第19話 領内大乱(前篇)

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 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 晩樹の月(一二月)八日。午前。

 レーベンヒェルム領を襲った惨劇の第一報が、領都レーフォンの暫定役所にもたらされたのは、正午の少し前のことだった。

 マラヤディヴァ国警察官の自宅が複数の暴漢達による襲撃を受け、警官は撲殺、夫人も暴行された上で惨殺され、神殿に通っていた小児二人が行方不明になったというのだ。現場となった居間には、『人民の敵に天ちゅうをくだす』と血文字で書かれていたという。

 あまりに陰惨な事件に、報告に来た巡査の前でアンセルとヨアヒムが言葉を失っていると、別の巡査が血まみれで馬を飛ばしてきた。

 領都の中央警察署が、赤い導家士どうけしを名乗る集団の襲撃を受け、破壊された。そう息も絶え絶えに告げて、彼は事切れた。

 ヨアヒムが、震える手で青錆色のサングラスをかけ直そうとして、落とした。


「おいおいおいっ、この領にはファヴニルがいるってのに、なんでそんな真似を――?」

「簡単なことだ。後ろで糸を引いているのは、きっとあの邪竜だ……」


 アンセルの行動は素早かった。すぐさまクロードに報告するために二階の執務室に戻り、通信用の水晶球を取り出すも、なんらかの妨害魔術が展開されているのか繋がらなかった。次に御者のボーへと連絡を取ると、こちらは無事に繋がって、屋敷の回りに異常はないとのことだった。

 彼らがほっと息をつく時間もなく、赤いバンダナを巻いて武装した剣呑な集団が、役所を包囲しようとしているのが窓から見えた。

 同時に、水晶球へエリックからの通信が入る――。


「アンセル。緊急事態だっ。赤いバンダナ巻いたわけのわからねえ連中が、農場に入って暴れてる。どうすりゃいい?」


 アンセルは、混乱の中で固唾かたずをのんだ。今や、時間は金よりも貴重だった。

 領外に出ているクロードには頼れない。彼が留守中の代理人として指名したのはアンセルだ。

 こんなにも重いものを自分は預けられたのか、こんなにも重いものを彼は背負っていたのか、激情が身体を巡って、息も満足にできない。

 外には、布鎧キルティングアーマーを身につけ、長剣ロングソードジャベリンクロスボウで武装した集団。

 暴徒が最初に警察官と中央警察署を襲ったのは、見せしめと防衛戦力を削ぐためだろう。

 狙いは、おそらく、この役所と農園だ。

 アンセルは、考えなければならない。何を守るのか、何が大切か、何を諦めるのか――。


「逃げて、くれ」

「はあっ!?」


 水晶球の中のエリックは、額に青筋をたて顔を赤く染めて、ひと目でわかるほどに激高していたが、アンセルは考えを曲げるつもりはなかった。


「全責任はぼくが取る。農園は放棄する」

「寝言を言ってんのかアンセル!? ここで働く皆が、そしてクロードが、どんな思いで造ったと思って――」

「それでも皆の命には変えられない。思い出せ。クロードは、辺境伯様は、あの日ぼくたちを殺さなかった。あの人は、命を、とても大切にしているんだ。その思いを踏みにじるつもりかっ」


 農園の従業員は半数が、老人と障がい者だ。

 冒険者あがりの猛者もいないわけではないが、まともな装備もない以上、なぶり殺しにあうだけだ。


「だったら迎撃すればいいだろっ」

「農園はダンジョンじゃない! 非武装の民間人を大勢抱えて、武器もなしにどうやって防衛戦を敷くんだ!?」


 アンセルの剣幕に、エリックは一瞬気圧されたようだが、どこか遠い目をして微笑んだ。


「悪いな。アンセル、その指示にゃあ従えねえよ」

「エリック!?」


 アンセルは制止しようとして、できなかった。

 水晶を通して、何かが燃える音や、壊される音、大勢の悲鳴が聞こえてきたからだ


「あいつら、無抵抗の怪我人や老人を囲んで、よってたかって殴りつけてやがる。従業員を逃がすにしても、誰かが時間を稼がなきゃならねえ。何より俺は、あんなクソッタレどもをゆるせねえ」


 エリックは、パーティにおいて、常に前衛をつとめてきた。

 先ばしりたがる本人の気性もあるだろう。だが、それ以上に、彼は仲間を守ろうとする心優しい少年だった。


「クロードによ、つっかかって悪かったって伝えてくれ」


 エリックの最後の言葉が、まるで遺言のように聞こえて、アンセルは大声で彼の名前を呼んだ。


「エリックっっ!!」


 水晶球は曇ったまま応答しない。

 外の暴徒たちが、おそらく何重にも通信妨害の術式を展開しているのだろう。

 役所はいまや完全に包囲されて、孤立してしまった。

 ヨアヒムが門の前で、杖を振るい、指揮をとっている。


「閉門っ。迎撃用意っ」


 アンセルとヨアヒムにとって幸運なことに、無防備な農園に比べて煉瓦石造れんがいしづくりの屋内劇場を改装した暫定役所は、ある程度の篭城戦に耐えうる頑強さがあった。

 なにより職員の大半は、元冒険者なのだ。怪我をしたものがいた。老いたものがいた。引退した彼や彼女らは、それでも一般人よりはるかに、荒事には慣れている。

 約三ヶ月前の領主館襲撃戦で押収した武器防具を、置き場がないので倉庫に放り込んでおいたのも迎撃に役立った。


「我らは、赤い導家士。これより領主をたぶらかす奸臣かんしんどもを討ち、レーベンヒェルム領を人民の手に取り戻す。解放を!」

「解放をっ、解放をっ、解放をぉおおおおっ!」

「いまこそ革命の時っ!」


 赤いバンダナを巻いた暴徒たちは、鬨の声をあげて、役所へ向けて無数の矢と礫を撃ち込み、石や火炎瓶を投げつけた。

 火薬をつめた鉄パイプが窓を割って飛び込んできて、爆発と同時に釘を撒き散らす。

 一階入り口付近で備えを手伝っていた、冒険者上がりでない所員の一人が巻き込まれ、耳をつんざくような悲鳴をあげた。


「衛生班はやくっ。怯えるな。金属の扉と石の壁は簡単には抜かれない。窓に机を寄せてバリケードをつくるんだ。信じろ、辺境伯様は必ず戻ってくる!」


 最前線で指揮をとるのは、小便をちびりたいほどに怖かった。

 それでも、ヨアヒムは魔力が尽きるまで付与魔術をかけつづけ、鼓舞し続けた。


(あのひとは、オレたちのために、ファヴニルにだって立ち向かったんだ。それに比べりゃ、テロリストなんざどうってことない!)


「六班は東塔へ、九班は消火作業を急いで。ここは、辺境伯様の、そしてぼくたちの職場だっ!」


 身内であるパーティだけでなく、他者の命を背負う重圧は、胃の中にあるすべてを吐き出しそうなほどに重かった。

 それでも、アンセルは声もかれよとばかりに叫び、役所の総指揮を執り続けた。


(あのひとが戻ってくるまでもちこたえるんだ。そうでなきゃ、エリックとブリギッタ、農園にいる皆を助けられないっ)


 二人に率いられた元冒険者たちの奮戦は凄まじく、先に落とした中央警察署同様に容易く陥落できると楽観視していたテロリスト、赤い導家士の大多数を長時間にわたって足止めした。

 だから、彼は、間に合った。


「みんなっ。無事かっ!?」


 晩樹の月(一二月)八日。午後。

 クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯、転移魔術にて領都レーフォンに帰還――。


「遅いですよ、辺境伯様。ほんと、頼りないんだから」

「怪我人は多いですが、戦死者はいません。この戦い、ぼくたちが勝ちます」


 ――この刻をもって、レーベンヒェルム領による、テロリスト集団”赤い導家士”への総反撃がはじまった。

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