第147話(2-101)殺戮人形再び

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 晩樹の月(一二月)七日夕刻。

 黄昏時の薄闇を白い閃光が裂いて、無数の銃弾が路面を穿つ。

 クロードたちはもんどりうって、レアが構築した防御結界の後ろへと逃げ込んだ。


「こうまで接近を許すとはっ!?」

「思い返せば、役所からここまで人通りが全く無かった。なぜ僕たちは異常に気付かなかった……?」

「空気中に低濃度の酒精を確認。更には、契約神器の干渉です。アルコールに接触した者は認識が阻害されるようです」


 銃撃は前方だけでなく、後方からも飛んできた。

 クロードは振り返るなり足先で魔術文字を刻み、地面を隆起させて盾にするも、退くも地獄進むも地獄という挟みうちの状態に追い込まれた。


「実際、この領の警戒網は厳重だったよ。避難民に紛れて入りこんだまではいいものの、あたし達以外は全員とっ捕まった。おかげで良い迷彩になったんだけどね。はじめまして、クロード・コトリアソビさん。イスカが世話になったようだね。あいつの姉貴分のミズキだ」


 領主館側の道を占拠した部隊から、薄桃色がかった金髪の少女が、年齢にしては豊かな胸を張って堂々と進み出た。


「クロードだ。ミズキさんも、ぶちょ、ニーダル・ゲレーゲンハイトを知っているのか?」

「もちろんさ、ニーダルさんには命を救われた恩がある」

「だったら退いてくれないか? こっちはニーダルを殴り飛ばす理由はあっても、イスカちゃんのお姉さんと戦う理由はない」

「それがあたしにはあるのさね。セイさんは知ってるだろうけど、あたしはルクレ領とは縁があってね。あんたを暗殺する手伝いを頼まれたのさ」

楽園使徒アパスルにか!?」

「いいえ、違います。このミーナにです!」


 クロードの誰何すいかの声を断ちきるように、領都レーフォンの中心市街へと続く道を塞いだ部隊から、雨季とはいえ暑い気候に不似合いなモコモコした外套を着込んだひとりの影が進み出た。


「エステル様は御年一〇歳なんです。このロリコン、鬼畜外道の悪徳貴族。私の大切な友達を守るため、ミーナが貴方を成敗します!」

「失礼たぬ。クロードはロリコンなんかじゃないたぬっ」

「その格好で何を言いますか?」


 抗議するアリスだが、今の彼女は省エネルギーモード。つまり小さな少女の姿である。クロードにひっしと抱きついた幼子が何かを言ったところで説得力なんてまるで無かった。


「た、たぬ。どうしよう、クロード。大人モードになるたぬ?」

「素っ裸になるつもりかアリス。絶対に駄目だっ。ところでお嬢さん、貴女は――」

「羊族、サテュロスのミーナです。口を開かないで、この変態!」


 太陽が沈み、月光が薄闇を照らしだす。毛皮のコートを着ていると思われた少女の影は、ぬいぐるみ状態のアリスをも越えるモコモコした毛並みの上に、装飾レースをあしらった短衣チュニックとハーフパンツ、そして大きな皮袋を身に着けていた。

 顔かたちは整った人間の少女のもので、耳も同じだったが、側頭部からおおきく丸まった角が生えている。


(サテュロスって、ギリシャとかあのへんの伝承だっけ? 北欧神話に関係ないってことは……)


 クロードが頭を抱え悩みだしたのを見かねたか、ミズキが助け船を出した。


「ミーナさんは異世界人だよ。あたしの雇い主なんだ」

「バーゲンセールかっ。いったいどれだけ異世界人が来てるんだよ!?」

「ふはは。愚かな、固定された思想、価値観にこだわるがゆえに目の前の現実を受け入れられない。まさに旧態依然きゅうたいいぜんとした貴族制度が産んだ弊害へいがいといえよう」


 男の声は、街道ではなく南の森から聞こえてきた。

 クロードは、その声に聞きおぼえがあった。その男の名前に覚えがあった。


「思考の硬直こそが衰退を招く。高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処することこそ、至高の軍略と知るがいい。同盟者たるソーン領の要請を受けて、小生、ここに推参す!」

「アンドルー・チョーカー。仲間の仇っ」


 クロードの血が燃えたぎる。服の袖に仕込んだ木片を二振りの刀へと変化させ、森へと斬りこもうと走りだす。だが、まさにその瞬間、ソフィが正面から飛びついた。


「クロードくん、だめっ!」

「どくんだ、ソフィ。あいつだけはっ……」


 クロードは前へと進めなかった。右手が熱い。セイが握った刀、雷切を持つ手を強く握り止めていた。


「棟梁殿、他ならない貴方が”私と同じ轍”を踏むのか? 私たちを置いてゆくのか?」

「それ、は」


 クロードの瞼の裏に、ショーコの姿がフラッシュバックした。

 彼女はなんと言った? あなたはもうひとりじゃない、だ。

 だが今の一瞬、クロードは立場を忘れ、側にいる大切な娘たちさえ見落として激情に呑まれかけた。それでは、ファヴニルの力に酩酊した夜と、いったい何が違うというのか。


「憎むべきは、拙い戦略を覆された僕自身だ。敵将を恨むのは、それこそ行き当たりばったりの八つ当たりか……。すまない、ソフィ、セイ」

「ううん、気にしないで」

「なに、棟梁殿が私達にしてくれたように、誤った時は何度だって止めよう。苦しい時は何度だって支えよう。私たちは友達だから」


 クロードは、ソフィを、セイを、アリスを、レアを見た。誰もが彼を心配そうに見つめていた。


「そうだね。僕はもう、ひとりぼっちじゃない」


 万感を込めて呟くクロードの右手を、セイは再び優しく包み込んだ。


「そして、私は棟梁殿の嫁だから……。いたいいたい、いま私いいこと言ってたぞなんで皆つねるんだっ?」

「抜けがけは許さないたぬ」

「まずは包囲を抜けましょう」

「わたしをわすれないでー」


 忘れるも何も、ソフィはまだクロードに抱きついたままだったので、つねられたセイだけでなく、アリスとレアが目をギロリと光らせた。


「ゴルトがやつらを送りこんできたとすれば、二領との間にくさびを打ち込む政治的意図だ。出来るだけ殺さずに制圧したい」


 クロードの言葉は小さくて、周囲にいる仲間達だけしか聞こえないはずだった。

 だが、不意にミズキはからからと笑い始めた。


「アハハ! やっぱりイスカの評価は正しかったね」

「イスカちゃんは、なんて言ってたんだ?」

「うん? 非力だけど優しいお兄さん、だよ」

「今さら隠すつもりはない。弱くてあまっちょろい、それが僕だ……」


 ミズキは背中に背負ったマスケット銃を構え、まるで夜空に輝く月のように晴れ晴れとした顔で告げた。


「そして、『もしも敵に回すなら、パパと同じくらい強い』ってさ! イスカにとっちゃ、最上の褒め言葉だよ? あたしも姉貴も、どんな強敵だってそんな風に呼ばれたことはないんだ」

「ちょ、ま。か、かいかぶりすぎもいいところだぞ!」

「あの子の分析は当たるんだよ。だから、ここであたしも見極める」

「ハズレてる。たった今外れてるからっ」


 クロードの抗議にミズキは耳も貸さず、彼女が撃ち放った号砲と共に乱戦が始まった。

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