第20話 領内大乱(中篇)

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 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 晩樹の月(一二月)八日午後。

 テロリスト集団『赤い導家士どうけし』によって焼かれた、マラヤディヴァ国首都クランの商店街で、クロードは目つきの悪い三白眼を閉じて、ほんの少しだけ筋肉のついたモヤシのような体躯で、しばし佇んだ。

 去っていったソフィへの戸惑い、珍しく苦言を呈したレアへの動揺、何よりも、失われた命と街への悲しみと、蹂躙したテロリスト達への怒り、すべてを腹の中に飲み込んで、彼は再び黒い目をひらいた。

 今日まで自分を支えてくれたメイド、青い髪のレアが、緋色の瞳を伏せて心配そうに控えていた。

 そして、彼女の隣には、肩まで伸ばした蜂蜜色の髪と、蒼灰色の瞳が印象的な、8歳くらいの女の子、イスカ・ライプニッツ・ゲレーゲンハイトがいる。

 クロードは、農業で日に焼けた手を、イスカへと伸ばした。


「ついてきてくれるか」

「ン」


 イスカは、にこにこと微笑んで、クロードの手を掴んだ。


(僕は最低だ。ファヴニルとの戦いに、こんな小さな子まで巻き込んでしまった)


 時系列を考えるなら、イスカの父であり、一年前にファヴニルと引き分けたという有名冒険者、ニーダル・ゲレーゲンハイトとの争いに、クロードこそが巻き込まれた、という考え方もできるかもしれない。

 しかし、クロードは、そうは思わなかった。あの悪魔を討つのは、自身の意思だった。たとえ己の命を捧げ、ニーダルという第三者を利用しても、必ず滅ぼすと決めていた。


(でなければ、この光景が、目の前の地獄が、何度だって繰り返される)


 ここではない他の街で、今ではない未来の刻に、再び誰かを愛する人間が命を落とし、誰かの大切な場所が燃え落ちるのだ。それだけは、決して……。


「レーベンヒェルム領、暫定役所へ。跳躍する!」


 魔術文字を綴り、右腕を大きく振るう。足元に白く輝く魔法陣が描かれて、クロード、レア、イスカの三人は転移した。


―――――

――――――


 クロード達三人が瞬間移動した、レーベンヒェルム領暫定役所二階の領主執務室は、書類の一部が崩れた以外、特に被害はなかった。だが、外からは大勢の怒号や爆発音が響いていて、いかにもただならぬ様子だった。


「みんなっ。無事かっ!?」


 ドアを開けて、クロードは絶句した。

 二階広間はさながら野戦場だった。怪我をして伏せるもの、包帯や治療薬を手に走り回るもの、事務机を積み上げて作ったバリケードの間から弩で矢を射るもの、それぞれが懸命に持ち場を守ろうと尽力していた。

 

「遅いですよ、辺境伯様。ほんと、頼りないんだから」


 いつものソフトモヒカンが崩れて長髪を紐でくくったヨアヒムが、倉庫から運びだした籠いっぱいの矢や弩を部屋の中央に置いて、再び一階へと降りていった。


「怪我人は多いですが、戦死者はいません。この戦い、ぼくたちが勝ちます」


 クロードの代わりに指揮をとっていたのだろうアンセルが、右肩に血まみれの包帯を巻き、疲労困憊ひろうこんぱいのていで、かすれた声で強がった。

 クロードがバリケードの隙間から外を伺うと、首都クランで見たテロリスト達と同じ格好をした集団が、十重二十重に役所を包囲して、石を投げたり矢を射たりしていた。


「あいつらっ」


 盾のつもりなのだろうか。

 赤い導家士は、役所と自分たちの間に、死んだ警官の遺体を十字に重ねた板にはりつけ、あるいは、町からさらってきた領民をロープで縛って壁にしていた。

 彼らの非道な作戦あればこそ、アンセルとヨアヒムは、役所内への侵入を阻むに留め、積極的な反撃に出れずにいたのだ。

 激怒したクロードが思わず一階へかけ降りようとするのを、アンセルは必死で叫んで止めた。


「待ってっ。辺境伯様、先に農園を助けにいってください。エリックやブリギッタ達が残ってるんです」


 クロードは一瞬だけ躊躇ためらって、階段から引き返した。椅子と机で塞がれた窓から、外をのぞき見て、赤い導家士たちへ向けて魔術文字を綴る。


「テロリストども、見るがいい。これが邪竜ファヴニルに呪われた、悪徳貴族の力だっ!」


 紫色の閃光が雷のように天を裂いて、宙空から鋼鉄で編み上げられた鎖の束が降り注ぎ、人間の盾に隠れた赤い導家士達の八割を縛りあげた。今回ばかりは、出し惜しみなどしない。


「アンセル、あとは頼んだ」

「お任せ下さい。どうかご武運を――。みんなをお願いします」


 クロードは、再び転移の魔術文字を綴ろうとして、レアとイスカを見た。

 レアは無言でクロードに寄り添い、イスカは首をふるふると横にふった。

 自分の傍が一番安全ではないかと迷ったものの、無理に連れ出すには、行く先は血生臭すぎた。


「レーベンヒェルム領、試験農園へ。跳躍する!」


 クロードとレアが更に過酷な戦場へと移動するのを見送って、アンセルもまた力の限りに叫んだ。


「辺境伯様がテロリストどもを無力化したっ。今からうってでるぞ!」


 おおおおおっっ!


「開門っ。人質をとりかえせっ」


 ヨアヒムを先頭に、残った闘志を振り絞り、まだ動ける冒険者たちは役所を出て、人間の盾として拉致された領民たちを奪回すべく走り出した。

 二階で迎撃していた職員たちもまた、弩や矢を床に置いて盾をもち、棍棒や短剣を持って後詰に続く。

 力尽きたかのように床へ倒れたアンセルや、動けない負傷者以外でただひとり、役所二階に残されたイスカは、ヨアヒムが置いていった籠にとてとてと近づいて、小さな声で呟いた。


「パパは、ひれつなやつは大キライって、いってたの」


――――――

―――――


 クロードに誤算があったとすれば、ファヴニルから借りた力を、過剰に評価したことだろう。

 ニーダル・ゲレーゲンハイトとの決戦に備えて、ファヴニルはクロードが使用可能な魔力を大幅に制限していた。

 そのため、通常ならば解除不能な拘束は、赤い導家士側の盟約者、契約神器の使い手によってあっさりと解除された。


「そンなっ!?」

「愚かなブルジョアジーのイヌどもめ! 正義の力を受けるがいいっ」


 テロリスト集団の中でもひときわ目立つ、馬に乗ったヒゲ面の巨漢がゲラゲラと笑う。

 彼が手にした、第六位級契約神器ルーンソードのひと振りであろう、禍々しい血の色の光を放つ剣の輝きによって、周囲のテロリストを縛める鋼鉄の鎖は次々と解かれてしまう。

 そればかりではなく、後方からは街で略奪を働いていたのだろう別働隊が、増援として現れたではないか。


「対ゴーレム用のロケット弾発射筒が届いたぞ!」

「あの古臭い建物と一緒に、ひき肉にしてやるぜ!」


 まだ距離があるものの、あんなものを受けては、暫定役所の壁もひとたまりもない。

 ましてや人間の身体なんて、バラバラに吹き飛んでしまうだろう。


「やべぇ。みんな、伏せろ」


 とっさにヨアヒムがくだした命令が裏目に出た。

 一度足を止めたが最後、雨のように矢が降り注ぎ、防御魔術と盾でいなしたものの、馬を駆るヒゲ面の盟約者に距離を詰められてしまった。


「ひゃははははっ。死ねぇええいっ」


 致死の剣が、ヨアヒムに向けて、振りおろされる――。

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