第42話(第一部最終話)悪徳貴族

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 芽吹の月(一月)四日早朝。


「おはよう、皆。新年にふさわしい爽やかな朝だね!」


 年頭挨拶に臨むため、領都レーフォン暫定役所ざんていやくしょにある控え室を訪れたクロードだったが、扉を開けた瞬間部屋の空気が凍りついた。

 新年早々、円柱みたいに膨れ上がったスーツからクロードの顔だけが生えているという、珍妙な生物ナマモノがそこに居たからだ。


「「……」」


 レアは青髪に隠れた白皙はくせきの顔を能面のように凍りつかせ、ソフィは赤いおかっぱ髪の下で浮かべた柔らかな笑顔がひきつり、セイは薄墨色の長髪が流れる背中をぷるぷると震わせ、アリスは食べていたキャンディとクッキーを口からふきこぼした。

 エリック、ブリギッタ、アンセル、ヨアヒムも悪い意味で度肝を抜かれて、衝撃のあまり絶句していた。

 こうなってしまった理由は、なんとなく想像がつく。

 クロードは、走りこみや遺跡探索で若干筋肉がついてきものの、相変わらず細い身体を恰幅良く見せるために、コルセットと詰め物で誤魔化したのだろう。

 だが、いくらなんでも限度があるというか、――円柱これはないだろう。


「ふっ、僕のあふれ出る威厳カリスマに圧倒されたかな?」

「「間抜けな格好に呆れてるんだよっ!」」

「えーっ」


 幸い、暫定役所の控え室には「王様は裸だ!」とツッコミを入れる常識人が集まっていた。


「冗談じゃないっ。こんな間抜け面で挨拶させたら、末代までの恥だぞ」

「外には記者だって集まってる。レーベンヒェルム領の名誉に関わるよ」


 エリックがクロードを強引に椅子に座らせ、アンセルが手際よくロープで縛りつけ、ブリギッタとヨアヒムがありったけの衣装と化粧道具をかき集めてきた。


「と、とりあえず冠でも乗っけてみるかよ」


 エリックが、円柱の真ん中から生えたクロードの頭に金の冠を載せて――。


「お星様もつけるたぬ」


 アリスが、そのてっぺんに木彫りの星を飾りつけた。


「レースのリボンがあったよ」


 ブリギッタが、円柱をリボンで飾り付けて――。


「鈴も似合うたぬ」


 アリスが、チリンチリンと涼やかな音色を奏でる鈴をリボンにありったけ結びつけた。


「かつらを付け足してみます?」


 ヨアヒムが、付け毛を巻き上げるように糸で縛り付けて――。


「キャンディとクッキーでかざるたぬ♪」


 アリスが、盛った髪にお菓子をひっつけた。


((うわぁ))


 かくして出来上がったのは、見事なクリスマスツリー。

 エリック達は、どうしてこうなったと膝をついてうなだれ――。

 クロードは激怒した。必ず、このまんまるヌイグルミ虎のお尻をぺんぺんすると決意した。


「あぁりぃすぅううー」


 近くにあった鋏でロープを解いて、クロードは鬼の形相でアリスに踊りかかった。


「ど、どうして怒るたぬっ? 見事な出来栄えたぬっ」

「そんなわけあるかぁ」


 テーブルや椅子をひっくり返し、逃げ惑うアリスを円柱クロードが脅威的な粘りで追い詰める。なるほど、体力だけは間違いなくついてきたらしい。


「ビーフジャーキーみたいに、とっても美味しそうで、かぶりつきたいたぬっ」

「そんなほめ言葉があるかっ。斬奸刀ツッコミようハリセン一文字斬りぃ」

「そのハリセンどこからだしたぬ? たぬーッ!」


 ドッカンバッタン! すってんころりん土煙をあげてくんずほぐれつと暴れまわる主従に、エリック達はこれは駄目だと天を仰いだ。

 ソフィはうろたえながらも仲裁しようとして跳ね飛ばされ、セイは耐え切れなくなったかお腹を抱えて笑い出し、レアは問答無用で箒を振るって二人を転がした。


「ぎゃんっ」

「たぬっ」


 窓際まで転がって、十字に折り重なった格好で倒れたクロードとアリスを、レアが赤い瞳だけはみじろぎもしない薄い笑顔で見下ろした。


「領主様、こんなこともあろうかと、衣装はすでに仕立て直しています。一階の衣装室に、首都クランからスタイリストを呼んでいますので、指示に従ってください」

「レ、レア。……個性って、大事だと思うんだ」

「領主様? あまり手をわずらわせないでくださいね」

「は、はい。着替えます。いますぐ着替えます、ほらアリス、お前も来い」

「重い服は嫌たぬ。……か、可愛い服は大好きたぬよ、クロードも急ぐたぬっ」


 レアの剣幕に押され、クロードとアリスは先を争うようにして控え室を飛び出し、衣装室へ向かった。


「俺たちも、いつもの服で会場に向かうか」

「はぁい、エリック。一緒に衣装室に行きましょうか」


 撤収しようとしたエリックだが、ブリギッタにむんずと襟首を掴まれた。


「パパに格好悪いところ見せられないでしょう」

「せ、正装は息苦しくて嫌いなんだよ。アンセル、ヨアヒム、なんとか言ってくれよ」


 助けを求めて、友人二人に視線を向けたエリックだが、返ってきたのは冷え冷えとした絡みつくような眼差しだった。


「うーん。爆発すればいいんじゃないかな?」

「彼女持ちは余裕っスね。羨ましくて殺意が漏れちゃうなあ」

「お、憶えてろよっ。はくじょーものぉー」


 こうしてエリックはブリギッタに連れられて階下に向かい、少しの時間を置いてアンセルとヨアヒムも控え室を後にした。

 笑うだけ笑ったセイは、ようやく一息ついて乱れた着物を整えた。


「ああ、棟梁殿は、本当に面白いな。見ていて飽きない」

「笑い事じゃないよ。セイちゃん、でも、こんな楽しい日がずっと続くといいね」

「はい」


――

―――


 芽吹の月(一月)四日早朝。

 この日、クローディアス・レーベンヒェルムが暫定役所の二階中央バルコニーで行った年頭挨拶は、短いながらもマラヤディヴァ史に残る演説となった。

 

「マラヤディヴァ国レーベンヒェルム領、全領民に告げる!

 諸君、この大地は、ここで生まれ、ここで生きることを決め、ここで死に行く民のものである。

 しかし、悪しき存在が諸君の故郷を踏みにじり、諸君が血と汗を流して育てた果実を奪い、諸君が受け継いだ歴史を穢している。

 取り戻せ! 今生きている諸君の手で、祖先が紡いだ誇りを、愛するふるさとを。

 僕はここに宣言する。三年だ。三年で、レーベンヒェルムの地を復興し、悪しき病巣を取り除く。

 その為に、どうか諸君の力を僕に貸して欲しい」


「「クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯万歳!」」

「「万歳!!」」


 万歳の唱和は、階下に集まった役所職員だけでなく、集まった聴衆を伝って街中に雷鳴の如く轟いたという。

 憎むべきテロリストに、隣人を殺されたものがいた。家を焼かれたものがいた。少ない食料や衣類を奪われたものがいた。

 領都レーフォンに住むマラヤディヴァ人の誰もが、暴虐を行う赤い導家士どうけしに、怒りの炎を燃やしていた。

 喝采をあげる者、拳をかざす者、感極まって泣き出す者さえいたという。


「ちょっと、ソフィ姉、なんで泣いてるの」

「言えないよ。わたしは、どうすれば良かったのかな? わたしはクロードくんに……」


 辺境伯家の執事、ソフィは演説中に泣き崩れ、友人であるブリギッタ・カーンによって介抱されたと記録が残っている。 


「なるほど、棟梁殿。それが貴殿の選択か。我が友よ、本当に、たいくつしないなっ」


 後に、飛将軍と讃えられるセイは、演説に耳を傾けて会心の笑みを浮かべていたという。


「……めんどうくさい男たぬ。しょうがないから、たぬが守ってやるたぬ」


 アリスは、薄目をあけて舌で鼻を濡らし、寝息をたて始めたと参加者の一人が日記に記している。

 演説を聴いた誰もが、悪しき存在を、数多くの命を奪ったテロリスト集団”赤い導家士”だと認識していた。

 民衆が、辺境伯から邪竜ファヴニルへに対する、事実上の宣戦布告であったと知るには、三年の時間を必要とした。


―――

――


 そして、クローディアス・レーベンヒェルムではなく、クロードの本心を知る者は更に少なかった。

 レアは、腕を伸ばして、演説を終えたクロードの額に浮いた汗を手巾で拭き取った。


「領主様。貴方は御自身をも、討たれるつもりなのですね」


 バルコニーから、役所内に戻ったクロードが、レアの顔を見た。

 クロードの黒い目に映る、レアの赤い瞳から一筋の涙が頬を伝ってこぼれた。


「そうだよ、レア。

 クローディアス・レーベンヒェルムを演じる者。

 この地で生まれることも無く、この地で生きることを選ばず、この地で死ぬことを良しとしない。

 己が生きたいという欲望の為に、民草が祖先より受け継いだレーベンヒェルムの地を弄ぶ、もっとも許し難い邪悪。

 ファヴニルを討ち果たした後に、そんな輩を残してはおけないだろう?」


 ああ、と、レアは思い出す。

 襲撃者からレアを守ると、火かき棒を掴んで寝室を飛び出していった少年。

 ファヴニルに打ちのめされて、強くなると怯え泣いていた少年は、こんなにも強くなってしまった。

 決して邪竜の力に溺れることなく、人間としての勇気と誇りを胸中で燃やして。


「千の昼と夜を越えて、ファヴニルとの勝敗がどう決着しようとも、クローディアス・レーベンヒェルムは――死ぬ。それでいい」

「命を賭けて戦って、貴方はいったい何を得るのですか?」

「この命と、叶うなら、君たちの笑顔、かな」


 いつかのように、精一杯背伸びして、微笑むクロードの足は震えていた。


「本当に貴方様はすっとこどっこいですね」


 孤独に震える主の身体を、レアは正面から薄い胸で抱きしめる。


「貴方以外に誰がいました? 貴方だけが恐怖に屈することなく、蛮勇に陥ることもなく、ファヴニルと戦うことを決めて、ここまで生き延びた」


 そうだ。レアの仕える主は、特別な存在などではない。

 邪竜は玩具としてクロードを選び、しかし、クロードは邪竜と戦うことを自ら選んだのだから。

 レアは、かつてクロードにもらった桜貝の髪飾りに触れて、自らが決めた主の手を握り締めた。

 自分がここに、彼の隣にいると伝えるために。

 

「私は貴方のメイドです。たとえ世界を敵に回しても、たとえ領主でなくなっても、私は貴方に仕えます」

「僕はレアが仕えるに足る主君じゃない」

「当然です。勘違いしないでください。私が貴方に決めたんです」


 ずっとずっと見てきたのだ。

 領主館にファヴニルに連れられて来た日から、逃げずに抗い続けてきたクロードの背中を。

 ファヴニルが望み、レア自身が諦めて作り上げた停滞を、泣きながら吐きながら、それでも前を向いて打ち壊してきた尊い軌跡を。


「手厳しいな。でも、嬉しいよ」


 クロードはレアの背中に手を伸ばして、わずかに力をこめて強く抱きしめた。


「レア、一緒に来て欲しい」

「その言葉をお待ちしていました」


 まだ新年行事は終わっていない。

 暫定役所一階では、ヴァン神教の司祭が年明けを祝い、豊作を祈る儀式を行っている。

 クロードも、すぐに向かわなければならない。


「レアには、お見通しだったかあ」

「メイドですから。きっと、ソフィさん、セイさん、アリスちゃんも、気づいてますね」

「へ? ……皆、勘がいいんだな。僕は、そんなに表情に出ていたか?」


 レアは、首を横に振った。

 確かに、アリスは勘がいい。

 けれど、ソフィは人質として、セイは友人として、ずっとクロードを見ていたからだろう。


(ソフィさんの人質は最初から建前ですし、セイさんは友情と慕情の境界線があいまいな気がしますが。いいえ、やめましょう。隠しているのは、私も同じ。貴方の傍にいるために――)



 あるいは、と、クロードは思う。

 ファヴニルを討ち果たした後に、すべてを明らかにして、この地に根を降ろして生きるという選択もあるのかもしれない。

 だが、それはできない。自分は元の世界に戻ると決めた。

 昨年の、晩樹の月(一二月)一三日。ファヴニルとの停戦交渉の翌日、オクセンシュルナ議員と面会したクロードは、ニーダル・ゲレーゲンハイトから預かったという封筒を受け取った。

 ホテルで開封すると、中にはマラヤディヴァ国の文字ではなく、日本語で殴り書きされたメモが残されていた。


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 我が親愛なる後輩

 小鳥遊蔵人たかなしくろうど


 この手紙を読んでいるということは、きっと俺はお前のことを忘れてしまったのだろう。

 ひょっとしたら、お前もまた俺のことを憶えていないかもしれない。

 それでも、俺とお前は演劇部で、同じ時間を過ごした仲間で、友人だ。

 何も残せなくてすまない。どうか生き延びてくれ。


 演劇部部長 高城悠生たかしろゆうき


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 ただ、それだけだ。

 それだけで、クロードは、瀑布ばくふのような記憶の奔流ほんりゅうに飲み込まれ、自分の名前を、通っていた白樺しらかば高校のことを、地球もとのせかいの思い出を、取り戻して、涙を流した。


「なに勝手に友人扱いしてるんすか? こっちは憧れてるだけだったんだ」


 ファヴニルのことも、イスカのことも、書かれてはいなかった。

 なぜ記憶を失うと予想していたのか? レアが忌む呪詛レヴァティンとは何なのか?

 なにもわからない。……だが、そんなことは関係ない。


「もう、先輩達の背中を追いかけるのはやめだ」


 彼はくれた。

 三年という時間。大量の資金。そして、この命と記憶――。


「僕が連れて帰る。忘れられていようが呪われていようが関係ない。高城部長。だって、僕はアンタの後輩で、友達なんだから」


――

―――


 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 芽吹の月(一月)四日午後。

 冒険者ギルドを訪れたクロードは、ファヴニル打倒のために「第三位級契約神器レギンを捜索せよ! 発見した者には望みの褒美を与える」との布令を出した。

 加速するレーベンヒェルム領の復興と平行し、他領から多くの冒険者が集まったことで、領都レーフォンは「冒険者の町」として未曾有みぞうの繁栄を迎えることになった。

 エリック、ブリギッタ、アンセル、ヨアヒムも仕事の空いた日には、仲間を誘って古代遺跡ダンジョンに潜り、多くの財宝や魔術道具マジックアイテムを持ち帰った。

 遺跡探索には、クロードも自らパーティを率いて参加した。


 前衛は、アリスとセイ。

 中衛は、ソフィ。

 後衛は、レアとクロード。


 クロードは前衛を要望したものの、「じゃあ、尋常に勝負して決めようか」と、古代遺跡の前で全員にフルボッコにされて諦めた。

 彼女達とクロードには、これまで積み上げてきた戦闘経験に絶対的な差があるため、ファヴニルの力を使わずに勝てるはずもなかったのだが、男の子には意地があるのだ。ただし、意地が報われるかどうかは別問題である。


「こ、こんなはずでは……」


 まだ潜ってもいないのに、満身創痍まんしんそういで芋虫のようによたよたと這いながら、クロードは遺跡の入り口に向かった。

 視線が低くなっていたからだろうか。誰にも見向きもされていない、古ぼけた碑石が目に入ったのは――。

 そこには、マラヤディヴァ語で、このように記されていた。


 我を過ぐれば憂ひの都あり、我を過ぐれば永遠の苦しみあり、我を過ぐれば滅びの民あり

 正義は尊きわが造り主を動かし、聖なる御力と比類なき知恵と至高の愛が、我を造れり

 永劫の存在のほか、我よりさきに造られしはなく、しかして我は永遠に立つ

 汝等、この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ!


「これは、地獄の門の銘文じゃないか」


 クロード以外にも、アリスのように、セイのように、この世界に招かれた者が過去にいたのかもしれない。

 他世界からの異邦人にとって、ここはまさに地獄だったのだろう。だから、石に刻んでこんな碑文を残した。


(草さえ生えぬほどに干乾びた農地、租借地として奪われた港、食糧も流通も他国に制圧され、閉ざされた陸の孤島、賊徒やテロリストが我が物顔に歩き回り、悪魔が喝采をあげる)


 それを、地獄と呼ばずに何と言う?


「レア」

「どうしました、領主様?」


 青い髪と赤い瞳の侍女が、心配そうに振り返る。


「ソフィ」

「なぁに、クロードくん?」


 赤いおかっぱ髪の豊かな胸が目立つ執事が、柔らかな笑みを浮かべて見つめている。


「アリス」

「たぬ?」


 もさもさした黄金色の毛並み持つ狸のぬいぐるみじみた虎が、丸まって遊んでいる。


「セイ」

「なんだ、我が友。あの程度で疲れたのか?」


 白銀に映える薄墨色の長い髪を結わえ、紺の着物を着た友人が、からからと笑う。


 否――。ここは地獄などではない。僕が生きる世界だ。


「希望は捨てない。みんな、ファヴニルを打ち倒すために、行こう!」






 ――三年後。某月某日。


「決心はついたかい?」


 潮風の通る磯辺で、幼い少年が微笑んでいた。

 華奢きゃしゃな輪郭はまるで乙女か妖精のようで、羽織られた金銀の糸で織られたシャツは羽衣のように舞い、岩に乗せた裸足に打ち寄せる波の音と飛沫が、ひどく幻想的で魅惑的だった。

 けれど、と、浜を訪れたもう一人の青年は思う。――彼は宿敵だ。あまりに多くの命を奪い過ぎた。あまりに多くの魂を踏みにじりすぎた。だから、討つ。この手で。それが約束だから。

 愛くるしいキューピッドのような顔で、天使に似せた悪魔の瞳を緋色に光らせて、幼い少年は待ち焦がれたかのように、青年に手を差し伸べた。


「さあ、始めようか、クローディアス」

「ああ、始めようぜ、ファヴニル」


「「僕/ボクたちの終わりを」」



 第一部 了

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