第21話 領内大乱(後篇)

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 肩まで伸ばした蜂蜜色の髪と、丸く大きな青灰色の瞳が特徴的な少女――。

 イスカ・ライプニッツ・ゲレーゲンハイトは、生みの親の顔を知らない。

 物心がつく前に、親元からさらわれたのか、あるいは捨てられたのか。

 荒涼とした北の大地を、砂漠が見える西の街道を、山々のそびえる南の関を、大河が流れる東の都市を、売られ売られて、転々としたことをあいまいに覚えている。

 生まれてからずっと、名前はなく、戸籍もなかった。

 現共和国政府であるパラディース教団によれば、彼女は闇之子とか黒子とか呼ばれる、人口管理政策に逆らった、生まれてはいけない子供だったらしい。


(だから、ニンゲンじゃなくて、カチクで、オニンギョウだった)


 働いては売られて、売られては働いて、最後に売られた先は、よくわからない研究所だった。


殺戮人形メルダー・マリオネッテ開発研究所』


 そこには、似たような境遇の、おにいさんやおねえさん、おとうとやいもうとがたくさんいた。

 殺し合いの日々が始まった。

 何十、何百人と殺して、殺されて、最後に生き残った二○人を、特別製の人形として残すのだという。


 夜眠れずに泣いていたから、子守唄を歌って、寝かしつけたおとうとがいた。

 ――――――――――――――――――――――――――――ころした。


 怪我がひどくてうなされていたら、手当てをしてくれたおにいちゃんがいた。

 ――――――――――――――――――――――――――――ころした。


 のどが渇いて苦しんでいたから、お水をわけて一緒に飲んだいもうとがいた。

 ――――――――――――――――――――――――――――ころした。


 お腹がすいて歩けなかった時、パンを半分わけてくれたおねえちゃんがいた。

 ――――――――――――――――――――――――――――ころした。


 どれだけころして、ころされたのだろう?

 最後に残っていた二〇体は、からっぽのオニンギョウだった。


 何も考えたくない。命令だけが正しいのだから。

 何も考えてはいけない。心なんて苦しいだけだから。


 生き延びた虚ろな少年少女は、四肢に爆薬を埋め込まれ、魔法や薬品で身体をいじられて、課された非人道的で過酷な訓練を機械的にこなし続けた。

 そうして、最終試験として与えられた課題が、研究所の出資者えらいひとにとって邪魔な冒険者、ニーダル・ゲレーゲンハイトの抹殺だった。

 二〇体の殺戮人形は、周到な準備を整えて彼の寝床たる洞窟を急襲し、……一方的な返り討ちにあった。


 実力が違いすぎた。

 戦闘において数は重要な因子だが、それだけで勝敗が決するわけではない。

 二〇人の幼子が、経験を積んだ大人の格闘家に殴りかかっても、勝利を得るのは困難だろう。

 並みの剣客が集団で、二天一流兵法の開祖に挑んでも、彼の名声を高めるだけで潰えたという。


 二〇体の殺戮人形と、ニーダル・ゲレーゲンハイトの間には、それほどに隔絶した絶望的な差が存在した。


(つよかった。おねえちゃんも、おにいちゃんも、てもあしもでなかった)

 

 だから、一番年下だった少女は、己の手と足に埋め込まれた爆薬の起動呪文を唱えて、とてもとても恐ろしい大人に飛びかかったのだ。

 もうその頃には、少女は、死ぬことだけが、唯一苦しみから解放される救いだって理解していた。

 でも、死んでしまうのは怖くて、自分が動かない、冷たい肉の塊になってしまうのが震えるほどに恐ろしくて、今まで選ぶことができなかったのだ。


(こわくて、こわくて、こわかったけど、さいごに、だいすきなおねえちゃんたちをたすけられたら、もうこわくないって、そうおもったんだ)


 ニーダル・ゲレーゲンハイトという大人は、大きな声でわらって、少女を抱きしめた。

 それからなにが起こったのか、20体の殺戮人形は誰も覚えていない。


 確かなことはただひとつ。誰も死ななかった。

 そして、ニーダルが用意した山小屋で過ごす、夢のような一週間が始まった。

 彼を襲ったり、一緒にご飯を食べたり、彼を罠にかけたり、一緒に掃除したり、彼を誘惑したり、一緒に遊んだり、お祭り騒ぎのような七日間はあっという間に過ぎて、再び二〇体の殺戮人形は研究所へと戻された。

 試験が失敗したので、ひとりひとり別の場所で再調整を受けるのだという。

 一番幼い少女が送られることになったのは、ニーダル・ゲレーゲンハイトの元だった。


 研究所の職員からは、仲直りのためのプレゼントだと説明された。


 彼と過ごした時間は、とてもとても楽しかったから、プレゼントに選ばれたことが嬉しかった。

 だから受け取ってもらえるよう、ライプニッツ遺跡に設えられたキャンプで、所長に教わった通りに服をぬいで、せいいっぱいの笑顔と声で挨拶した。


「二〇番です。きょうからいちねんかん、アナタのオモチャとなります。どうぞごジユウにおつかいください」


 でも、失敗だった。

 彼は、まるで焦点のあってないお面みたいな顔でポカンとして、すぐに焚き火のように顔を真っ赤に染めて怒り始めた。


「なんて悪趣味な教育をしやがる!」


 ニーダル・ゲレーゲンハイトは、着ていた赤い外套を脱いで、頭からボサっとかぶせた。すっぽりと入ってしまった服からは、汗と血と、かすかな香水のまじった、大人の匂いがした。


「いいか、俺の言いたい事はふたつだ。ひとぉつ、服を着ろ。俺はロリコンではないので、お前に裸になられても、近所の子を銭湯へ連れてくみたいで落ち着かん。ふたぁつ、お前は道具オモチャじゃなくて人間だ。覚えてないんでさぁっぱりわからんが、人間を人間扱いしない宗教やら思想やらが、俺は心底嫌いだった気がする」

「で、でも、二〇番はドウグなのです」

「ああわかった。だったら今日から一年間、お前は俺の娘だ。これは命令だ。拒否は許さねえ」

「??」


 何を言われたのか、一瞬わからなかった。


「ちゃんとした名前もつけてやらねえと。ガキをナンバーで呼ぶな、破綻者マッドサイエンティストども」


 はなこ、とりこ、かぜこ、つきこ。あれ? おれのなまえのせんすって。なんて、もごもごとつぶやいているちちおやに、すがるようにとびついた。


「……パパっ」


 むねがいたかった。


「……い?」


 めがあつかった。


「パパっ……パパっ……パパっ……」


 からだじゅうからあふれてくるなにかを、どうつたえればいいのかわからなかった。


「今日から一年間、よろしくな。イスカ・ライプニッツ。俺の娘」


 それから始まった、パパと過ごす日々は、毎日が幸せであふれていた。


「おはよう」

「おやすみなさい」

「ただいま」

「おかえりなさい」


 そんな言葉を交わすだけで、温かい気持ちがいっぱいになって、心が満たされた。

 目を離すと、すぐにナンパに行っちゃうのが寂しかったけど、わがままは言えない。

 ニーダルもまた、どうしようもない苦しみを抱えていたからだ。


 システム・レーヴァティン。


 パパが背負った呪詛。

 第一位契約神器を模したノロイは、使用者の心と体を壊して、ニンゲンではなくしてしまう。

 記憶がとんだり、身体の五感が一時的に失われたり、感情が正常に働かなくなるのだという。

 ニーダルの表情が……、時折不自然なことは、イスカも気づいていた。

 ふさわしい顔を考えて作るから、どうしても半呼吸ほど遅れるし、大仰で大袈裟な言動になるようだった。


「いっしょに暮らす上で、これだけは覚えておいてくれ。イスカが、腹がへったり眠くなるように、俺は時間がたつと、戦って物を壊したり、人を傷つけないと耐えられなくなってしまう」


 冒険者という荒っぽい仕事をしているのは、そのためだとパパは言った。


「だから、様子がおかしいときは、俺に近づくな。なぁに、飯食って、寝て、古代遺跡ダンジョンの怪物どもを殴ってれば、そのうち治る」


 パパは、不意にイイコトを思いついたと言わんばかりに柏手を打って、付け加えた。


「実は、俺が毎晩女の人と遊びに行くのも、必要なことで趣味じゃないんだ。なっ、信じてくれ!」


 最後のナンパのところだけ、思いっきり目が泳いでいたけど、そういうことにしてあげようと、イスカはうなづいた。

 パパは嘘がつけないし、演技もヘタクソなのだ。


「イスカ。もしも俺が完全に正気を失って、お前を襲うことがあれば、ためらわずに殺せ」


 その為の手段をすべて教える、と、パパは言った。

 共和国のライプニッツ遺跡の深部で、手ごわいモンスターを相手に、イスカは暗殺術とは異なる戦闘手段を学んだ。

 低位の契約神器なら破壊可能な、特別な”ウィルス”じみた術式の使い方。

 援護射撃や、障害物の多い場所での狙撃方法、狭い足場や壁を利用した走り方。

 最深部の探索を終えた時、見つけた契約神器を、パパは初仕事のお祝いだと言ってイスカにくれた。


「ガングニールは、この遺跡にもなかったか。ま、いっか。今は第六位級まで弱っちまったが、黒衣の魔女が残した遺産のひとつ、ベルゲルミル。こいつは娘に贈る門出祝いにゃぴったりだ」


 契約を交わしたあと、寂しいけれど、少しの間、修理に出すことになった。

 神器の外殻はひどく損傷していたので、コアを新しい器に移し替えるのだという。

 マラヤディヴァ国から、共和国に帰るのが、実はちょっとだけ楽しみだ。


 イスカは、やっと自分が、何になりたいのかわかった気がした。

 

「イスカはね、パパの手で、足で、ナイフで、弓で矢になるの」


 そう告げると、火をかけたやかんのように、かんかんに怒ったパパに叱られた。 

 ひとがひとを道具にすること、家畜のように扱うこと、それはひとが絶対にやってはいけない卑劣な行為なのだと。


「イスカぁ。まだ幼いお前にゃ、わからないかもしれない。だが、俺は必ずお前をお天道様の下で、胸張って生きていける人間に育ててみせる。二度と、そんな悲しいことを言うな」


 パパのいうことは、いつだってむずかしいのだ。

 そう、むずかしい。


 パパが泥酔したり、酷い怪我を負ったり、死んだように眠ったあと、ごくまれに現れる「もうひとりのぱぱ」もそうだ。


 ”パパ”は”ぱぱ”のことを、おぼえていなくて、”ぱぱ”は”パパ”のいちぶなのだという。……なにがなんだかよくわからない。


 ぱぱは、とおいとおい国からきて、はなればなれになってしまった、おともだちをさがしているのだという。

 あかえだ。かりや。むらさき。そら。みどり。


 そして、くろうど。


 漢字で書くと、『小鳥遊蔵人』


 苗字が良くわからなかったので、翌朝パパに聞いたところ、小鳥はことり、遊はあそびと読むらしい。


「ことりあそびくろうど。やっとみつけたっ」


 イスカは役所の窓を閉ざす、バリケードの隙間から、太陽おひさまを見た。


「だいじょぶ、パパ、きょうもげんきだよ」


 死んだ人をはずかしめ、人間をドウグのようにつかうことは、パパが一番怒ることだ。


「クロードのおてつだいをする!」


 イスカは弩をひきしぼり、今まさに外の戦場でクロードのおともだち? に向かって馬を走らせるひげ面の男めがけて、矢を射た。


「……なっ、なにいいっ!?」


 矢は男の右手ごと、第六位級神器ルーンソードを穿ち、氷漬けにして、粉々にした。

 衝撃で馬から転げ落ちた男を、クロードのおともだちが杖でポカポカと殴っている。

 どうやら、殺さないように気をつけているようだ。だから、イスカもそうすることにした。


「つぎは、あれっ」


 イスカは、装填が済んだ別の弩を再び構え、撃ち放つ。

 大きな拳と腕に似た、対ゴーレム用ロケット弾発射筒が矢に射抜かれ、氷におおわれて破砕する。

 右肩に怪我をしたクロードのおともだち? が、びっくりした目でイスカを見つめていた。

 こういう時は、許可を取るのだ。


「おてつだい、していい?」


 トウモロコシ色の髪の、そばかすが目立つ少年は、こくこくとうなづいた。


「ンっ、いくよっ」


 幸いここは高所で、矢も弩もたっぷりある。イスカはひたすらに狙い撃つ。


「よくわからんが、とにかくチャンスだっ。突撃ぃっ!」


 九死に一生を拾ったヨアヒムは、先頭に立ち、テロリストに囚われた人質を奪回すべく走り出した。


「青の狼煙をあげろ、怪我人はサポートに回るっ!」


 失血で気を失っていたアンセルが、治療魔法薬をがぶ呑みしながら、再び指揮を執り始めた。

 かくして、レーベンヒェルム領暫定役所を巡る戦況は、一変した――。

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