第173話(2-126)契魔研究所の新兵器開発(後編)
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新兵器の飛行可能時間はわずか五分――返答を聞いたセイは、倒れた兵士の口に水を含ませながら、思わずハリセンでソフィとヨアヒムを殴り倒したい衝動に駆られた。
「開発部には継戦能力という発想はないのか? それで量産にはいくらかかるんだ?」
「ええっと、このくらいです」
ソフィが示した金額は、セイの目の玉が飛び出るようなものだった。
「めちゃくちゃ上がってるだろ。自転車だけとは天と地の差じゃないか!?」
「だって本格的な飛行ゴーレムを購入するとなったら、一○機で軍艦一隻分ものお金がかかるんだよ。うちの技術じゃどうしても無理なところは出てくるよ。うう、自信作だったんだけど、駄目かなあ」
「空を飛ぶだけなら箒に乗った魔術師で十分だろう。偵察だけなら遠見の魔術がある。こんなもの――」
何に使うんだ? と怒鳴りかけて、セイは思わず言葉を飲み込んだ。
なぜなら、彼女もまた、夜空を自転車でクロードと散歩するというイメージに憧れてしまったからだ。
「そうか、単純戦闘に視野を狭めるからいけない。術者がいなくても場所を選ばず飛行できるのは無二の利点だ。陸を走ることだって出来る以上、輸送や通信と活躍の場は広いだろう。局地戦に限定すれば、利用法なんていくらでも……」
そんな風に考えを改めると、セイは木陰まで若い兵士を運んでやり、ヨアヒムの持っていた計画書に決裁のサインをすらすらと書いた。
「アンセル。飛行能力のない通常の自転車も至急数を揃えてくれ。ルクレ領、ソーン領の解放作戦に間に合うかはギリギリだろうが、緋色革命軍との決戦で間違いなく入り用になるはずだ」
「わかりました」
「ヨアヒムは、飛行自転車の試作品を棟梁殿に送ってくれ。体力自慢のアリス殿なら五分どころか一時間だって使えるだろう。セイ殿、構わないか?」
「もちろんだよ」
そうして、アンセルとヨアヒムは一礼して訓練場を去り、若い兵士もまた何度も感謝を告げながら恐縮して持ち場に戻った。
あとには、昼食をとっていたベンチに戻ったソフィとセイだけが残された。
「ソフィ殿。無理をしていないか? 本当は空飛ぶ自転車を作りたかっただけなんだろう。それを、ヨアヒムあたりが軍事的な拡張性に気づいて兵器に仕立て上げたんじゃないか?」
「でも、クロードくんの力になって、レーベンヒェルム領の皆を守れるならいいんだよ」
穏やかに微笑むソフィの横顔が、セイにはひどく悲しそうに映った。
「ソフィ殿は無欲過ぎだ。棟梁殿について行くのも、本当は自分が行きたかっただろうに」
「最近のレアちゃんってさ、以前みたいな無敵の侍女って雰囲気じゃなくなったでしょ。きっと恋を自覚しちゃったんだと思う。だから放ってなんておけないよ」
ソフィの言葉に、一瞬セイの動きが止まった。
「待ってくれ。ソフィ殿、その”コイ”というのは、池の魚とか、濃淡の意味ではなく、か?」
「その発想は無理があるよ。セイちゃん」
そっちの発想も充分とっぴだという叫びを、セイは無理やり胸の内側に押し留めた。
「レア殿の雰囲気が違うのは気づいていたが、まさか今の今まで自覚していなかったのか? あれだけ独占欲丸出しだったのに」
「セイちゃんも言ってたじゃない。レアちゃんは、忠義と愛情を意図的に混同して、納得している気配があるって。本人はあくまで敬愛の延長のつもりだったんじゃない? その
「……ということは、晴れて新たな好敵手の入場か」
「めでたいね」
「めでたくないっ」
セイは、ソフィの隣で自身の瞳を右手で覆った。
「ソフィ殿。今だから言うが、私は皆がほんの少し妥協して、祝福されて終わる結末なら納得したかも知れないんだ。わかっているのか、貴女がひっぱって行く先は、終わりのない火が点いた火薬庫だ。ああ。この世界の
「強引な解釈だね。最初にわたしの世話を焼いちゃったのはセイちゃんの癖に」
ソフィは、セイの右手をそっと取って、瞳を覗きこんだ。黒と葡萄色の瞳が互いの顔を映し出す。
「きっとわたしは皆の中でいちばん傲慢で強欲なんだよ」
「ソフィ殿が無欲と言うのは、間違いだったよ。とんだごうつくばりだ」
「そ、そこは否定しないんだセイちゃん」
二人は互いに肩をすくめながらベンチに座りなおした。休憩時間はもうすぐ終わりだ。
彼女たちが見上げる視線の先には凍てついた灰色の吹雪でもなく、黒々とした閉ざされた部屋の闇でもなく、南国の青空が広がっていた。
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