第336話(4-64)ヨハンネスの意地

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 クロードは、愛刀である八丁念仏団子刺しを海上の結界に突き立て、左右の手のひらを開いて再び握りしめた。


(失った両腕が今はここにある。巻き戻して、書き換わった世界はそのままということか)


 ダヴィッドを見ると、彼はクロードが作った結界にしがみつきながら、延々と悪態をついていた。


「ちくしょう! こんなはずはない。オレは選ばれたのだ。オレは偉大なんだ。このような現実は許されない。オレはファヴニルの力を封じたんだ。それが、なぜオレまでが束縛される?」

「貴様が封じたわけじゃないだろう」


 クロードは、契魔研究所が導き出したレポートを思い出した。ソフィ達が研究を進めたところ、契約神器の力を封印するなんて神業は、そもそも簡単に出来ることではないのだという。

 盟約者がそういった渇望ユメを抱いているか、契約神器がそういった搦め手を得意としているか。どちらにしても、相応の準備を重ねた上で、膨大な魔力や極まった才能が要求される。


(最初からわかっていたと言えば、そうだけど)


 つまり農園の時といい、ベナクレー丘の時といい、クロードが契約神器由来の力を使えなくなったのは、他者の干渉で封印されたというわけでなくーー、単に合図や知らせを受けたファヴニルが魔力の供給をとめただけなのだ。

 ファヴニルが、彼自身とクロードを繋ぐ大元のパイプを閉ざせば、横から掠め取っているだけの泥棒、ダヴィッドが力を使えなくなるのも当然だろう。


「どうした? ダヴィッド、早く武器を構えろ。戦いはまだ終わっていない。たかがイカサマのひとつ使えなくなったところで、どうってことないだろ?」

「だまれ、こんな理不尽なことがあるか? なぜオレを優遇しない。なぜオレの思い通りにならない。雑魚どもは一体何をやっている。早く悪徳貴族を討ち取れ、”一の同志”の命令だぞ!」


 ダヴィッドは泣き叫ぶも、すでに緋色革命軍艦隊の八割は炎に包まれていた。

 そして脱出用ボートに乗り、沈む船から死にものぐるいで飛び出した兵士達は、一人の例外も無くダヴィッドを冷ややかな目で見ていた。

 赤子のように喚いているのは、もはや恐怖でマラヤ半島を支配した〝偉大なる〟独裁者ではなく、メッキのはげた矮小わいしょうなペテン師に過ぎなかった。

 クロードは、会戦も終わりかと息をつこうとしたが、迫る脅威に気づいて背筋を震わせた。


「……まだ終わっていない。敵の旗艦は、どこだ?」


――

――――


 同時刻。

 緋色革命軍旗艦『新星丸』にて、艦隊司令ヨハンネス・カルネウスは自軍艦艇に魔術で通信を送っていた。


「各艦の判断で降伏を許可する。旗艦はこれより、残存艦艇を率いて最後の突撃を敢行するーー行くぞ副長。集まった船はいくつだ?」

「一〇隻といったところですなあ。しかし、提督も難儀なことだ。クローディアス・レーベンヒェルムに恨みがあるわけでもないでしょうに」

「むしろ奴には感謝している。カルネウス家の阿呆どもを、俺の代わりに叩き潰してくれたのだから。奴らを残しては、領民達に申し訳なくて、死ぬに死ねないところだった」


 ヨハンネスは、かつて領を守っていた自分を追放して、敵である侵略者や賊徒と手を組んだ、そんな愚かな親族を心底憎んでいた。

 クロードたち大同盟が、ルクレ領やソーン領で改革を進めた折に、彼らに然るべき報いを与えたことには、恨むどころか好意すら抱いていたのだ

 その恩を仇で返す為、命をかけて突撃するというのだから、自分は確かに難儀な性格だとヨハンネスは豪快に笑った。

 ヨハンネスが戦う理由ならば、いくつもあった。

 己を見出してくれた司令官ゴルト・トイフェルへの恩義。この戦いで散った戦友達への鎮魂。

 けれど、いざ死を目の前にしたこの瞬間、それらはもはや状況に過ぎなかった。


「副長、俺は、ただロロンの奴に勝ちたいのだ」


 ヨハンネス・カルネウス率いる一〇隻の決死隊は、大破炎上する艦艇の煙に紛れて、本隊を離脱し、大同盟旗艦、龍王丸の前方へと躍り出た。

 同盟艦隊は、決死隊を目視するや否や、事実上の空母として運用されている輸送艦から無数の飛行自転車を飛び立たせた。


「各艦、対空戦闘用意。魔力杖を拡散仕様で使え」


 しかし、ヨハンネス達の艦隊は、花畑のように咲き乱れる炎弾や雹のように降り注ぐ氷柱で濃厚な弾幕を張って、飛行自転車を容易に取り付かせない。


「研究し、対策を練っているのはこちらも同じだ。航空機動戦術は脅威だが、先ほど”一の同志”を名乗る大馬鹿野郎が実演した通り、この世に無敵の存在なぞない。衝角に魔力を回せ。沈めさせてもらうぞ、ロロン! そして龍王丸!」


 緋色革命軍決死隊は、大同盟艦隊の先頭に立つ旗艦龍王丸を撃沈すべく、一〇本の槍となって突撃した。

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