第90話 (番外編最終話) ※七鍵キャラクターが演じるシグルズ伝説『落日篇』

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劇中劇 ◆最終幕◇


○ギューキ王の宮廷


おでん /ニーダル「番外編も遂に最終話だ。七鍵キャラで演じる北欧神話のシグルズ伝説第四回。最初からクライマックスだ!」


 私室へ戻ったグンナルは、彼の参謀を務める次弟のヘグニと、武勇に長けた末弟のグトホルムを呼び出した。


グンナル/  セイ「グズルーンがブリュンヒルデに、偽誓による結婚を暴露してしまった。今夜、シグルズを暗殺するぞ」


ヘグニ /アンセル「宜しいのですか? 近年、同じフンの一族ではありますが、戦好きのアトリ王が近隣で急速に勢力を伸ばしています。今、シグルズという同盟者を失うのは痛手になります」


グンナル/  セイ「背に腹は代えられないさ。アトリ王には、未亡人となるグズルーンを輿入れさせて時間を稼ごう。黄金を生み出す指輪、アンドヴァラナウトさえ我が手に掴めば勝機はある。すべてはギューキ家の為だ。……言ってはなんだが、私、グンナルはろくな最期を迎えられそうにないな」


ヘグニ /アンセル「同感ですね。……もしも機会を与えられることがあるなら、ぼくは決してこの選択を選ばないよう心に刻みます。グトホルム、シグルズを殺せ」


グトホル/ヨアヒム「はいさ。お家の為、お家の為、と。セイ司令、質問があるんですが――。ギューキ家の兄弟は、カクメイの為シャカイの為って大義名分で不幸を撒き散らしている赤い導家士どうけしや、緋色革命軍マラヤ・エカルラートと、いったい何が違うんでしょうね?」


グンナル/  セイ「私から見ても変わらないよ。片や一族の繁栄のみを追い求め、片や社会正義を神輿みこしに担ぐ。しかし、両者の本質はどこまでも利己的かつ狂信的だ。結局、往きすぎた過激主義は、球や円のように反対側と結びつくのかもしれないな。いずれにせよ、他者にとっては迷惑極まりない。棟梁殿に出会って、私はようやく手掛かりを掴めた気がする。私が望む秩序を勝ち取る方法を――」


グトホル/ヨアヒム「セイ様、今度聞かせてくださいよ。じゃ、ちょっくらいってきます」


 グトホルムは客室で眠るシグルズを、背後から斬りつけた。

 しかし、飛び起きたシグルズは愛剣グラムを投げつけて、グトホルムもまた深手を負って血の海に沈む。


シグルズ/クロード「グトホルム、お前の選択は正しいよ。役割の終わった英雄なんて不要だ。誇れ、お前は忠義を果たしたんだ」


グトホル/ヨアヒム「冗談じゃない。こんな役回りは二度と御免こうむります。オレは、騎士の生まれでもなんでもない。だけど、軍人としての忠義を果たすなら、オレの信じる主君の為に命を賭けますよ」


シグルズ/クロード「おやすみ、グトホルム。僕は、ブリュンヒルデに逢わなければ」


 シグルズは、ブリュンヒルデが囚われている彼女の私室へ赴き、扉を愛剣グラムで斬り裂いた。


シグルズ/クロード「ブリュンヒルデ、思い出したんだ。僕は、君に取り返しのつかないことをしてしまった……」


ブリュン/  レア「それは、私も同じです。いとしいあるじさま。気づいていたのではありませんか? 私こそが貴方にとっての災いだと」


シグルズ/クロード「何を馬鹿なこと言ってるんだ」


 シグルズは、ブリュンヒルデを抱きしめ、こと切れた。末期の顔は、愛情に満ちたものだった。

 騒ぎを聞き付けて、グンナルとヘグニ、グズルーンが駆けつけてくる。


グズルーン/ソフィ「ブリュンちゃん、わたしの夫を、シグルズを殺したの?」


ブリュン/  レア「ええ、私の意志がシグルズを死に導いた。そして、手を下したのは貴方の兄たちです」


グンナル/  セイ「翻意ほんいする気はなさそうだね。グンナルは、恐れを知らぬ勇士ではなかった。ならば、この結末も当然か」


ブリュン/  レア「私が愛した男は、いとしいあるじさまだけでした。もはや此岸ミッドガルドに未練はありません。グズルーン、シグルズは私が天上ヴァルハラへと連れてゆきます。貴方はこの地上で、生きてください」


 ブリュンヒルデは、恋人シグルズが残したグラムで自らの胸を貫いた。


ブリュン/  レア「たとえせかいに阻まれようとも、私のオモイは貴方と共に!」


グズルーン/ソフィ「わからない、なにもわからないよ。どうしてこんなことになったの。グンナルお兄ちゃん、ヘグニお兄ちゃん?」


ヘグニ /アンセル「落ち着いて、グズルーン。この薬湯を飲むんだ。今夜のことはすべて悪夢だったんだ。目が醒めれば消えてしまう、泡沫うたかたの夢だ」


 グズルーンは、かつてシグルズが飲まされた魔法薬を、ヘグニに与えられて倒れ伏した。

 グンナルは、彼女の薬指から、黄金を生み出す魔法の指輪アンドヴァラナウトを抜き取り、己の指にはめた。


グンナル/  セイ「我々の勝利だ」


――


おでん /ニーダル「さて、簡単にではあるが、シグルズとブリュンヒルデの死後を語ろう。グズルーンは、魔法の薬によってこの一夜にあったこと、グンナルとヘグニへの恨みを忘れさせられたが、シグルズへの愛情は失わなかった。魔法の薬で忘却しなかった場合の逸話ニーベルゲンのうたもあるが、そちらではグンナルとヘグニに復讐を遂げている」


(待機中)/ セイ「それは、そうだろう」


(待機中)/アンセル「さすがに自業自得でしょう」


おでん /ニーダル「グンナルは念願の黄金を生み出す指輪、アンドヴァラナウトを得て、未亡人となったグズルーンは、遠縁のアトリ王と二度目の結婚をさせられた」


(待機中)/ソフィ「……」


おでん /ニーダル「しかし、アトリもまたアンドヴァラナウトという存在を知って、ギューキ一族を攻め滅ぼした。グンナルは戦死し、ヘグニも牢で抹殺された。それを知ったグズルーンは激怒した。復讐を決意した彼女は、アトリ王との間に生まれた我が子を殺して彼を動揺させ、宮廷に火をつけて一族郎党諸共に焼き殺したんだ」


(待機中)/ヨアヒム「言葉もありませんね」


おでん /ニーダル「グズルーンは、奪われた兄の形見であり、シグルズの遺産でもある指輪アンドヴァラナウトを取り戻すと、自ら海へと身を投げた。が、九死に一生を得て生き残り、ヨナークいう北方の国の王に救われる。グズルーンとシグルズの間に生まれた娘、スヴァンヒルドが母の救出を頼んだからだ」


(待機中)/アリス「グズルーンちゃんは助かったぬ?」


おでん /ニーダル「……。話を進めよう。グズルーンは、ヨナーク王と三度目の結婚をして、ハムジル、セルリ、エルプという三人の子に恵まれた。スヴァンヒルドもまた太陽のような輝く瞳をもつ美しい姫君に育った。そして、スヴァンヒルドは、アトリ亡き後に勢力を伸ばしたゴート族の王、イェルムンレク(エルマナリク)王に見初められる」


(待機中)/クロード「ええっと、このグズルーンを巡る伝承は、地球史におけるゲルマン民族、フン族、ゴート族の争いが下敷きになっているのかな。でも、エルマナリク王って、以前、紫崎むらさき先輩がこきおろしていたような……」


おでん /ニーダル「よく覚えていたな。イェルムンレク(エルマナリク)という老王は、ドイツ系の物語の多くで愚者として描かれることが多い人物なんだ。具体的に言うと、ビッキ(シフカ)という部下の奥さんを強姦したことで恨まれ、策謀にはめられて親しい者たちを殺してゆき、最期は破滅するという役回りだ」


(待機中)/ファヴニル「どこかで聞いた話だね。察するに、グズルーンとスヴァンヒルドも巻き込まれたのかな?」


おでん /ニーダル「そうだ。ビッキは、イェルムンレク王の息子であり、王子でもあるランドヴェールにささやいた。新妻であるスヴァンヒルドは美しい。老いた父ではなく、貴方こそが愛されるべきだ、とね。その上で、イェルムンレク王に讒言ざんげんしたのさ。”貴方の息子は、貴方の新妻と姦淫かんいんした”と」


(待機中)/ブリギッタ「最悪ね――」


おでん /ニーダル「無実のランドヴェールは絞首刑に処され、スヴァンヒルドもまた城門に縛り付けられ、馬をけしかけられた。彼女の瞳の輝きに馬たちが気圧されると、イェルムンレクは頭に袋をかぶせて目を覆い、念入りに踏みつぶした」


(待機中)/エリック「そこまでやるかよ――」


おでん /ニーダル「グズルーンは、ただひとり愛した夫シグルズの忘れ形見、スヴァンヒルドの死を知って、最後の正気を失った。ヨナーク王との間に生まれた息子たちを煽りたて、まるで使い捨ての道具のように、イェルムンレク王の元へ刺客として送り出したんだ。ハムジルたち兄弟は異父姉の仇に重傷を負わせるも、力及ばず打ち殺された。一説には、片目の老人オーディンが兄弟を天上へ招くためにイェルムンレク側についたとも言われている」


(待機中)/ロジオン「ぐうの音もでない畜生だな、オイ」


おでん /ニーダル「グズルーンは自らの体験した悲恋と、シグルズへの色あせぬ思慕を若者たちに語り、今は亡き最初の夫の元へ向かうと告げる。彼女の死後、黄金を生み出す指輪アンドヴァラナウトが世に出たことはない。ここに、竜殺しの英雄シグルズと彼を愛した二人の女の物語は終わる」


(待機中)/イスカ「……パパ?」


おでん /ニーダル「最後に――”ファヴニル殺しのシグルズ”と”戦乙女ブリュンヒルデ”の娘アスラウグについて語ろう。アスラウグは、ヘイミルに養育されたのち、ラグナル・ロズブロークという英雄と結ばれ、”蛇眼のシグルズ”という息子を儲ける。彼らの血はノルウェーの統一王ハーラルⅠ世へと繋がったとされる。これだけは……この救いのない物語が辿り着いた、唯一の幸福な結末だろう。さあ、カーテンコールだ! 皆、舞台に上がろうっ。お客様に挨拶だ」


―――

――


 演劇は終わった。

 桜吹雪の舞う公園から、ひとりまたひとりと帰ってゆく。

 ロジオン・ドロフェーエフは、イスカ・ライプニッツ・ゲレーゲンハイトの髪を優しく撫でて、寂しそうに笑って消えた。

 イスカもまた去って、気がつけば残っていたのは、白樺高校演劇部の二人だけだった。


「半分即興でしたけど、久々に一緒の舞台が演れて楽しかったです。部長」

「おうさ。また演ろうぜ」


 パン、と手のひらを打ちあわせて、クロードもまた姿を消した。

 目に見えない小さな氷と雪に戻って、風に吹かれて散ったのだ。


「お姫様、楽しんでいただけたかい?」

「素敵な舞台をありがとう、運命の人。こんなにも楽しかったのは、始めてかもしれない」

「そいつは仕切った甲斐があった」


 無精ひげの浮いた頬を緩めて笑うニーダルに、輝く白金の髪をなびかせた白い肌の女は儚げに微笑んだ。


「この目で見たかったの。おにいちゃんと、あなたと、もう一人。わたしはきっと、小鳥遊 蔵人たかなしくろうどには、逢えないだろうから」

「どうしてさ。クロードのやつだって喜ぶだろうに?」


 おどけるようなニーダルの問いかけに、少女は青と赤、虹彩異色症ヘテロクロミアの瞳を悲しげに閉じた。


「わかるでしょう、運命の人。蔵人は死ぬわ。マラヤディヴァ国を巡る戦争の中で、あるいはファヴニルとの決戦で。わたしが支配した契約神器には未来を見通すものだってある。わたしが視た未来に、クローディアス・レーベンヒェルムは存在しない」

「そうかい。あいつも大変さぁね」


 ニーダルはベンチに腰をおろすと、大きく背伸びをした。

 少女は、彼の姿を見つめながら、不思議そうに首を傾げた。


「信じていないの? それとも、救いに行くつもりかしら。でも、それは無理よ。この世界から出た時に記憶は失われるし、何よりも、未来にクローディアス・レーベンヒェルムがいないという事実は、宿命なの。シグルズが、ブリュンヒルデが、グズルーンが悲しい最期を遂げたように、変えられない定めなの。たとえ貴方、ニーダル・ゲレーゲンハイトにだって、クロードが救われるというハッピーエンドは与えられない」

「必要ないさ。マラヤディヴァ国レーベンヒェルム領とファヴニルを巡る物語の主役は俺じゃない。クロードだ。誰に与えられずとも、あいつはあいつの選んだ仲間と共に、望んだ結末をつかみ取るだろう」


 少女は、諦めたようにニーダルを見つめた。


「そう、運命の人も、この世界の人々と同じなのね。宿命を信じずに抗って、嘆きながら届かない手を伸ばすんだ。なぜ知りもせずに宿命を否定するの?」

「キミが、泣いているからだ」


 ニーダル・ゲレーゲンハイトは、立ち上がって少女の視線を受け止めた。


「あいにく俺には、宿命だのこの世界のことだのなんて、さっぱりわからんよ。わかることは、どうやらキミが俺と同じ呪いいのりを抱えていることと、とんでもない量の神器と契約を交わしていることくらいだ」

「そう。わたしは、あなたの敵。障害の果てに待つ、宿命の仇。世界を滅ぼすもの、ラスボス、というものよ」

「そんなことはどうでもいいんだ。最初に伝えたつもりだったんだけどな……、俺は、キミをナンパに来たんだよ」


 ニーダルは、言祝ことほぐ。


「顕現せよ。呪われし焔。世界樹の敵。天を滅す異形の翼よ!

 呪詛機構システム はじまりにしておわりの焔レーヴァティン ――接続アクセス―― 」


 彼が紡ぐ詠唱は、刻を経て受け継がれ、重ねられた呪いいのりだ。

 牙無き者の牙となり、愛する者を守れという炎の如き激情。

 ニーダルの背を焼き焦がしながら、獣を思わせる焔の翼がまろびでる。


 少女もまた、慟哭する。


「降臨せよ。救済の氷雪。世界樹の虚。地を覆う天恵の光よ!

 贖罪機構システム はじまりにしておわりの氷雪ヘルヘイム ――接続アクセス―― 」


 彼女が紡ぐ詠唱は、刻を経て受け継がれ、重ねられた祈りのろいだ。

 より多くの人を救い、民の幸せを願って、争いを終わらせるために、あらゆる火種を根絶するという凍てついた論理。

 少女を守護するように、後光を連想させる白光が天から射す。


 決着は、一瞬だった。

 少女が操る猛吹雪の前に、蝋燭ろうそくの灯火がごときニーダルの焔は消し飛び、かりそめの肉体も無数の契約神器の砲撃を浴びて塵となった。

 だが、その直前、まるで投げ飛ばすように、ニーダルは誰かを少女に向かって突き飛ばした。

 彼はニーダルと異なって、長髪ではなく短髪。筋肉量は見るからに足りず、そもそも年齢が違う。けれど、少女の前に立った少年の瞳が宿す気迫は、ニーダルとなんら変わりがなかった。


「俺達が、そしてもうひとりの俺が、必ずキミの涙を止めて見せる」


 少年は、少女を抱きしめた。

 わずかな、一秒にも満たない時間。

 吹雪に耐えきれずに、少年もまた氷雪に消えた。

 けれど、確かに少年は、少女に触れたのだ。


「あ、あついよ。熱い。熱い!」


 誰もいなくなった、真っ白な世界で。

 地も、海も、空も、降り積もる雪におおわれて、凍てついていた世界で。

 そんな白い闇の中で、輝く白金の髪をなびかせて、真っ白な肌の少女はひとり泣き崩れた。


「これが、ぬくもり。タカシロ・ユウキの、運命の人の熱。ねたましい、妬ましいよ、イスカちゃん。貴方はずっと、こんな温もりに包まれてたんだ」


 温もりに触れた瞬間、少女は痛みを忘れた。

 生きているという痛み、ずっと共に歩き続けてきた絶望を忘れた。

 アルコールか、鎮痛剤モルヒネか、あるいはマッチ棒が見せる幻影か。

 ひとりぼっちの少女は、ほんのわずかな時間、得てしまったのだ。


「生きて。クロード、宿命を変えることができるというのなら。もしも奇跡というものを起こすことが出来るならば、わたしは必ず手に入れる。貴方達を、この熱を、この喜びを!」

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