第206話(2-159)悪徳貴族と不死の軍勢
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復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 霜雪の月(二月)二八日。
太陽が南の空にさしかかる頃、クロードと三領軍はソーン領北部バナン川流域の湿地帯で
「目標、”不死兵”。撃てぇ!」
「AAAAAAッ!」
三領軍が放つ無数の弾丸が、骨と血と肉と粘液で塗り固められた人型兵士の群れを貫き、着弾した大砲の破片が胴や四肢をえぐる。
しかし、赤黒い兵士たちは動けなくなった仲間の肉を喰らい、瞬く間に損傷を埋め尽くして回復した。
契約神器・魔術道具研究所が不死兵と呼んだのも無理はない。この兵士たちは一にして全、全にして一、すべてを
「だが、数は減った。第二射、構え。撃てぇええっ!」
不死兵がびしゃびしゃと水音を立てながら泥地をじりじりと進む中、半包囲した三領軍は再び火線を放った。
今度の砲弾は赤黒い兵士の軍勢中心に直撃して、一体の不死兵が四散した。一部の肉と骨片は泥の中へと落ちるも、大部分はまるで最初から無かったかのように消えてしまった。
「続いて第三射っ」
グロン城塞跡に残されていたマクシミリアン・ローグが考案した防衛陣は、セイの目から見ても見事なものだった。
沼地を通るわずかな小道を自軍で確保して、丸太や土のう袋を沈めて足場や
そうして銃と大砲で波状攻撃を仕掛けるのだ。たとえ少数であっても、大軍を相手に十二分に戦えたに違いない。
結果は、クロードの命を受けたキジーの水攻めで、城塞もろとも本陣を沈められ、マクシミリアン自身も人質で無理やり戦わせていた少年兵によって致命傷を負うという無残なものだったが――
「アルフォンス・ラインマイヤー。お前は、棟梁殿を、戦うのが好きではなく勝つのが好きな輩と評したそうだな? 大間違いだよ。勝つのが好きな男であれば、ああも不利な戦いをずっと続けられるものか。クロードは、戦いそのものを嫌っているんだ。しかし、どれほど和を尊んでも、殴って奪って火をつけてくる脅威がいるのなら、もう勝つしか選択肢がないだろう――? だから私は共に進むのさ。この故郷と、家族を守るために!」
四射、五射。銃撃と砲撃は絶え間なく続く。
小山ほどもある圧倒的な質量と捕食したモンスターから奪った魔術耐性によって、火も毒も契約神器による砲撃すらも、あらゆる攻撃を受け付けなかった血の湖だが……、スライムから軍勢に分裂したことによって状況は劇的に変化した。
一人の労働者が一本のシャベルで丘を平原と為すのは、困難だろう。
しかし、もしも丘が数千のブロックに分割されていたら? 労働者とシャベルが三万人分あったらなら?
「いまだ。やっちまえ、サムエルのおっさん!」
「でかしたキジー。最高のタイミングだ」
キジー率いる魔術工作隊が湿原に埋め込んだ氷結魔法陣が起爆して、不死兵を氷漬けにする。
サムエルが指揮する砲兵部隊は、共食いで回復するまでの一瞬の時間を狙って、凍結した赤黒い軍勢を狙い撃ち、粉々に吹き飛ばした。
無敵を誇った防御力も、分散してしまえば減衰する。
反面、不死の軍勢の攻撃密度と多様性はスライムとは比較にならず、自らの肉体を剣や槍、斧に変化させて斬りこみ、あるいは弓や銃を形作って魔力の矢や弾丸を放って三領軍に応戦した。
魔法攻撃をエリックたちが受け止めるも、前衛の不死兵は沼地を踏みわけて前線を押し上げてくる。
「ふん、想像したほどじゃないわね。捕食した人間や
今回の
久方ぶりに戦場に立ったブリギッタは、小道を伝って防塁に飛び込み、接近する不死兵の小隊に対して真っ向からサーベルで斬りかかった。
彼女は兵士が腕から伸ばした肉の剣や骨の槍を潜り抜け、魔獣の遺骸で作られた斧を踏み台にして、余人が見惚れるほどの速度で一体、また一体と八つ裂きにする。
「アルフォンス・ラインマイヤーは、どうやら強さというものを誤解しているようです」
ブリギッタの背後では、珍しく、本当に珍しく軍服を着たハサネがナイフを閃かせ、再生を繰り返す赤黒い兵士の手足を落とし、あたかもダンスのステップを踏むように首を刎ねていた。
「ハサネさん、誤解ってどういうこと?」
「そうですね。ブリギッタさんは、小兵と大丈夫、速度に長じる者、技で魅せる者、力で制する者、いったい誰が一番強いと思います?」
「ああ、そういうことか。アルフォンスのやつは、
「おおかた、自分なら何でもできると決めつけて、
「違いないわ」
今では休日に潜る程度になったが、ブリギッタもまた現役の冒険者だ。
エリックは盾役として防御を固め、ブリギッタは足を活かして攻撃、アンセルが戦場を
昔は
「ひとたび死地に入れば、
人間以上の
身長体重、腕の長さに足の長さ、筋肉のつきかたが違えば、おのおの最適な戦闘方法は変わるだろう。
技能を奪った? 知識を奪った? ああ、自分のものですらない能書きが増えたところで、いったい何の役に立つというのか。
魔力を付与されたブリギッタのサーベルが、美しい弧を描き、赤黒い兵士の肉を裂いて骨を断つ。
「どうやら表層の真似事だけは出来ているようですが、内実は抜けがらです。アルフォンス、ひょっとして経験まで混ざって意味を失いましたか? ああ――ツマラナイ。生きながら死んでいるなんて、殺す価値さえないじゃないか」
ハサネのナイフが一閃し、小道に這い上がろうとした不死兵の首が一斉に飛んだ。
ハサネの技は、リーチに劣り、汎用性など欠片もないただの殺しの道具だ。それでも、彼自身が磨き上げた唯一にして無二の戦闘術だった。
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