第338話(4-66)〝一の同志〟の終焉

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 クロードは、沈みゆく敵巡洋艦を見つめながら感嘆の声を漏らした。


「ヨハンネス・カルネウス。恐ろしい男だった……」


 ロロンが看破したように、ヨハンネスは元々、衝角を用いた会戦を意図していたのだろう。

 もしも、ダヴィッドが横やりをいれずに最初から彼が艦隊を指揮していたなら、あるいはこの会戦は全く違った結果になったかもしれない。

 緋色革命軍艦隊旗艦『新星丸』の消滅を見届けて、残る船も次々と白旗を掲げた。

 ダヴィッド・リードホルム一人を残して、戦は終わったのだ。


「この結界は、転移魔法の阻止機能も兼ねてある。半径一〇キロ圏内は、脱出不能だぞ」


 クロードは、転移魔法の巻物で逃げようとした敵首魁に対して哀れむように告げた。

 ダヴィッドは、卑屈な笑みを浮かべ、もみ手をしながら近づいてきた。

 

「へ、辺境伯。何が欲しい? 金ならいくらでもやる。ゴルトの首が欲しいならくれてやるし、レベッカが抱きたいなら抱かせてやる。そうだ、いいことを思いついた。オレと共にマラヤディヴァ国を統べよう」


 クロードは、浅く息を吐いた。呼吸を整え、慎重に間合いをはかる。耳から入ってくる雑音が邪魔だ。


「オレとお前、同じ契約神器に見出された同志じゃないか。争うことが間違いだったんだよ。今から義兄弟になるというのはどうだ? オレが兄でお前が弟。兄弟で理想の国をつくろうじゃないか!」

「貴様は、もうしゃべるな」


 クロードの剣が閃き、ダヴィッドを袈裟切りにした。

 胸から腹にかけてぱっくりと裂けて、臓物がこぼれでる。

 怒りのあまり手が滑り、一刀両断とはいかなかったが、どう見ても致命傷だ。

 しかし、クロードが介錯しようと二の太刀を振るったまさにその瞬間、海上に球状の魔法陣が出現して、ダヴィッドを飲み込んだ。

 そんな真似が出来る者は一人しか居ない。


「ファヴニル。ここで介入するのかっ!?」


――

――――


 ダヴィッド・リードホルムが転移したのは、メーレンブルク領内に作られた豪奢な宮殿だった。

 多くの民衆を奴隷のように働かせ、一から創りあげた自慢の城。その中枢である〝一の同志〟の間だ。

 彼は、身体から血を川のように垂れ流しながら玉座に腰かけた。


「ひひっ、ひひひっ。偽物め、クローディアスめ。奴は大失策を犯したぞ。選ばれたオレを本気で怒らせやがって。おい、誰かいないか。軍団を編成しろ、船を集めて逆襲するぞ!」


 ダヴィッドは、瀕死とは思えないほどの大声で叫んだ。

 しかし、応える者はいない。この城には、彼が奴隷に落とした貴族の姫君や、部下から奪い取った見目麗しい妻や娘といった、大勢の愛人が詰めていたはずなのに、誰一人として応えなかった。


「おい、聞こえないのか。兵と、船を、ごふっ」

「そんなものは、どこにもない」

「幕引きの時間ですわ、ダヴィッドおにいさま」


 玉座の間へ続く扉が開かれて、廊下から血と硝煙で汚れた傭兵めいた男ゴルト・トイフェルと、燃える炎のような赤い髪と瞳が特徴的な令嬢レベッカ・エングホルムが入ってきた。


「ダヴィッド・リードホルム、おいはお前を評価していた。新参者にも関わらず赤い導家士どうけしで作戦指揮官まで成り上がったこと。くそったれの叔父貴ども唆して、山賊軍を組織して領都レーフォンに経済包囲網を敷いたこと。おいはただの戦狂いじゃが、お前ならば、あの〝悪徳貴族〟を演じる傑物さえも凌駕できるのではと期待した」

「期待? 何をいってやがるサンシタがあ。オレはとっくに凌駕しているんだよ」


 驚くべき事に、ダヴィッドの声音には負け惜しみの色は一切無かった。

 彼は、頭からつま先まで妄想の中にどっぷりと詰まっていた。

 我が身を滅ぼす傷を受けてさえ、もはや現実を認識できないほどに、嘘と妄執の世界に生きていたのだ。


「腐り果てた今のお前は、かつてお前が打倒しようとしたクローディアス・レーベンヒェルムそのものだ。潔く冥府へゆけい」

「ひょうっ、不敬だぞ。オレを誰だと思っている? オレはあの悪徳貴族とは違う。選ばれたんだ、なあ、そうだろレベッカ!」

「ええ、おにいさま。貴方は選ばれた、ファヴニル様の無聊ぶりょうなぐさめる玩具として」


 ダヴィッドの口から、生きるために必要な血が、ゴボリと零れ出た。


「何を言っている。オレ、オレ、オレはっ……」


 重傷を負った男の皮膚がめくりあがり、肉が圧縮されて、筋が裏返った。

 ダヴィッドは生きながらにして、奇怪な肉塊じみたオブジェクトへと変貌していた。

 短くなった手足の残骸が光となって崩れ、黄金のネックレスにはめられた赤い宝石に吸い込まれ、妖しく輝いた。


「あの方から伝言です。もう飽きた。と」

「おでは、おでは、かくめいかだぞお」

「はて。この有様の、いったいどこが革命なんです?」


 ダヴィッド・リードホルムであった肉塊は、溶けて砕けて光となって、黄金と赤い宝石のついた首輪の一部になった。


「大馬鹿野郎」


 ゴルトの悼む声が、主の居なくなった空虚な部屋に寂しく響いた。

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