第533話(7-16)夜明け

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 クロード達は、かつての強敵オズバルト・ダールマンと共同戦線を敷き、病院を襲った彼の元同僚イーヴォ・ブルックリンら新式顔なし竜ニーズヘッグを全滅させた。


「辺境伯。ひとつ頼みを聞いてくれないか? 〝ズィルバー〟……。ガルムを、アリス・ヤツフサ殿の元へ連れていって欲しい」


 戦いの後、オズバルトが申し出た言葉に、クロードは三白眼を見開いて当惑した。

 ファヴニルとの決戦中だ。ガルムの助力を得られるのは、日照りに雨が降る程にありがたかった。

 しかし、恋人の一人アリスの名前を挙げた事には、必ず意味があるはずだ。


「……イーヴォが言ったように、私は〝四奸六賊しかんろくぞく〟の命じるままに民草を殺めたことがある。そして、私達の蛮行を阻もうとした女を処刑したんだ」


 白髪の戦士は頬傷に手を当てて、懺悔ざんげするかのように床へ膝をつき、相棒たる銀色の大犬ガルムを見つめた。


「私は彼女から契約神器を、この娘を託された。次の盟約者パートナーが見つかるまでと約束して預かった」


 クロードには、オズバルトの詳しい事情はわからない。

 けれど、魔術塔〝野ちしゃ〟で交戦した際に、彼の思い出話を聞いていた。


(昔、心のままに人を救おうとした女性がいた。自分が殺めた彼女に恥ないように生きたいって、言っていたな)


 クロードは噛み締めるように、ゆっくりと頷いた。

 ガルムはきっと、アリスを新たな相棒に望んだのだ。


「オズバルトさん、わかりました。ガルムちゃんは、アリスの元へ連れて行きます」

「感謝する。やっと約束を果たすことができる」


 オズバルトは、今生の別離とばかりにガルムの銀色の体を抱き寄せた。


「第五位級契約神器ルーンビーストよ、受け継いだ契約をここに解く。〝ズィルバー〟、いやガルム、これまですまなかった。仇に仕えるのは苦しかっただろう?」


 オズバルトが、ガルムを名前で呼ばなかったのは、己に盟約者たる資格がないと認識していたからだろうか?


「くうん」


 それでも、クロードには両者が憎しみに根ざした関係とは、とても思えなかった。

 ガルムはオズバルトの頬傷をペロリと舐めて、クロードの隣へと歩いた。


「辺境伯殿。病院の守りは任せたまえ。契約は解除したが、多少は腕に覚えがある」

「そ、それは……」


 クロードは、オズバルトの土気色に染まった顔を見た。明らかに不調で、今にも倒れそうだ。


御主人クロードさま」

「やるべきこと、あるんだろ?」


 しかし、青髪の侍女レアが手を引いて、ゴルトが隻腕で背を叩いた。

 そう、クロードに迷っている時間はない。

 イーヴォ達からは病院こそ守れたものの、少なくない兵士達が殺されている。

 

「ソフィ……」


 そして、絶対に取り戻したい女性がいる。

 

「任せたまえ。じきに私の部下も来る」


 クロードは、オズバルトの提案に頷いた。

 三人と一匹が、破壊された病院の入り口に向かって歩き出すと、夜にもかかわらず神殿から鐘の音が聞こえた。

 ガランという短音と、ゴオオンという長音を組み合わせて、意図的に一定のリズムで流している。


「辺境伯殿、これは何かの符号かね?」

「ええ。用意した通信手段のひとつです」


 クロード達も、生命と魔力を喰らうニーズヘッグの脅威は重々認識していた。

 その為の国全土を多う結界であり、破られた場合に備えて、狼煙のろしや花火といった魔法に頼らない通信手段も用意していた。

 そのうちの一つが、クロードが地球のトントンツーというモールス信号から着想を得た、鐘を使った通信だった。

 

『と う を こ わ せ』

『り ゆ う を う て』

『ひ し よ う ぐ ん』


 鐘の音は、そう告げていた。


「御主人さま。鐘の通信は、セイさんに一任されていました。彼女のいるユングヴィ領が平静を取り戻したのではないでしょうか?」

「オイオイ、罠じゃないのか。この吹雪で魔法を使わずに、マラヤ半島から海を隔てたヴォルノー島にどうやって連絡するんだ?」


 ドゥーエの指摘は、もっともだった。しかし……。


「ドゥーエさん。僕達は研究所への道すがら旧式の顔なし竜を二〇体倒している。イーヴォさん達、新式一〇体を含めれば三〇体だ」

「レーベンヒェルム領に投入されたニーズヘッグの大半を駆逐したはずです。竜を倒せと指示している以上、通信魔法も回復したのかもしれません」


 結界の影響や新規製造で弱体化しているといえ、顔なし竜は一体で一領を滅ぼす怪物だ。三〇体投入はやりすぎにも程がある。

 とはいえ、ファヴニルも『テル、ショーコ、ドゥーエなんて戦力で罠をはるんじゃないよ』と冷や汗をかいていたので、ある意味で似た者同士であった。


「レーベンヒェルム領はいいとして、セイ嬢ちゃんでも、こんなに早くニーズヘッグを倒せますかね?」

「多分、アイツが動いた。今頃浮気がバレてミーナさんにどつかれている頃だろう」


 勘のいいドレッドロックスヘアの剣客は、それだけで些細を把握したらしい。


「なーるほど。あの色惚け隊長アンドルー・チョーカーめ、生きてやがったゲスか。何人と浮気したか、夕食を一品賭けませんか? オレは一〇人と見た」

「二〇人はいる気がする」

「チョーカー隊長なので、三〇人かも知れません」

「バウッ、バウーン(四〇人かも)」


 なお正解は、『浮気をしようと一〇〇人以上に声をかけたが、相手にされなかった』のでゼロ人である。


「「あははっ」」


 クロード、レア、ドゥーエ、ガルムは笑い出して、少し気分が軽くなった。

 

「顔なし竜を討ち、ねじれた塔を攻略する為にも、一度領役所に戻って仕切り直そう。オズバルトさん、あとでまたお礼に伺います」


 クロード達は一礼して去り、オズバルトは眩しそうに見送った。


「なあ、イーヴォ。私たちにもああいった時代があったなあ」


 〝四奸六賊〟に取り立てられた若者は、表沙汰には出来ない汚れ仕事を強要されたが、青春と呼べる時代は確かにあったのだ。


「私の他に生き残ったのは、カミル・シャハト……。いや、彼の率いた〝毒尸鬼コープス隊〟も、このマラヤディヴァ国で行方不明だったか」


 オズバルトが過去に思い馳せていると、クロード達と入れ違いに、彼が引き取った孤児ライナーを先頭に部下達がやってきた。


「お、御頭おかしら。まさかその体で戦われたのですかい?」

「いいや、古い友人に喝を入れられたのさ」


 イーヴォは口ぶりから、オズバルトがこの病院にいることを知っていたようだ。人道から外れても、確かに友情だったのだろう。


「私は許されない罪を犯したが、それでも、生きていてよかった。ライナー、お前達こそ私の宝だ」


 吹雪に閉ざされた暗い夜空に、僅かな光が射した。


「夜明けは来る。辺境伯達ならきっと、未来を取り戻してくれるだろう」




―― ―― ―― ――

あとがき

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