第三章 十賢家と邪竜の陰謀

第62話(2-20)休日満喫

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 恵葉の月(八月)三〇日午後。

 日本の暦では秋も近くなるこの日も、南国であるマラヤディヴァ国は暑かった。

 太陽は燦燦と照りつけて、麻のシャツ一枚とトランクスタイプの海水パンツを穿いただけのクロードは、残務を終えて館から出た瞬間、暑さに眩暈めまいを覚えた。

 今日は、久しぶりの休日だった。

 山賊の鎮圧と代官の怠業問題解決から、約二ヶ月を経て、ようやくレーベンヒェルム領も落ち着いてきた。

 クロードによる役所再建以来、過酷な業務を続けてきた職員達に、休暇を望む声が大きくなったのも当然のことだろう。


『わかった。アンセル、皆に休暇の許可を――』

『辺境伯様。上役あなたが休まなきゃ、職員が落ち着いて休めないでしょう!』


 まっとうな企業や代表ならばいざ知らず、クローディアス・レーベンヒェルムは、音に聞こえた悪徳貴族である。

 共和国の代官同様、長の機嫌を損ねて処刑されてはたまったものではないという剣呑な空気が、未だ役所内に残っていた。


『わかった休むよ。引きこもって寝ようかな』

『ぼくもそうします』


 クロードとアンセル、二人は無意識のうちに、満足げな笑みを浮かべていた。

 無言のうたがあり、奇妙な連帯感があった。

 二人は、がっちりと握手を交わして、スケジュール表に休暇と書き込んだ。


『クロード様、育てていたスイカ、やっと実ったよ。え、お休み取るんだ? だったら、海へ行こうよ!』


 ところが、運が良いのか悪いのか、偶然にも植物工場から戻ったソフィが目撃し、クロードとアンセルの計画は木っ端微塵に砕け散ることになった。

 エリックやヨアヒムたちも、揃って休暇を取り、役所職員達は胸を撫で下ろしつつ、思い思いの有給をスケジュール表に書き込みはじめた。


 皆で集まって遊ぶことになったのは、こういった理由だ。

 クロードが所有するプライベートビーチは、ほとんどを民間に無料で開放したものの、館近くの砂浜だけは軍事演習用にとって置いたのだ。

 昨日、掃除を担当した元オーニータウン守備隊は、領主暗殺を声高に叫ぶイヌヴェ班と、報酬の為に阻もうとするサムエル班、どっちつかずのキジー班に分かれて三つ巴の大喧嘩を繰り広げていたが、クロードが知ることはなかった。

 海沿いの道を歩き続けるうちに、日差しの熱さにも負けない、涼やかな風が吹きだした。

 ザザーン、と、繰り返し砂浜に打ち寄せる波の音が聞こえた。

 クロードが前を向くと、先に館を出ていた青い髪と緋色の瞳を持つ少女レアが見えた。

 彼女は、椰子の木と色あざやかな花々が刺繍ししゅうされたワンピースの水着を着て、砂浜で待っていた。


「お待ちしていました、領主様」

「レア、これは夢じゃないだろうか?」

「領主様、現実ですよ。さあ、皆のところに行きましょう」


 クロードはつい、レアの白い太ももや、首筋から肩にかけてのなだらかな稜線を見てしまって赤面した。

 部長ほどではないにせよ、クロードだって男の子だ。こう甘酸っぱい気持ちにもなる。


(そうだ。素数を数えよう。素数は一と自分の数でしか割ることのできない孤独ぼっちな数字、僕に現実を教えてくれる。一、三、五、七……。ってこれは奇数だ!?)


 恐る恐るレアの表情を伺うと、男の裸に慣れていないのか、彼女もまた頬を紅く染めていた。


「待ち合わせ場所は、小屋だったはず。行こうか」

「はい」


 クロードが右手を差し出すと、レアは花がほころぶように、いつもは結んでいる口元に笑みを浮かべた。

 歩く。サンダル越しに伝わってくる陽に灼かれた砂があつい。

 歩く。てのひらから伝わってくるレアの体温に、クロードの心臓が早鐘のように鼓動を打ち鳴らす。


「れ、レア、きょ、きょうはいい天気だね」

「は、はい。晴れてよかったです」

「クロードくぅーん!」


 小屋の前では、水着に着替えたソフィが、砂浜で跳ねながら大きく手を振っていた。


「クロードくん、レアちゃん、こっちだよ!」

「ソフィ」


 女神か……? と、クロードは左手を大きく振り返しながら、ひときわ大きく心臓が音を立てるのを聞いた。

 赤いおかっぱの髪の下で、ソフィの笑顔が太陽のように輝いている。

 彼女が着ていたのは、水色と白色のストライプ柄のビキニである。鞠のように弾む胸、引き締まったお腹、可愛らしいお尻。優美な曲線に、クロードの視線は釘付けになった。

 やはり水着と肌色のコントラストには、心躍らせる何かがある。


「ほらほら、クロード様、海の中は涼しいよ」


 海辺に入ったソフィが、水をぱしゃりとかけてくる。

 かかった水は焼けた冷たくて、それ以上に、かがんだソフィの豊かな胸に視線が吸い寄せられて、クロードは思わずレアと繋いでいた手を離してしまった。


(落ち着け。素数を数えて平常心を取り戻すんだ。二、四、六、八、一〇……。って、これ偶数じゃないか!?)


 平常心とは何だったのか? 

 無駄にツッコミが多いのは、確かにクロードの平常運転ではあるのだが――。 


「応戦します」

「てへへっ、負けないよっ」


 クロードがおたおたしている間に、珍しくむきになったレアがソフィに向かって水を浴びせかけていた。

 ソフィもまた、笑いながら掛け返して、海水がクロードの目に入った。


「って、なんで僕に集中してかけてるの? やり返すっ」

「きゃっ」

「えいえいっ」


 クロードがレア、ソフィと水をかけあってる内に、他のメンバーも揃い始めた。 


「辺境伯様、ちゃーす」

「レアさん、ソフィ姉、おつかれさまでーす」


 館より遠くに住んでいるからだろう。エリック、アンセル、ヨアヒムといった男衆の到着は少し遅かった。

 彼らが着ているのは、クロードと同様に、あたりさわりのない平凡なトランクスタイプの海水パンツだった。

 クロードは人知れず、深く息を吸った。そうだ、これこそがあるべき海水浴のフォーマルスタイルだ。――演劇部で川に行ったときは、それはもう酷かった。

 

(部長は赤ふんどしで、会計はブーメランパンツ。あの趣味はおかしいだろう!?)


 あんな風に個性を発揮されても困るのだ。

 クロードはひとり地味な水着を着ていたが為に浮いてしまって、居心地が悪いといったらなかった――。


(違う。居心地が悪かったのは、別の理由だったはず)


 クロードは思い返す。あの頃、二年の男装先輩は、まだ入部していなかった。

 一年の同期の子はクロード同様に緊張していた。三年のもう一人の先輩は始終穏やかだった。そして、痴女先輩は。


(どこを隠してるんだ? って次元のマイクロ・ミニを着ていて、妖艶というか、食べちゃうぞって雰囲気で、色っぽいというより、怖かったんだ)

 

 川への日帰り旅行は痛恨の思い出で、平凡こそが一番だと、クロードは胸を撫で下ろす。

 今回は足元がふわふわしてるけれど、居心地はいい。ほんの少し恥ずかしいけれども……。


「辺境伯様よぉ、なんか照れくさいんだが」

「って、お前が言うのかよ、エリック!?」


 休日のたびに、ブリギッタとデートでいちゃついているじゃないかと、クロードは声をあげたかった。


「皆で来た事なんてないから、落ち着かないんだよ」

「ぼくもです。仲間で幼馴染だけど、こういう機会はなかったから……」

「レアさんやソフィ姉と、遊びに出かけるなんて、考えたこともなかったっす」


 どうやら男子全員、心が浮ついているのに、妙に現実感がなくて面食らっているのは同じらしい。

 レアとソフィは、小屋のひさしの下で、サンオイルを手に何かひそひそと話し合っている。


「そういや、セイとアリスは、どうしてるんだ?」


 あの二人なら、真っ先に飛び出してきそうなのに、とクロードが首をかしげると、小屋の中からセイとブリギッタの声が聞こえてきた。


「こ、こ、こんな下着で外に出られるか! は、破廉恥はれんちではないか?」

「下着じゃない、水着よ。そんな暑苦しい着物は脱いで、さっさと着がえる」

「こ、こら、帯を回すなっ。あぁあれぇええっ」


 どうやら中では、後世に残したいほどに、貴重な光景が行われているらしい。


「悪代官ごっこか、やってみたいな」

「やりますか?」

「やろうっか?」


 少し離れたひさしの陰から、レアとソフィの声が聞こえてきて――。


「え?」


 クロードは、思わず真顔で絶句した。


「こほん」

「な、なーんちゃって、アハハ」


 どうやらジョークだったらしい。


(((この悪徳貴族ぶっ殺したい)))


 残念ながら、エリックとアンセルとヨアヒムの、本能寺クーデターフラグは、冗談ではなく立っていたわけだが、彼らが殺意をあらわにする前に小屋の扉が開いて、ブリギッタが姿を現した。


「どうよ、男衆。今年の新作よ、目に焼き付けなさい」

「最高だぜ!」


 ブリギッタが着ていたのは、モノキニと呼ばれる水着で、正面からはワンピース、背後からはビキニに見えるデザインだった。

 黒一色でシンプルなのに、ブリギッタの細い腰とあわさって、非常にセクシーに見える。

 エリックなどは、鼻の下を伸ばして実にだらしない顔だ。


(((このリア充、ぶっ殺したい)))

 

 そして、先ほどのクーデターフラグは、仲間割れフラグによって上書きされることになる。レーベンヒェルム領は、今や実に平和だった。 


「棟梁殿、見るな、見ないでくれ。もうお嫁にいけない」


 そんな平和なレーベンヒェルム領で、天が落ちてきたとばかりに、背を丸めて嘆いているのはセイだ。

 オレンジ色のチェック柄のキャミソールとホットパンツを組み合わせた、おとなしいツーピースの水着だったが、彼女にとっては大冒険だったらしい。


「セイ、大丈夫だよ。可愛いから」

「え?」


 クロードに褒められて、セイはもぞもぞと顔をあげて、彼に渡されたタオルで涙を拭った。

 セイの水着は、露出こそ少なかったが、逆に彼女の落ち着いた雰囲気に合致していて、健康的な色気をかもし出していた。


「すっごーい。セイちゃん、どこで買ったの?」

「レア殿が、アリス殿の分と一緒に、作ってくれたんだ」

「メイドですから」

「一品モノかあ、なんか悔しい」


 動揺したセイは変わらずうつむいていたが、ソフィやブリギッタに羨ましがられて、悪い気はしていないようだった。


「セイは、自分の魅力がわかってないんだなあ」


 彼女もまた、同年代の友人には恵まれなかったらしい。

 楽しい時間を過ごして欲しい、と、口には出さずにクロードは胸中で願う。

  

「あれ、セイだけ。アリスはじゃあ、どこへいったんだ?」

「ふっふっふっ、あんまり遅いから泳いでたぬ。真打登場たぬ!」


 クロードが怪訝けげんそうに砂浜を見渡すと、黄金色の毛玉が砲弾のように、海中から飛び出して、彼の腕中へと収まった。

 いつもの全身を覆う、アリスのもふもふした毛は水を吸ってかさがへり、全身を覆う紺の競泳水着を身に着けていた。

 これは、猫科の動物が乳房が多いのを考慮した、レアなりの気遣いだったのだが……。


「クロード、ノーサツされるたぬ?」

「アリスは、僕たちと同じように海パンツ一丁でいいんじゃな、いがなばっ」


 朴念仁バカに察しろというのは、難易度が高いだろう。

 口は災いの元、とはよく言ったもので、クロードの無防備なへそに、アリスの肉球パンチが突き刺さった。


(クロードくん、まだ気づいてないんだ)

(いいかげん、言ってやろうか、とも思っている)

(でも、今の関係を壊してしまっては、本末転倒なのでは?)


 クロードが、アリスを数少ない同性の友人と誤解して、心を開いているのは疑いのない事実だった。

 それゆえに、他の者達も真実を告げるのにためらいを感じていたのだ。


「えーと、とりあえず、遊ぼうか」


 ソフィが、膨らませたビーチボールを手にはにかんだ。

 これは、嵐の前の静けさだ。政治も陰謀も闘争も関係のない、貴重な休日が始まった。

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