第175話(2-128)悪徳貴族とレジスタンス

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)一一日午後。

 クロードたち一行は、目的地である魔道工場へと到着した。

 幌馬車にのって安全が確保されたことで興奮がおさまったのか、懲罰天使アンゲルを名乗る暴漢に襲われた少女ドリスは震えながら泣きはじめ、少年ロビンはレアたちと共に必死で彼女をなだめていた。

 クロードはまず二人を親元に連れてゆくべきだと主張したのだが、チョーカーは首を横に振った。


「だから連れてきたのだ。小生たちが今から会うのは、ルクレ領、ソーン領にまたがる最大規模のレジスタンス組織を指揮する指導者、アマンダ・ヴェンナシュ。彼女は、その娘ドリス・ヴェンナシュの御母堂で、ロビン少年の身元引受人でもある」

「この子、ひょっとしてアーロン爺さんの御家族か。なんで今まで言わなかった?」

「余計な先入観をもたせたくなかったからだ。あとお前を信用していなかった」

「こいつっ」

「やる気か?」


 クロードとチョーカーは幌馬車を降りるなり、角つきあわせて仲よく喧嘩を始めようとした。

 しかし、レアとアリスがクロードの耳たぶをつねり、ミーナがチョーカーの足を踏みつけたため、二人は悲鳴をかみ殺して沈黙した。

 騒ぎを聞きつけたのか工場のゲートがあいて、職員たちが集まってくる。

 そうして、クロードたちは、ドリス、ロビンと別れて近所にある冒険者向け酒屋の地下座敷へと通された。

 どれだけの時間が経っただろうか、恰幅の良い中年女性がロビンを連れてやってきた。


「チョーカー隊長、よく戻ってきてくれた。すでに脱走の連絡は届いていたけど、こうして顔を見て安心したよ。それに戻ってくるなり娘と息子を窮地から救ってくれたそうじゃないか。ありがとう、感謝するよ」

「アマンダ殿も健勝そうで何よりだ。小生たちは当たり前のことをしただけだ。礼には及ばん。今日、貴女を訪ねてきたのには理由があるんだ」


 ミーナを除くクロード一行は、なにをいけしゃあしゃあと、と言わんばかりの生温かい視線を送ったが、チョーカーは動じることはなかった。、


「ああ、最後まで言わなくてもいい。暗殺に失敗したことなんて、アンタたちが無事だった喜びに比べれば些細なことさ。それに、心強い援軍を連れてきてくれたじゃないか。彼があのニーダル・ゲレーゲンハイトなんだろう?」


 黒い髪を短く刈って年季の入った作業用の衣服に身を通した女性、アマンダはそう言って朗らかな笑みを浮かべた。


「かあさん。話を聞いて、そうじゃないんだって……」


 殴りつけられて乱れた茶色の髪を丁寧に整えて、傷だらけのチュニックからこざっぱりした作業服に着替えたロビンが袖口を引っ張っているが、アマンダは興奮のあまり耳に届いていないようだ。


「はじめまして。ニーダル・ゲレーゲンハイト卿。アマンダ・ヴェンナシュだ。アンタとチョーカー隊長が居れば千人力だ。あのなまっちろいもやしみたいな悪徳貴族だってぶちのめせるさ」


 そりゃ部長が居ればできるけどね……と苦笑いして胸の中でこぼしつつ、クロードは頭巾を脱いだ。


「すみません。アマンダさん。僕はニーダル・ゲレーゲンハイトではなく、クローディアス・レーベンヒェルムです」

「侍女のレアです」

「妻の、ぐぇっ。クロードの恋人のアリスたぬ」


 妻の、と言ったところでクロードとレアに喉元と背中の毛を掴まれて訂正を余儀なくされたアリスだが、恋人という単語までは譲れなかった。

 傍目からはいちゃついている三人を尻目に、部屋はまるで凍りついたかのように緊張が走る。

 アマンダが懐に隠していたらしい暗器に手を寄せ、酒屋の一階でも武装した兵士たちが踏み込もうと階段に身を躍らせる。

 だが、その前にミズキが鋼糸を張り巡らせて、部屋全体をまるで蜘蛛の巣が如く覆い尽くした。


「はい、全員動かないで武器を降ろして。あたしの腕は知っているでしょう? ちゃんと今から説明するから早まらないで」

「早まるも何もお前たちは裏切ったってことだろう。いいさ、覚悟はしていた。こうなった以上、煮るなり焼くなり好きにするといい」

「でしたら、アマンダさん。僕は、レーベンヒェルム領はルクレ領とソーン領と同盟を結びたいので話を聞いてください。ロビン君がさっきから困ってます。あと、皆にお茶を一杯。できれば梅茶で」

「……お茶だって?」


 かくして鋼糸の結界は解かれ、一堂には茶が振る舞われた。

 チョーカーとミズキ、ミーナは彼らが体験したことを説明し始めた。

 暗殺作戦が失敗して囚われたこと。

 彼らが拘束されている間に、楽園使徒アパスル緋色革命軍マラヤ・エカルラートのマクシミリアン・ローグを支援して、レーベンヒェルム領に内乱を引き起こしたこと。

 レーベンヒェルム領は楽園使徒を見限り、独自にエステル・ルクレ、アネッテ・ソーン、両侯爵令嬢を救出することを決めたこと。

 その為にクローディアス・レーベンヒェルム辺境伯がチョーカー隊をスカウトして、ここまで同行してきたことを。


「正直、信じられないことばかりだ。なぜ悪……、辺境伯様が直々にこんなうらぶれた街までやってきたんだい?」


 クロードはアマンダの問いかけに答えようとして舌が絡んだ。お茶を一口すするも、残念なことに梅茶ではなかった。


「最初はアリスに手紙を託そうとしたんですが、僕が出向かなきゃ信じないでしょう? 今、時間は宝石より貴重だ。エステル・ルクレ、アネッテ・ソーンの安全が保障されているのは、今月末の同盟交渉までだ。一刻も早く二人を救出したいのです」

「辺境伯様が、潜入作戦をやっているってのが信じ難い話だけどねぇ。ロビン、本当に間違いないのかい?」

「はい。かあさん、念写真とそっくりですし、何よりも兄さんから聞いていた通りの人柄です」


 目をキラキラと輝かせたロビンに見つめられて、クロードはむずがゆそうに視線をそらした。


「リヌスさんは、僕のことをなんて言ってたんだ?」

「オクセンシュルナ議員が盟友と頼む若手改革者。智慧者ちえしゃであり、思慮深い賢人で、民思いの民政家。海千山千のやり手貴族相手にも動じない勇気ある男だと聞いてます」

「ロビンくん、褒め殺しだよそれは!?」


 クロードは思わず茶を噴き出した。


「正しくは、こいつは世人には何をやってるのかさっぱりわからん前衛政治家だろう。斜め上の発想をする癖に、妙なところでは用意周到な策謀家でもある。ああ、蛮勇は小生も認めてやらんでもないぞ。マラヤ半島といい、今回の潜入といい、大将自らが出張るなど生半可な胆力ではないからな」

「こっちは悪意マシマシだなっ。チョーカー隊長!」


 この時チョーカーは、”民思いの民政家”という部分を否定しなかったのだが、クロードは気付かなかった。


「辺境伯様が本物だとしても、私の一存で同盟を結ぶのは無理だ。ルクレ領とソーン領は、形骸けいがいだとしても緋色革命軍と同盟を結んでいるんだ。何よりも、楽園使徒にめちゃくちゃにされた私達に、チョーカーさんとミズキさんだけが手を差し伸べてくれた。一緒に戦ってくれたんだ。その恩人を裏切ることなんて出来ないね」

「……」


 アマンダの返答に、クロードは唇を一文字に結んだ。レアが膝の上で震える手を握り締めてくれる。アリスもまた、クロードの膝の上に移動してつぶらな金色の瞳で見上げている。だから、彼は落ち着いていられた。

 交渉の一回目は失敗に終わった。だが、めげる必要はない。時間の許す限り何度でも挑戦すればいい。二人の侯爵令嬢を助け出せれば、どのように入り組んだ過程を辿っても帳尻をあわすことが叶うのだから。


「……わかりました」

「いいや、アマンダ殿。小生たちのことは気にしなくていい。ルクレ領とソーン領は、緋色革命軍と手を切るべきだ」

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