊の指揮官が前に出てどうするんすか?」


 中衛に目を向ければ――。

 ダヴィッドの弟であるアンセルは、とうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。

 トウモロコシ色の髪を振り乱し、弓の神器で敵怪物に光の砲弾を浴びせながら、遮二無二しゃにむに突撃しようとして、青錆色の瞳を血走らせたヨアヒムに取り押さえられていた。

 二人の部下は長い付き合いのせいか、喧嘩はいつものことと気にせず、町外れにある丘陵から火薬式大砲をぶっ放しているのが微笑ましい。


有象無象うぞうむぞうの死体如きに遅れをとるな。辺境伯様がいるのだっ、ビョルハンの街は決して落ちない。リヌス隊は西に、イルヴァ隊を南に向かわせろ。巨大モンスターは神器部隊で叩く!」


 そして、唯一破壊を免れた大規模通信装置付きの詰所つめしょで指揮を執るのが、ルクレ領から到着したコンラード・リングバリだ。

 過去に姫将軍ひしょうぐんセイを押しとどめた経験すらある守りの名将は、防衛部隊を手足のように操り、奇襲を押しとどめていた。


「凄いな。こんな無茶苦茶な状況なのに、皆よくやってくれている。これなら負けない」


 幸いなことに、ファヴニルが建てた残り二基の塔を攻略するため、ヴォルノー島に散らばっていた精鋭達が臨海都市ビョルハンに集まっていた。

 三年の戦争で磨かれた兵士たちは、数に勝る死者を相手に一歩も退くことなく抗戦を続ける。しかし。


「ですが、御主人クロードさま。今のままでは勝てません」


 大同盟は間違いなく善戦していた。

 銃撃部隊は、ゴブリンの弓手隊を蜂の巣に変えた。

 砲撃部隊は、火だるまとなったコボルトの一団を木っ葉微塵に吹っ飛ばした。

 神器部隊は、巨大オークをなますに刻んだ。

 それでもびゅうと風が吹く度に、肉片や骨灰が寄せ集まって死んだはずの怪物が蘇る。

 万を越える敵軍が無限に再生を繰り広げるのは、悪夢以外のなにものでもない。更に厄介なことに――。


「竜のウロコが飛んで来るぞ、防げ!」

「「うわああああっ」」


 街を包囲する動く死体リビングデッドの中には、顔なし竜ニーズヘッグが一〇匹ほど混じっており……。

 全長二〇mに及ぶ巨大蛇の軍勢は、ナンド領西海岸沖に浮かぶ飛行要塞の手前にある砂浜に陣取って、人間一人ほどもある大きさの鱗を絶え間なく飛ばしてきた。

 今はエリック達が食い止めているものの、いつ防衛線が破られても不思議はない。

 おまけにニーズヘッグは魔力を喰らうため、この蛇達が飛行要塞を守っている限り、海から艦隊で攻め込むことも、空から飛行自転車で近づくことも困難だ。


「アリスとガルムちゃんの防御結界……、〝門神もんじん〟でも蘇生を無効化できないのか? イオーシフめ、ニーズヘッグの〝使い方〟がえげつない。意地が悪いにも程がある」

「あの蛇たちがいる限り、私達は機関車で突撃することもままなりません。ファヴニルおにいさまに作戦が解析されて……」


 クロードは青髪の侍女の手を握りしめ、震える彼女の体をしっかりと抱きしめた。


「レア、読まれて困る作戦じゃない。駅で機関車の準備をしてくれ。あのヘビどもを討ち果たした後、飛行要塞に飛び込む」

御主人クロードさまっ」

「僕を信じてくれ」

「わかり、ましたっ」


 クロードは何度も振り返りながら街へと走るレアを見送り、不敵に笑った。


「陸海空の戦力が使えず、時間を失えばファヴニルが復活して全滅か。まったく、大ピンチじゃないかっ」


 つまりは、いつも通りだ。

 この三年間。人間は知恵を振り絞り、小さな力を合わせて、強大な邪竜に抗ってきた。


「イオーシフは僕達を随分と高くかってくれたらしい。なら、見せつけてやるさ。最強のカウンターってヤツをね!」


 数十分後。

 大同盟軍は、モンスターの大軍勢を引きつけた後に一斉砲撃を加え、動く死体リビングデッドの壁に亀裂を刻む。

 そして僅かな傷をこじ開け疾走する……。クロードをのせた金色の大虎と、ドゥーエ、ミズキを運ぶ銀色の大犬の姿があった。


――――――――――――――――――

あとがき

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