第574話(7-67)悪夢の包囲を打ち破れ

574


 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日夜。

 クロード達大同盟軍は、数万に及ぶ動く怪物の死体リビングデッドモンスターに包囲された臨海都市ビョルハンから決死の反撃に転じた。

 大同盟軍は数にモンスターの大軍へ果敢に銃撃と砲撃を浴びせ、最強戦力を揃えた強襲部隊を出発させた。


「よし、アリス。行くぞっ」

「たぬっ、たぬうっ♪ クロードと戦場デートの始まりたぬっ」


 クロードはアリスの背に足でしがみつきながら、右手に雷を帯びた刀〝雷切らいきり〟、左手に火を噴く脇差し〝火車切かしゃぎり〟を握って、棍棒で殴りかかってくるゴブリンを斬り散らす。


「イオーシフの旦那。見せてもらうぞ、アンタのハラワタをっ」

『また出番が来ましたわあ。ミズキさん、ワタシ達姉弟の力を見せてやりましょう』

「並行世界の姉貴がノリノリで怖いっ」

「ワウウ(妖刀幽霊VSゾンビモンスター! ……夏の怪談かな?)」


 ドゥーエとミズキが、ガルムの背にまたがりムラマサに励まされながら、群れるコボルトや巨大化したオークを鋼糸で断つ。

 金色の大虎と銀色の大犬は、かがり火に照らされたナンド領の大地を、西に向かって疾走した。


「アリス、ガルムちゃん。僕たちの目的は三つある。

 ひとつめは、この壁になっているモンスターの軍勢を突破すること。

 ふたつめは、奥から砲撃してくる顔なし竜ニーズヘッグ一〇体を討伐すること。

 みっつめは、レアが動かすドリル機関車を誘導して、敵飛行要塞を破壊すること。

 忘れないでね!」

「たぬったぬう。もちろんたぬ。クロード、たぬの活躍に見惚れるたぬ!」

「バウワウ(ドゥーエさん、ミズキちゃん。振り落とされないでっ)」


 三白眼の細身青年クロードと金色の大虎アリスは、想いを寄せ合う恋人同士ならではの二人三脚でモンスターを蹴散らしながら、荒野を走り抜けた。


「GYAっ! GYAっ!」

「GUOOOOOOOO!」


 しかし、臨海都市ビョルハンを取り巻く怪物の数は膨大だ。

 クロードとアリスがいかに暴れ、街からの支援射撃が敵陣を穿うがとうと、すぐさま別の戦力が埋めてしまう。 

 そして、クロードとアリスの背後を突くように、人の膝丈ひざたけほどの赤い小妖鬼ゴブリンの集団が弓で矢を射て、緑色の体毛に包まれた犬頭鬼コボルトの群れが錆びた斧を投げつけてきた。


「クロードと狸虎娘アリスちゃんは、やらせねえでゲスよっ」


 されど、銀色の大犬ガルムにまたがった、黒褐色のドレッドロックスヘアが目立つ隻眼隻腕の戦士ドゥーエが割り込み、金属製の左義手で矢を掴みとり、斧を殴り落とす。


「反撃は任せてっ。狙いが定まらないから、取り敢えず撃つ!」


 ガルムに相乗りした薄桃色がかった金髪の少女ミズキが、銃身が短く切り詰められた試作騎兵銃カービンを八発放ち、言葉とは裏腹に八体のモンスターに直撃させた。


「ナイスショットだ、ミズキちゃんっ」


 クロードは、ミズキの神業めいた射撃に膝を叩いた。

 しかし、洋上の飛行要塞からびゅうと一陣の風が吹くや……。

 ミズキの銃弾で首がえぐれたゴブリンや、胸に穴の空いたコボルトが、よろめきながらも再び立ち上がった。


「ぐぬぬ、せっかく当てたのにっ。アリスちゃんとガルムちゃんは、ヴァリン領で毒に操られた死者を成仏させたって話じゃない? 門の結界でどうにかならないの?」

『え、成仏ですか? ワタシ達まで巻き添えになったら、どうするの。そんな薄情な妹に育てた覚えはありませんわあ』


 ドゥーエが背負う、妖刀ムラマサに宿る幽霊姉弟の長女がプンスカと頬を膨らませて抗議するが、ミズキは取り合わない。


「アンタ達は並行世界から来たんでしょ。育てられた覚えなんてない。でも、そのポンコツぶりはコッチの馬鹿姉にそっくりかも」

『むきーっ、だ、誰がポンコツですかっ』

「おいおいっ、戦闘中にオレの背中で喧嘩しないでくれよ」


 姉妹? が不毛に言い争う間にも、クロードとドゥーエ、アリスとガルムは怪物の群れをザクザクと斬り倒したものの、敵の復活速度が早すぎて、年末年始の交通渋滞も真っ青な速度でしか進めない。


「たぬう。〝門神〟を使ったのに、なーんか手応えが違うたぬ。毒や呪いで死体を操っているんじゃない気がするたぬ」

「ワウウワウウ(そうそう、砂で出来たサンドゴーレムみたいな感じ)」


 アリスとガルムの返答もぼんやりとして、あまり参考にならなかったのだが……。


「ああ、そういうことでゲスか。クロード、イオーシフの旦那が仕込んだカラクリが分かりました。コイツら、〝動く死体リビングデッド〟に見せかけた、〝生肉魔像フレッシュゴーレム〟でゲス」

「フレッシュゴーレムだってっ。でも、やってることは同じじゃないのか?」


 クロードは、ゴブリンやコボルトと斬り合いつつ、ドゥーエの解釈に首を傾げた。


「価値観、いや〝使い方〟が違うんでゲスよ。人間の魂や死体を操れば、大抵のヤツに不浄ふじょうとみなされるでしょう。でも虎の毛皮や鹿の大角は家具として飾られるし、モンスターの死骸は武器防具の素材に利用される」


 ドゥーエがオークを三枚におろしながら補足するや、クロードは大きな衝撃を受けた。

 

「じゃあ、何か。イオーシフは、〝不浄〟扱いされないためにモンスターを用意して、戦場に転がる数万体の死体が、全てゴーレムの材料になり得るってことか!?」

「そうでゲス。アリスちゃんとガルムちゃんの〝門神〟がなくても、ソフィお嬢ちゃんが健在なら〝浄化の魔術〟を使ったでしょうからね。モンスター同様の行動しか取れないのが欠点でゲスが、これだけ数が多けりゃ脅威だ。此方の戦力を徹底的に研究してやがる」


 クロードは、夕刻に交戦したスーツ男をまぶたの裏に浮かべ、奥歯を噛み締めた。


「イオーシフは言っていたよ。第四位級契約神器飛行要塞ルーンフォートレスとの契約で、神器の影響が及ぼす範囲内であれば、砂や土といった〝物質〟を思うがままに〝使う〟ことができるって。いったいどこまでが範囲内だ?」

「〝清嵐砦せいらんとりで〟にゃあ、もともと風を吹かす機能がついてます。それをファヴニルの力で強化して、操作の触媒として使っているのなら、ナンド領全域を覚悟するべきでゲス」


 クロードは唖然あぜんとした。

 第四位級契約神器というタテマエが聞いて呆れる広範囲である。

 そもそも、たったひとりで数万体のゴーレムを操るなんて可能なのだろうか。


「三年前はこんなに強くなかったじゃないか。モンスター同様と言っても、小妖鬼ゴブリン犬頭鬼コボルトも、ダンジョンで遭遇した時以上に手強いぞ」

「カカッ。そこはイオーシフが指揮する賜物たまものでしょう。レーベンヒェルム領に上陸した頃、この地で〝赤い導家士どうけし〟の主導権を握っていたのは、ダヴィッド・リードホルムや、悪徳商人のヘルムート・バーダーの派閥でゲス。おまけに隊長級の指揮官が片端から弓矢で狙撃されて、思うように戦えなかった」

「ああ。領都レーフォンの防衛戦じゃあ、イスカちゃんが大活躍したって聞いているよ」


 クロードとドゥーエは、一瞬無言になって顔を見合わせた。

 ガルムの背上で、いまだ妖刀あねと口論を続ける銃の名手ミズキへゆっくりと視線を向ける。


「ドゥーエさん。モンスターが統率されている理由がわかったぞ! イオーシフは数万体をいっぺんに操作しているんじゃない。隊長級だけをピンポイントで動かしているんだ」

「その手があったか。おい、やかまし娘と、うらめし姉貴。お待ちかねの出番だぞっ!」

「ちょ、え、何っ!?」

『うらめし姉貴はナイですわーっ』


――――――――――――――――――

あとがき

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