第195話(2-148)悪徳貴族と救出作戦始末

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 クロードは、エステル・ルクレとアネッテ・ソーンを燃える魔術塔から救出し、飛行自転車で空の彼方へと消えていった。

 姫君たちが脱出した”野ちしゃ”は、炎の柱となって煌々と燃え盛り、昇り始めた太陽ととともに山間を照らしている。

 ミズキは、レジスタンスの仲間たちと共にゴーレムを沈黙させ、三人の無事を確認して安堵の息を吐いた。

 彼女は念のため、共和国軍に向かって問いかける。


「他に逃げ遅れた人はいないのっ?」


 大鎌を担ぎ、ピエロのように派手な服装を着た共和国軍人、ライナーは書類鞄をたけり狂う焔の中に放り込みながら答えた。


「塔にひとはいないぜ。戦場になるのはわかっていたからな。民間人は先に脱出させてある」

「良かった。で、ライナー、アンタは何をやっているのさ」

「おう? 今から撤収するからな。残したらヤバい書類を火にくべてるんだ」

「そうかい。軍も大変さね」

「わかってくれるか……」


 と、ミズキは止めるそぶりさえ見せず、刃を交わしたライナーに向けて共感の言葉を口にした。

 アンドルー・チョーカーは、作戦成功の感涙にむせぶミーナの背を撫でさすっていたのだが、これには思わず抗議の声を上げて駆け寄った。


「待て待て待てぇい!」

「うるさいなあ、チョーカー隊長。戦いはもう終わったんだから静かにしなよ」


 そうだそうだ。と部下たちまでがミズキに同調し、チョーカーは面食らった。


「え、悪いのは小生?」

「レジスタンスの指揮官と御見受けする。私はオズバルト・ダールマン。辺境伯殿とは、先ほど停戦と撤退を約束した。認めてはもらえないかな?」

「あ、ああ。約束はもちろん守るとも……」


 チョーカーは機密書類を焚くライナーの側で、共和国兵たちに支えられたオズバルトを見て絶句した。

 彼の目は落ちくぼみ、頬はこけて、筋肉がごっそりと削げ落ちていた。


「オズバルト殿。その、身体は」


 チョーカーも、停戦を呼びかけたクロードとオズバルトの間で交わされた言葉のすべてを聞き取ったわけではない。

 だが、オズバルトがなにかしらの病を魔術で無理やり抑え込んでいたこと。クロードとほぼ相討ちの形で戦闘不能になったこと。それにも関わらずゴーレムとの戦闘を続行した……という、おおまかな事情はわかっていた。

 その代償に生命力を使い果たしたのだろうか。この身体では、おそらくもう二度と戦場に立つことはない。


「なぜだ? 共和国人である貴方が、なぜそこまでして姫君たちを救ってくれたのだ?」

「なに、身内の恥を雪いだだけだ。共和国の面子もこれで守られた。辺境伯殿に伝えてくれ。教主はきっと、アルフォンス・ラインマイヤーを許すまい、と」


 ”楽園使徒アパスル”は、二人の侯爵令嬢、エステル・ルクレとアネッテ・ソーンを、レーベンヒェルム領には婚姻同盟の餌として、西部連邦人民共和国には侵略のための大義名分として、双方に売りつけようと画策していた。

 それにも拘わらず、裏では、エステル・ルクレに支配のための焼き印を押していたのである。

 代表であるアルフォンス達に自覚はないだろうが、双方に喧嘩を売ったも同然だった。


「わかった。あの馬鹿にはちゃんと言っておく」

「良い戦いだった。生きるということは、だからこそ素晴らしい。ふむ、”ズィルバー”……お前は何をしている?」


 巨大な銀色の魔犬は、なぜか日に焼けた肌の少女アリスを抱きしめるようにして、両軍から少し離れた木陰に丸まっていた。


「バウッ」

「た、たぬぅ」

「あ、ああっ。アリスちゃん、ひょっとして?」


 レアは、レジスタンスと共和国兵、双方の治療に走りまわっていたのだが、不意に思い出したように口元を抑えた。

 アリスは先ほどのゴーレムとの戦いにおいて、虎から人間に戻ってキックを放っている。つまり、真っ裸なのではないか?


「今すぐそっちに行きます。服を作りますから」

「た、たぬぅ。やっちゃったぬ」

「ワウ? ウウウ、バウッ!」


 慌ててレアが駆けだしたとき、巨大な魔犬は小首を傾げつつ一声吠えた。

 その声が鋳造――を意味していたことを、光に包まれた虎耳の少女だけが理解できた。

 ズィルバーが鼻先で押しだすと、そこには真っ赤なイブニングドレスを着たアリスが立っていた。


「かわいいたぬ。ドレスたぬ。銀ちゃん、ありがとうたぬ!」

「良かったですね。アリスちゃん、あ、暴れちゃダメっ」


 さすがに今は朝です、と指摘するほど侍女も無粋ではなかったのだが、感激したアリスは恩人へ向かって喜び勇んで抱きついて、思いっきり裾を破ってしまった。


「たぁぬううううっ!?」

「バウウウ!?」

「ちゅ、鋳造――」


 そんな姦しい三人を見ながら、チョーカーはぽかんと口を開け、ミーナは怒りながら駆けだした。

 そして、オズバルトは愛おしそうに、自らが盟約を結んだ契約神器が騒ぐ光景を見つめた。


「そうか。あの娘も見つけたのか。私の最後の心残りも、今晴れた」

「御頭……」

「ライナー、なんて顔だ。大丈夫だ。私は生きる。生きて、生きて、全うするのだ。この命が灰になるまで」


 オズバルト、ライナー、”ズィルバー”ら共和国軍は、燃え落ちた魔術塔を引き払い、港に停泊中の共和国の商船へと撤退した。

 チョーカーやミズキたちレジスタンス一行も、楽園使徒への陽動をかけていたロビンたち別働隊と合流して、港湾都市ヴィータへと移動した。


 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)三〇日の未明から早朝にかけて実施された侯爵令嬢救出作戦は、地形上極めて困難な条件を克服して見事達成された。

 レジスタンス特務部隊と、防備を担った共和国”傭兵団”の衝突により、多数の負傷者が出たものの、この戦いで戦死者が一人も出なかったことは特筆に値するだろう。

 西部連邦人民共和国は、ガートランド王国の海域へ侵入する不審船や飛行ゴーレム、あるいはイシディア法王国などの国境を侵す不審部隊などがそう扱われるように、断固として共和国軍の関与を認めなかった。

 オズバルト一党は、共和国軍を退役した元軍人の傭兵が指揮する私設傭兵団というのが、共和国の公式見解である。

 とはいえ、この日を契機に共和国は表向き、マラヤディヴァ内戦への介入を一切中止した。

 楽園使徒は、道具として組織され道具として切り捨てられたものの、構成員たちが共和国に見捨てられたことを知ったのは、もはや取り返しがつかなくなってからだった。

 アンドルー・チョーカーは、”昇葉作戦”とアルブ島解放作戦で見せた鮮やかな指揮ぶりと、”緋色革命軍マラヤ・エカルラート”からの転身という別の意味で鮮やかな前歴から『マラヤディヴァで最も非常識な男』と呼ばれ、――賞賛と畏怖を浴びた。

 当人にとってこの呼び名は、はなはだ不本意なものであったらしく、「クローディアス・レーベンヒェルムの方が非常識だろう!」と幾度となく訂正している。

 クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯は、この時期私邸で療養しており、救出作戦に参加したなどという事実は、当然のことながら無い。

 しかしながら、ルクレ領とソーン領が共同で編纂した歴史書に収録された作戦資料には、アンドルー・チョーカーに同行したレーベンヒェルム領の援軍として、侍女レア、守護虎アリスと共に、侍従クロード・コトリアソビの名前が残されており、後世の歴史家たちの論争を紛糾させることになった。


 時は戻って、作戦成功から数時間後の、三〇日午前。

 公式には療養中のクロードは、飛行自転車の後部座席にエステルとアネッテを乗せて、自らの館へとテレポートしてきた。

 あらかじめ連絡を受けて待っていたソフィとセイが、三人を玄関口で出迎える。


「ただいま。ソフィ、セイ」

「クロードくん、御帰りなさい。だ、大丈夫? 火傷が……」

「僕のことはいい。ソフィは二人を魔術研究所へ連れて行ってくれ。エステルちゃんは、焼き印に呪われている」

「わかったっ」


 ソフィとセイは、緊張が途切れたせいか気を失ったエステルと、彼女を抱きしめながら気絶したアネッテを後部座席から降ろした。


「こんな幼い子に無体なことをする」

「セイ。ブリギッタとハサネは?」

「和平交渉会場のブーネイ国だ。作戦準備はすべて完了済みだ」

「それは朗報。楽園使徒め、引導を渡してやる!」


 明けて、芽吹の月(一月)三一日。

 マラヤディヴァ国ヴォルノー島の趨勢を決める日がやってくる。

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