第174話(2-127)悪徳貴族の敵地潜入

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)一一日。

 アンドルー・チョーカーが先導する、クロード、レア、アリス ミズキ、ミーナの一行は、冒険者パーティに扮して、ヴォルノー島北東に位置する港湾都市ヴィータへと潜入した。

 ルクレ領とソーン領を結び、かつて緋色革命軍司令ゴルト・トイフェル、マグヌス・ソーン侯爵、トビアス・ルクレ侯爵の三者が巡洋艦船上にて同盟を結んだこの街には、楽園使徒アパスルに対抗するレジスタンスの支部があるという。

 

「小生たちがレーフォンを立ってから、陸路と海路を利用して四日。旅路はまさに順風満帆。作戦の成功はもはや約束されたも同然といえよう」


 アンドルー・チョーカーは、鉄片を重ねた薄片鎧ラメラーアーマーを着て、濃緑色のマントを羽織り、幌馬車の客車でくつろぎながらも、閑散とした街を鋭い視線で見渡していた。


「そのために一芝居打ったんだ。順調でなければ困る。でなきゃ、未来の僕が浮かばれない」


 御者席で手綱を握るクロードは、皮鎧の上に真っ赤なローブをまとい、頭巾フードを目深にかぶっている。一見悪目立ちしそうな格好だが、冒険者や傭兵は派手な服装を好むため、意外なほど雰囲気に溶け込んでいた。


「あれはクロードの自業自得たぬ」

「ちゃんと説明すれば、エリックさんたちもきっとわかってくれます」


 アリスは、たぬきににも虎にも見えるぬいぐるみじみた格好のまま、レアの膝の上で丸くなっていた。

 アリスの背中を撫でるレアは、屋敷にいる時よりも地味なエプロンドレスに着替えている。各地の遺跡を巡って長い旅をするからか、あるいは良家の子息の気まぐれ対策か、冒険者ギルドの公認職にはメイドとバトラーが存在するため、これはこれで冒険者として問題ない服装といえた。


「ミズキさん、いったいどう意味ですの?」


 羊族サテュロスのミーナは、丸まった角ととんがった耳をふわふわの髪の中に隠し、手足から生えた羊毛をひっこめていた。どうやっているたぬ? とアリスが尋ねたところ、根性で隠しますという斜め上の返答が返ってきたため、クロードはツッコミを放棄した。


「ミーナちゃん、それはね……」


 ミーナの質問に懇切丁寧こんせつていねいに答えているミズキは、無地のズボン付き作務衣さむえに似た服装に身を包んでいる。一見特徴がなさそうな衣装だが、実は頭巾と口あてをつけたら忍者コスプレの一丁上がりというカブキぶりだった。

 特に耐久性も考慮していないらしく、クロードがなんでもいいから防具をつけろと拝み倒したところ、ミズキはいったいどこで手に入れたのか、実用性皆無のビキニアーマーを持ち出してきた。

 クロードが説得を諦めて、作務衣で妥協したのも無理はないだろう。引き換えに、いったいどういう教育をしているのかと、彼が部長ニーダルを殴りとばす決意を固めたのはいうまでもない。

 ミズキ本人は、単にクロードをからかっているだけなので、ニーダルからすれば冤罪もいいところなのだが、当人たちは知る由もなかった。


「クロードよ。お前の悪知恵のおかげで、部下たちの活動にも支障がないようだ。葬式の際は是非呼んでくれ。小生も道端みちばたの小石くらいは供えてやろう」

「せめて花を供えてくれ」


 芽吹の月(一月)七日午前のレーフォンにおける領警察の一大捜査は、共和国資本のマスメディア人民通報の報道もあって、行方をくらませたクロードではなく、”脱獄したチョーカー隊の捜索”として周知されていた。

 もしも領主暗殺に失敗し、レーベンヒェルム領で収監中のチョーカー隊メンバーが何事もなくルクレ領やソーン領を出歩いていれば、楽園使徒から不審がられ警戒されることだろう。

 しかし、仮にチョーカー隊が拘束を振り切って脱走したのであれば、隊員たちが楽園使徒の勢力下で発見されても、逃亡中と見なされて危険視されないのではないか? というのが、クロードと公安情報部が立てた目論みだった。

 これは、楽園使徒が表向きレーベンヒェルム領との和平と婚姻同盟を模索しつつも、裏では緋色革命軍マラヤ・エカルラートと取り引きして利益と便宜を図る、コウモリじみた立ち位置であったことが大きい。

 アンドルー・チョーカーは、楽園使徒に対抗する二領旧政権の支持者たちに担がれた暗殺部隊の隊長でありながら、同時に緋色革命軍に所属するれっきとした正指揮官でもあったからだ。

 クロードは、侯爵令嬢救出作戦において、からみあった複数の勢力の間隙を突くためにチョーカー隊をスカウトし、自らも同行を決めた。

 とはいえ、作戦を前提とした騒動であっても、一切の事前連絡なしに振り回された領警察にとってはたまったものではなかった。

 結果、激怒した警察職員数百名が、「あとで一発殴らせろ」という署名付きの手紙を送りつけて、クロードの胃壁に重大なダメージを与えていた。


「そういうわけで、あらかじめ死亡フラグを立てたクロードにはもう怖いものなどなかろうが、作戦はここからが要だ。一層の慎重さが求められる以上、勝手な行動はとるなよ」

「チョーカー隊長こそ、いきあたりばったりで動くなよ」

「いきあたりばったりなどではない。何度も繰り返すようだが、小生は高度の柔軟性をだな」


 その時、路地の裏側で、絹を引き裂くような女の子の悲鳴が聞こえた。

 クロードは慌てて通りの端に馬車を停止させると、爆ぜるように悲鳴の元へと向かって飛び出した。


「アリス、馬車は頼んだよっ」

「たぬっ、お留守番たぬ!?」


 アリスが、つまらないとばかりに抗議の声をあげる。

 クロードが振り返れば、チョーカーも同様に幌馬車を飛び出して、ミーナも後に続いていた。先行したのか、ミズキの姿はすでに客車から消えている。そして、レアは特に走っている様子もないのに、三歩遅れてクロードの後についてきていた。侍女の嗜みらしいが、彼は深く考えないことにする。


「おいおいガキども、その気に食わない目つき、さては貴様ら反逆者だな」

「おれたちは、共生社会をつくるための公正治安維持組織、懲罰天使アンゲルだ。そうと知っての態度なら、こいつは許せんよなあ」

「三流民族め。高貴なる我らがいかに尊いか、その身体に躾けてやろう」


 路地裏では、顔や腕に下品な入れ墨を彫った一○人近い中年男性一団が、道行く人々を武器で威嚇いかくしつつ、ひとりの少年を鈍器で遮二無二に殴りつけ、ひとりの少女の衣服を引き裂きながら物陰へと引きずりこもうとしていた。

 レアがはたきを投げて周囲一帯の音響を遮断し、ミズキは路傍の石を投げて弩を持ったチンピラを無力化。ミーナがワインを霧状に散布して、チョーカーがルーンホイッスルを吹き鳴らして仲間たちの速力と反応速度を底上げする。

 そしてクロードは、リーダー格らしいヒッピーめいた男の魔手から、半裸の少女を奪い去っていた。


「貴様あ。我を誰だと思っている。腐敗した国家を転覆し、一大正義の旗を人民の中心に立てるべく不屈の闘争を……」


 チンピラリーダーの口上は、長すぎる上にたいした意味がなかった。

 クロードは右手で少女を背に庇いつつ、左手に掴んだ馬車鞭を火車切へと変化させる。

 チンピラリーダーはどうやら盟約者であったらしく、第六位級契約神器らしい燐光をまとった大剣を呼び出して力任せに振り上げた。

 だが、クロードはまるで恐れてはいない。彼の背後には、彼が信じる少女が、レアがいるのだから。


「おまかせを」

「たのんだ」


 レアがはたきで腕を突いて、チンピラリーダーの剣筋をわずかに逸らせる。

 クロードは予知していたように、否、信じたとおりに最小の動きで切りおろしを避けて、たたらを踏んだチンピラリーダーの大剣に火車切で切りこんだ。

 炎が刀身に燃えうつり、いくつかの魔術文字を刻みこむ。――直後、大剣は爆発四散した。

 クロードがミズキから聞き出した部長ニーダルの技を、彼なりに模倣、再現した魔術だ。威力こそオリジナルに大きく劣るものの、あちらは文字通りの”必殺技”だ。控えめな威力の方が小回りが利いて便利だと彼は考えていた。


「う、嘘だ。こんなのは悪夢だ。ありえない……」


 ぶつくさ言いながらなおも少女に向けて未練がましく手を伸ばすチンピラリーダーを、チョーカーが剣の柄を使って昏倒させた。

 そのチョーカーに向かって鈍器で殴りかかろうとした三人のチンピラを、クロードが足先で刻んだ魔術で、レアが箒で足を払って、ミーナが縦笛で殴りつけて、それぞれ無力化する。


「色惚け隊長。あと半分だ。やれるな」

「小生を誰だと思っている。この悪党が」

「二人ともなーんか仲が良くて複雑です。レアさん、手伝ってください」

「はい」


 軽口を叩きながらも、クロードとチョーカーの混成チームは抜群のコンビネーションを発揮して、懲罰天使を自称するチンピラ集団をわずかな時間で全員拘束した。

 

「アンタたちと一緒だとまるで退屈しないね。こんなに楽しい旅は初めてだよ」


 ミズキが、隠れていたのかあるいは仲間を見捨てて逃げようとしたのか、新たに四人のチンピラを捕まえてきて、彼らを薪でも重ねるようにポイポイと並べた。


「さあ、ぜーんぶ忘れちゃうです」


 ミーナが皮袋からワインを無理やりチンピラたちの口に注ぎ込む。あとはチョーカーが酒精にルーンホイッスルの力を重ねて、記憶封印の催眠魔術をかければ処置終了だ。

 身体能力向上から精神状態変調まで、チョーカーとミーナのコンビは絶大なサポート能力を発揮していた。この上、破壊工作や各種隠蔽に長けたミズキが加わっていたのだから、彼ら暗殺部隊にレーベンヒェルム領の公安や警察が翻弄されたのも無理はないと、クロードは心強く思う。


「どうか動かないで。今から治療します」


 レアが重傷を負った少年に治癒魔法をかけ始めた。

 少年は歯を食いしばって痛みに耐えながら、クロードをじっと見つめていた。


「凄いぞ。今の連中、盟約者を一瞬でのしちまった」

「あの赤い服装、まさか、ひょっとしてひょっとするのか」

「この服をあの子に着せてやっておくれ。もしかしてアンタたちは、ううん。なんでもないよ」


 路地裏の人々は、ある者は遠巻きに見守り、ある者は足早に立ち去り、ある者は協力しながら、クロードを横目で見ながら、ひそひそと呟いていた。

 そうだ。ソーン領の人々は赤い服を見て、ひとりの男を連想している。かつてマグヌス・バンディッド一味と邪竜ファヴニルの凶爪から、侯爵令嬢アネッテ・ソーンを救いだした男。クロードの先輩であり、この世界では冒険者ニーダル・ゲレーゲンハイトを名乗る男のことを。

 むろん、本物のニーダルはここにはおらず、西部連邦人民共和国のネメオルヒス地方で戦闘中のはずだ。

 共和国政府パラディース教団は、大陸平和運動祭や文化博覧会を控え、国内の抗議運動への見せしめとしてネメオルヒス地方で、海外の報道機関に虐殺と伝えられるほどの苛烈な弾圧を行っていた。

 共和国はネメオルヒス地方へ複数の高位神器と盟約者を送りこみ、ニーダルはどうやら救出に向かったようなのだが、彼の動向はそこでぷっつりと途絶えている。

 だからこそ、クロードは自身をニーダルに誤認させようと決めた。殺しても死にそうにない先輩ではあるが、万が一負傷していた場合などに共和国の目を分散させることは、決して無意味でないはずだからだ。

 そして、楽園使徒の警戒をニーダル・ゲレーゲンハイトに向けさせることは、救出作戦にとっても強力な迷彩効果を発揮していた。


「お嬢さん、この服をどうぞ。あの御婦人からの贈り物だ。っておや」

「チョーカーさん、無事で良かった。私ですっ」

 

 チョーカーが助け出した少女と何やら問答を始めたが、クロードはそれどころではなかった。

 レアの治療で動けるようになるや否や、少年が這いずるようにしてクロードのもとへと近づいてきたからである。


「あなたは、クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯ですね。助けていただきありがとうございました。ぼくはロビンと言います。オクセンシュルナ議員の秘書をつとめていたリヌス・ソーンの弟です。どうして貴方がここに?」

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