第447話(5ー85)最後の要塞

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 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 霜雪の月(二月)二二日。

 クロードは、商業都市ティノーに近いキャンプ地で、ヴォルノー島大同盟の兵士達に向き合っていた。


「皆の奮戦に感謝する。僕たちはこの一ヶ月で、無事エングホルム領南部を取り戻すことができた」


 クロードは拳を振りあげ、兵士達が歓声で応える。

 大同盟の進軍は順調だった。遠征軍は、過去一年以上に亘って進軍を阻んでいた無敵要塞線を粉砕、破竹はちくの勢いで突破した。

 

「エコー隊長や、商業都市ティノーの住人達。多くのネオジェネシスが僕たちに協力してくれる。もはや後顧こうこの憂いは断った!」


 エングホルム領南部の町村も、商業都市ティノーの解放と、エコー隊受け入れをきっかけに、先を争うように大同盟に降伏している。


「今が好機だ。僕たちは今日、エングフレート要塞へと向かう」


 かの要塞は、エングホルム領を南北に分ける要害であり、事実上、最大にして最後の砦だ。


「あそこさえ落とせば、エングホルム領領都エンガも、ユーツ領領都ユテスも目前だ。皆、この内戦を終わらせるぞ!」

「「うおおおっ、マラヤディヴァ国万歳! クローディアス・レーベンヒェルムと大同盟、ネオジェネシスに栄光あれ!」」


 キャンプの広場に集まった、大同盟兵士とネオジェネシス兵が並んで喝采かっさいをあげた。

 一度は不戦同盟を結んだ相手だからか、エコー隊の純朴な人柄が功を奏したか、一ヶ月の時間を共に過ごしたことで、両者の仲は良好だった。

 式典を終えたクロードを、ドゥーエが出迎える。


「辺境伯様、お疲れ様でゲス。なかなかサマになってやしたよ」

「まだ慣れないけど、大事なことだから」


 クロードの目的は、エコー隊、ひいてはネオジェネシスと共存することだった。

 前準備として、侍女のレアと女執事のソフィ、川獺のテル、護衛のミズキといった幹部が村々を巡回し、問題の把握と民衆の慰撫いぶに努めていた。

 クロード自身の善意もあるが、すでにネオジェネシスの個体数は十万を超えている。一人残らず討伐する余力なんて、今のマラヤディヴァ国にあるはずも無かった。

 国主グスタフやオクセンシュルナ議員にとっても、ブロルを説き伏せてネオジェネシスを人間社会に取り込むのが、もっとも流血が少ない現実的な対応なのだ。


「辺境伯様。オレが言うのも何ですが、ブロル・ハリアンは、緋色革命軍マラヤ・エカルラートのダヴィッドより、余程まともな統治を行なっていやす。心配していた人食いも、今のところ確認されてません」

「……うん。仲良くやれるなら、その方が良い。兵站へいたんを担うエングホルム領の半ばを抑えたけれど、アリスやセイが心配だ。戦争なんて早く終わらせたい」


 ブロル・ハリアンは、旗揚げ当初こそ狂気的な振る舞いが目立ったが、クロードと会見した後は、ある程度の理性を持って行動していた。

 大同盟と非戦を結び、緋色革命軍の幹部を招致して、一〇万超の軍勢を統率する。それだけの器は確かにあったのだ。

 ブロルは、一部の非道な貴族や商人こそ粛清を断行したが、良心的な人物であれば追放や収監で済ませるなど、穏便な対応も取っていた。

 とはいえ、それ故にこそ、ハインツ・リンデンベルクらの暗躍を招いたのかも知れない。


「ドゥーエさん、行こう」

「ええ、行きやしょう」


 二人が、右手で握手を交わした時。

 隊長のイヌヴェが、息を切らせて天幕に駆け込んで来た。


「辺境伯様、大隊長。危急ききゅうの知らせが入りました」


 この内戦で幾度となく経験した、想定外の事件発生だった。


『ハインツ・リンデンベルクが〝四奸六賊しかんろくぞく〟と接触を図った結果、エングフレート要塞を追放され、工業都市ジルゲンにて蜂起。ネオジェネシスが分裂した』


 一見、朗報とも聞こえる知らせだが……

 クロードとブロルが望む、人間とネオジェネシスの融和を根底から覆しかねない凶事だった。


「ドゥーエさん、机の地図を取ってくれ。この手の輩がやらかす事は、いつだって決まってる」

「ええ。お決まりの略奪ってヤツですな」


 クロードは、音を立てて奥歯を噛みしめた。

 イヌヴェが持ってきた資料によると、すでに量産型ニーズヘッグも投入されて、いくつもの村が焼かれている。

 このまま放置すれば、ネオジェネシスの支持基盤しじきばんは著しく弱体化するだろうが……。

 今やマラヤディヴァ国の看板となった大同盟としても、クロード個人としても、流血を座して見過ごすわけにはいかなかった。


「辺境伯様、エングフレート要塞への出兵は延期しやすかい?」

「それは駄目だ。ネオジェネシス中心部への殴り込みは速度が生命線だ。計画の変更はないし必要もない。〝軍隊ですらない〟悪漢どもを討つだけなら、少数の手勢で充分だよ」

「耳に痛いでゲスね。オレも連れて行ってください。元無職テロリストにゃあ大軍の指揮を取るより、小規模のゲリラ戦が性にあってやす」


 かくして大同盟はエングフレート要塞へと進軍し、イヌヴェ、サムエル、キジーが率いる三隊が厳重な包囲を敷いた。

 クロードとドゥーエは、その間に数百人規模の遊撃隊を率いて、ハインツ派への対処を開始する。


――

――――


 同じ頃。

 エングフレート要塞に篭るネオジェネシスでも動きがあった。

 

「イザボーちゃん、ハインツの内偵をありがとうね。人質に取られていた孤児院の子たちは、全員救出したわ。神殿にいるから、逢いに行ってあげてネ」

「ああっ、ありがとうよ。しかし、ハインツの馬鹿はどうすんだい? ブロルがせっかく命を取らず見逃してやったのに、暴れてるって話じゃないか」


 憂い顔の女傭兵隊長に、ビキニアーマーを着た筋肉親父はパチンとウインクした。


「……イザボーちゃんは予定通り、要塞の指揮をお願い。アタシが外へ行って、ハインツの首を落としてくるわ」

「シュテン、いいのかい? 道を誤った弟子を討たなきゃいけないって、あんなに思い詰めていたじゃないか?」


 イザボーの問いに、シュテンは照れ臭そうに鼻をかいた。


「心配ご無用。馬鹿弟子も出てくるって、そんな気がするの。ケジメはつけないとね」

「無事に帰ってきなよ。アンタとブロルへの恩は、ちゃんと戦働きで返してやるから」


 傭兵隊長イザボーは宣言通りにエングフレート要塞をよく守り、一ヶ月以上もの間、大同盟遠征部隊と互角に渡り合った。

 この攻防戦は、作家となったキジーが回顧小説を発表した際に盛りに盛られ、関ヶ原もかくやという、ネオジェネシス戦争の山場として世人に伝えられることとなる。

 そんな華やかな決戦の裏側で、クロード、ハインツ、シュテンの三者による――、ネオジェネシスの未来を占う激突が始まった。

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