第159話(2-113)悪徳貴族と反乱鎮圧Ⅲ(城塞制圧戦)

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 晩樹の月(一二月)二六日。

 レーベンヒェルム領を席巻した”偽姫将軍の”反乱は、収束に向かっていた。

 蜂起した当初こそ騙された賛同者も多かったものの、辺境伯クローディアス・レーベンヒェルムの陣中には、本物のセイという生きた証拠がいたため、マクシミリアンたち反乱軍を支持する者はひとりまたひとりと消えていった。

 それは、西部戦線で地道な説得を続けたセイとアリス、役所を預かって奮闘したレア、クロードと共に各地の有力者の動揺を防いだソフィ、そして彼女たちに協力する無数の人々の活躍によるものだったが、マクシミリアンは受け入れることができなかった。


「真実なんてどうでもいいんだ。エリートが読む人民通報だってわれわれの大義を支持している。どうして愚民どもは、今があの悪徳貴族を討つ好機だってわからないのだ!」


 反乱軍指導者マクシミリアン・モーセッソンこと、元ユーツ領騎士団重鎮にして侯爵令嬢ローズマリー・ユーツの婚約者であった男、マクシミリアン・ローグは無人の司令室で吼えたけった。


「ユーツ領でもそうだった。凡骨どもは選良者たる俺を妬み、認めようとはしない……」


 マラヤディヴァ国を主導する十賢家の一員といえ、ユーツ侯爵家の領地は小さくて、政治的には日和見に徹さざるを得なかった。安定しているといえば聞こえはいいが、閉塞感や無力感が領にはびこっていた。

 だからこそ、マクシミリアンは故郷を緋色革命軍マラヤ・エカルラートに売り、ユーツ侯爵夫妻を自ら殺めて主家を滅ぼしたのだ。

 マクシミリアンは、同胞が心の中で喝采をあげたと信じていた。だが、騎士団の同僚たちは彼の英断を称えるどころか、裏切り者と白眼視した。

 彼には戦果が必要だった。目の曇った有象無象うぞうむぞうを黙らせる為の輝かしい戦果が。


「ベナクレー丘の戦いでは、アンドルーに邪魔された。この戦に負ければ、俺はただの裏切り者ではないか? 能無しどもに正義を見せつけるんだ。革新者たる俺の唯一無二の正しさを!」



 ――同日、早朝。

 クロードは反乱軍鎮圧のため、グロン城塞を包囲するキジー隊の陣地に入っていた。

 天幕の中で報告書の山と向き合っていると、公安情報副部長のヨハネ・イスマイールが訪ねてきた。


「辺境伯様。反乱軍の指導者ですが、ローズマリー侯爵令嬢からの通報通り、マクシミリアン・ローグで間違いありません。そして最後の、反乱軍の協力者が判明しました。……楽園使徒アパスルです」

「そう、だったのか」


 クロードは、言葉を失った。

 緋色革命軍は海に隔てられたマラヤ半島を根拠地としており、レーベンヒェルム領があるヴォルノー島に明確な橋頭保きょうとうほを持っていない。にも関わらず、これだけの大規模な工作活動を実行できたことが疑問だった。しかし、ついに謎は解けた。

 怪しいと言う予感はあった。だが、政略結婚を通じた婚姻同盟を持ちかけてきた相手が、まさか和平交渉中にここまでの直接的な攻撃を仕掛けてくるとは予想外だった。


「楽園使徒は、外国人を動員した無許可デモ隊を組織して我らがレーベンヒェルム領の分断を謀りました。また彼らは、先のボルガ湾とドーネ河の会戦で我が方の捕虜となり、あるいは戦死して生活が立ち行かなくなったルクレ領とソーン領兵士の子供たちを、職を斡旋あっせんするという名目で反乱軍に売り飛ばしたようです」

「アンドルー・チョーカー達による暗殺だけが別口だった。僕たちは撹乱されていたのか?」


 緋色革命軍と、ルクレ領、ソーン領は同盟を結んでいた。

 アンドルー・チョーカー、羊族サテュロスのミーナ、そしてミズキは二領の残党を率いてクロードと領役所を強襲したため、レーベンヒェルム領は今回の反乱劇の支援者も二領残党ではないかと疑って、捜査が迷走したのだ。


「恥を上塗りするようですが、ミズキの供述には一定の真実があります。辺境伯様、御身の安全のため、レア様の領主代行を一度解かれては?」


 ハサネの真摯しんしな、わが身の安全すら投げ捨てた忠言にクロードは生唾を飲んだ。


「ハサネ、忠告に感謝する。それを言ってくれる貴方がいることが、嬉しく誇らしい」


 裏切る者はいる。

 それは、歴史が証明している。

 裏切って友を殺めた者がいる。裏切って主に刃を向けた者がいる。裏切って天下をとったものさえいる。

 それほどの重大事でなかったとしても、ささいな悪意や行き違い、いじめや不和で人間関係は色を変えるだろう。

 クロードは思う。

 ひとりぼっちは楽だ。誰とも親しくならなければ、少なくとも裏切られる心配はない。

 だけど、それは、それこそは――。


「でも、それと彼女を信じるのをやめるのは別の話だ。聞いてくれ、ハサネ。昔、僕と部長、ニーダル・ゲレーゲンハイトは、異世界で同じ学校の演劇部に入っていた」

「この世界の冒険者パーティに似た、同好の士の集まり。むしろデモた、……ファンクラブですか?」

「おおまかには、そんな感じかな」


 クロードはハサネに話した。過去の、忘れ難い痛みの記憶を。

 彼が入部したしばらく後、男装という特異な服を好む先輩が部長に誘われて入ってきた。

 男装の先輩は内気ながらも次第に演劇部に溶け込んで、七人の部員は楽しい時間を過ごした。

 しかし、穏やかな時間は続かなかった。

 まるで青天の霹靂へきれきのように、巨大な嵐が襲ってきたからだ。


「男装先輩の母親は、ある新興宗教団体のけたはずれに熱心な信徒だった。最初はコーヒーに誘われる程度だったが、帰路に待ち伏せされたり家へ押しこまれたりといった強引な勧誘に変わるまで、それほど時間はかからなかった。彼女は、宗教団体の影響が強かった哲学史研究会の生徒まで勧誘に動員して、演劇部はめちゃくちゃになった。ポーカーフェイスを保っていたのはひとりだけで、ふさぎこむ部員やノイローゼみたいになる部員、まるで地獄絵図だった。見かねて、いや耐えきれなくなった僕は部長に直談判したんだ。――このままじゃ家族を巻き込んで全滅する。ちゃんと救いだすためにも、一度渦中の先輩を休部させて、立て直す時間を稼ぐべきだって」

「神の教え、宗教こそは人間という存在の希望であり救済であり、もっとも大きな争いの火種となりえます。ニーダル卿はなんと答えたのです?」

「それはできない。ここで一歩でも退いたが最後、あいつは壊れてしまう。俺がなんとかするから、もしもどうにもできなかった時は、すまないが次の部長はお前がやってくれ――ひどい丸投げだって絶望したよ」


 クロードはハサネから目を逸らすことなく、手のひらを固く握りしめた。あのころのことは、思い返すだけで背筋が凍る。


「でも、部長は本当になんとかした。団体の絡んだ話だから、学生だけでどうにかできたとも思えない。きっと信頼できる大人と相談して、伝手つてを辿って折り合いをつけたんだろう」


 それは、クロードにとって奇跡だった。会計先輩も、三年の先輩二人もさりげなく部長に手を貸していたことを知っている。その上で折れた自身の浅ましさを、クロードは心の底から呪い続ける。


「宗教団体は、信徒が信心のあまり過激な勧誘を行ったことを学校側に詫びた。哲学史研究会も一時活動を停止して、団体色を薄めた方向性で再起した。そして、男装先輩は泣きながら笑った。わたしはここにいていいんだって、泣いた。そうだ。僕は彼女を救うつもりで、とりかえしのつかないことをやらかそうとした」

「結果論です。貴方の話を聞く限り、ニーダル卿がやったことは博打に近い」

「だとしても、部長は部員を護った。最後までその意志を捨てなかった。僕はあの時、自分に言い訳して逃げようとしたんだ」


 クロードは耐えがたい自己嫌悪に顔を歪めた。


「部長に聞いたよ。なんでそんな風に出来たんですかって。――女の子の前だ。格好をつけたいじゃないか? だってさ」

「噂に聞くニーダル卿らしいことです」


 クロードは思い出す。

 ファヴニルに”なぜ戦ったのか?”と問われた時、彼はいったい何と答えただろう。太陽に背を向けたくなかったから。謂わば自己満足のためだと。

 もしも男装先輩を休部させたなら、クロードはお天道様に恥じないと胸を張って、己の決断に満足しただろうか? いいや、部長の推測通りに彼女は壊れ、きっと癒えない傷となっていつまでも痛んだろう。それは他の部員たちも同じだったはずだ。

 大切なものが増えた今のクロードにはわかる。失いたくないものがある。諦めるのではなく、戦うべき時がある。己が信念に拠って立つのなら、もしも失敗して膝を折ったとしても再び前を向いて歩きだすことができるのだ。


「ハサネ。僕はレアを信じる」

「まったく、辺境伯様のそういった危うさを結婚で変えたかったんですがね。ですがそんな貴方だからこそ、私もまたレア様を信じたい」

「悪いけど、政略結婚は破談だ。次の会議で正式決定した上で、アンセルとヨアヒムのセカンドプランに基づいて、ルクレ領とソーン領を解放し、エステル・ルクレとアネッテ・ソーンを救出する。その前にまずは目の前の敵を討とう」


 キジーが外からクロードの名前を呼んでいる。どうやら作戦の準備が整ったらしい。

 天幕から出てゆくクロードの背を追いながら、ハサネは声に出さずに呟いた。


「辺境伯様が容易く諦める程度の男なら、あのニーダル卿が後を託そうとするものですか。貴方もまた、演劇部とやらを保たせようと限界まで走ったのでしょう? 貴方が稼いだ時間が逆転へと繋がったのかもしれない。ですが、真相は生きて、御自身の目と耳で確かめてください。その為に全力を尽くしましょう」


 クロードが馬に乗ってグロン城塞に近づくと、造りかけだったものを補修したらしい二階部分のバルコニーから、マクシミリアン・モーセッソンこと、マクシミリアン・ローグが姿をあらわした。


「セイの名を騙った反乱軍に告げる。もはや決着は付いた。武器を捨てて投降しろ」

「悪徳貴族が何を言う。我らには、貴様にはない仁愛の心と正義に燃える魂がある。貴様の悪しき脅しには絶対に屈しない」

「仁愛の心と正義の魂があるのなら、なぜ罪のない町や村を焼いた? なぜ略奪を許した? なぜ西部方面の同志達を見捨てた?」

「黙れ! 貴様の詭弁につきあうつもりはない。邪竜の力で我らを阻もうとしても無駄だぞ。こちらにはファヴニルの力を無力化する備えがある」


 クロードは、マクシミリアンの返答に苦笑いした。

 会話を拒むのは、向こうも論理に無理があることを承知しているからだろう。偽りと知ってなお、誤りと知ってなお、悪意と嘘偽りで塗りつぶすのなら、もはや和解の余地はない。決着をつけるだけだ。

 証言の真贋は不明だが、ファヴニルの力を使う気なんて元よりない。


「そうか、最後にもう一度だけ確認する。お前たちは降伏はしない。城塞の防御は完璧なんだな?」

「もちろんだとも。悪徳貴族め。第二のオーニータウンをここから始めよう。貴様の愚かさを、兵士たちが流す血と重ねる屍であがなうがいい」

「わかった。全軍、迷彩を解除、水門を開け!」

「了解!」


 クロードの指示を受けて、グロン城塞を包囲していた領軍が魔法を解いて、戦場の真の姿を露わにした。高さ一○メルカ、全長およそ二○kmキロメルカの堤防で包み、東西を流れる川の水をせき止めて流し込み始めたのだ。


「この工事を七日でやれとか、どんなブラックですか。こんな無茶ぶり二度と聞きませんよ。部下たちにはボーナスを弾んでもらいますからね!」


 一仕事終えたとばかりに駆けつけて、高揚こうようのままにくってかかるキジーに、クロードは鷹揚おうように頷いた。


「わかった。明日から、僕の食事はご飯と梅干だけでいい……」

「違ェよ。アンタのご飯じゃ賄えないよ。ちゃんと予算使えよ!」


 戦場を前にいがみあうクロードとキジーを横目に、マクシミリアンはまるで死神にも魅入られたかのように青ざめていた。

 グロン城塞は、東西を川に挟まれた湿原という天然の要害に立っていた。

 泥地ゆえ攻めよせる歩兵や騎馬兵は進むにままならず、あぜ道に布陣した守り手は大砲や銃で十字砲火を浴びせかけることできる。それでも強行突破する兵がいたとしても、防塁に設置した毒の罠や酸の魔法道具で撃退できるよう準備していた。

 食糧は豊富に溜めこんでいて、水も井戸があるので長期に亘る籠城の心配もない。矢除け、火除けといった魔法防御対策も万全。レベッカより預かった御符によりファヴニルの攻撃さえ退けられる……はずだった。


「あ、あ、あああああああああっ!?」


 マクシミリアンの築いたすべてが濁流にのまれ、泥水の底へと消えて行った。


「悪徳貴族がっ。たたかえよ。たたかえよっ、俺の正義に負けろよ。こんな、こんなこと、ゆるされるわきゃないだろうっ!」

「見つけた。あいつだ。あいつをたおすんだ。うちにかえるんだっ!」

「ガキども、俺を、俺を裏切るのかああ!」


 クロードは、バルコニーで味方だったはずの少年兵に襲われるマクシミリアンを見ながら、閉門を命じて水を止めるよう取り計らった。

 グロン城塞は、堀も櫓も倉庫も何もかも沈んで、二階部分だけがわずかに残っていた。


「辺境伯様。まだ堤の高さには余裕があります。溺れさせちゃってもいいんじゃないですか? それだけのことを連中はやったんだ」

「無理やり連れてこられた子供たちまで巻き添えにできないよ。マクシミリアンには、今回の戦の責任を取ってもらう。いま死なれて反乱の責任が飛び火しても困るんだ」

「それが辺境伯様の望むけじめですか?」

「ああ。生贄いけにえには、人よりも城の方が相応ふさわしいだろう」


 復興暦一一一〇年/共和国歴一〇〇四年 晩樹の月(一二月)二六日正午過ぎ。

 グロン城塞の陥落をもって、『偽姫将軍の乱』は最後の戦闘が終結した。

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