第337話(4-65)男達の挽歌
337
「全艦、砲撃を絶やすな。撃てええっ」
旗艦『龍王丸』を先頭にした大同盟艦隊五〇隻は、飛行自転車による爆撃を中断し、動かせる大砲の全てを使って、砲弾を緋色革命軍艦隊一〇隻へと浴びせかけた。
「ロロン、そちらは矛を重んじたようだが、こちらは盾だ。各艦、契約神器を使え!」
大同盟艦隊の眼前で、船首衝角による突撃を開始した決死隊を覆うように、無数の小さな円状の障壁が展開される。
それらは目まぐるしく移動して、船の要所要所に命中する砲弾だけを確実に受け止めてゆく。
「盾の契約神器を使った、局所防御なのか。五倍の我らを相手によくもやる。敵将ヨハンネス見事なり」
龍王丸の艦橋に立つセイは、ヨハンネス・カルネウスの神業じみた戦術に思わず賞賛の声をあげていた。
緋色革命軍艦隊は、もはや死に体も同然だ。たとえ致命傷を避けようとも、必ず沈むだろう。
けれど、最期の時を迎える前に、せめて大同盟の頭を食い破らんと不退転の決意で突撃していた。
大同盟艦隊を預かるロロンは、緋色革命軍艦隊の船首につけられた衝角が魔法の光に包まれて、海の中で研ぎ澄まされた名刀のように妖しく輝くのを見た。
「ヨハンネス、受けてたつとも」
ロロンは、艦長席に取り付けられた伝信管を手に取った。
「機関室、聞こえるか。船の維持に必要な分を除いて、全エネルギーを艦首魔力砲に回せ」
そうして彼は、いったい何事かと訝る艦橋を振り返った。
「セイ司令、レア様、ソフィ様。部下を連れて退艦してください。ここから先は、この老いぼれ一人で充分です」
ロロンの決断は早かった。
彼は、こと海戦に限ってのことだが、クロードやショーコ達が必死で解き明かした世界の法則を、積み重ねた経験で理解していた。
「我々の砲撃では、敵艦隊を阻めないでしょう」
この世界の魔法は、単純なものほど力を発揮する。
最も古くに行われた船の戦とは体当たりである。その為により効率の良い手段として、船腹を突き破るための衝角が生まれた。
ヨハンネス以外の提督では不可能だろう。だが、接近さえ叶うなら、比較的新しい攻撃手段である砲撃よりも、衝角突撃の方が、単純であるがゆえに勝るのだ。
「ロロン提督、
「セイ司令。船の上では、指揮権はわしにあります。御身を失うわけにはゆきません」
若き姫将軍と老提督の間に、一触即発の火花が散る。
だか、まさにその瞬間、通信手が驚きの声をあげた。
「ナンド領艦隊が隊列を離れます」
「なに!?」
隊列を無視することは、言うまでもなく重大な軍規違反である。
「かつての恥辱は、戦功にて返上する」
「いきましょう。辺境伯様へ恩返しするのはこの時です」
マルク・ナンドと婚約者ガブリエラは、そして彼らを支えるナンド領の家臣や兵士達は、開戦前から旗艦『龍王丸』の防衛を第一と決めていた。
ナンド領分艦隊一〇隻は、艦隊の先頭に立つ旗艦を追い越して、友軍の盾となるべく全速力で前進した。突撃する緋色革命艦隊に対し、自らも体当たりで応じたのだ。
「あの旗、ナンド領だと? 駆逐艦はともかく、装甲艦や武装商船にどうしてあれだけの速度が出せる?」
「ヨハンネス提督。彼らの砲撃は船に直結した魔杖ではなく、レ
「ナンドの若造めが。いや、あの時見逃した俺の過ちか!?」
ナンド領艦隊は自らが盾となって、緋色革命軍決死隊に激突し九本の槍を縫い止めた。
「邪魔だ、どけい!」
ただ敵旗艦である巡洋艦『新生丸』だけは、マルクの乗った駆逐艦の船首を粉砕して横転させ、突撃を敢行した。
しかし、いかに局所防御を活用しようとも、もはや動く船は一隻だけだ。
「エネルギーの充填は十分だ。砲雷長、艦首魔力砲照射っ、後方の艦も続け!」
魔力光が迸り、砲弾が降りそそぎ、水雷魔法が海中を走る。
其の音色は、まるで死者に手向ける歌のようだとセイは思った。
これは戦争だったのだろうか。それとも漢達が別れを告げる儀式だったのだろうか。
敵巡洋艦『新星丸』は大破轟沈。生存者、なし。
ロロンとヨハンネスは、最期の瞬間まで互いに敬礼を交わしていた。
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