第182話(2-135)処刑人の悔悟

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「そもそもだ。ライナー、お前がクローディアス・レーベンヒェルムならば、楽園使徒なんぞと組みたいか?」

「嫌です。あいつらはつまらない」


 ライナーは上官からの問いに、率直な答えを返した。

 オズバルトもまた部下の意見に頷いて賛同する。


「確かにつまらんよ。あれらは生きることへの真剣さが足りん。あのように軽薄だから、複数の勢力に節操なく媚びを売る。そうしてあらゆる陣営からいいように利用されて棄てられるのだ。自業自得というものだ。この私と同じように」


 うれいに満ちたオズバルトの前で、ライナーは呆れたような顔で手をぱたぱたと振った。


「まぁた御頭の自虐が始まった。退路は俺達がちゃんと確保しておきやす。しかし意外ですね。御頭がこうまで偽物のニーダル・ゲレーゲンハイトにこだわるなんて。貴方の後任、クラウディオ・アイクシュテットは”赤い導家士どうけし”の総首領を討つのにやっこさんと共闘したと聞いた。ひょっとして後輩へのおせっかいってやつですか?」

「そうではないが、あやつの偽物がうろついているとなれば、私も思うところはある」


 ”処刑人”とは、西部連邦人民共和国を牛耳る独裁政権にして宗教団体『パラディース教団』。その教主直属の粛清部門しゅくせいぶもんを束ねる長に贈られる称号だ。

 オズバルト・ダールマンは死病を患い、また教主と敵対する前教主派の不興を買ったが為に、一線を退いていた。


「私の契約神器が、元は部下の遺品だということは話したか」

「ええ。教団の命令に反したため、貴方に粛清されたとか」

「そうだ。あの娘は”シュターレンの雪解け”で裏切った。彼女は武器すら持たぬ民を救おうとして、私に殺された」


 およそ六年前の復興暦一一〇五年 共和国暦九九九年 涼風の月(九月)。

 恐怖政治への抗議に集まった民衆は、悪臣ホナー・バルムスの支配下にあった共和国政府パラディース教団によって惨殺された。

 しかし、ニーダル・ゲレーゲンハイトを擁するシュターレン軍閥が彼らを保護したことから、虐殺は半ばにして失敗に終わる。生き残った者たちはパラディース教団の非道を世界中に訴えた為、西部連邦人民共和国は国際社会から大きな批判を浴びることになった。


「それが、任務を受けた理由ですかい?」

「我ながら軟弱なことだろう?」

「まさか。そんな情け深い貴方だからこそ、俺たちは助けられたんだ」


 ライナーは知っている。オズバルトが教団の汚れ仕事を請け負いながらも、高潔な精神を保ち続けたことを。だからこそ、彼は一刻も早く上司を本国で休ませたかった。


「本物のニーダルは今本国のネメオルヒス地方で戦闘中だ。マラヤディヴァ国でうろついているのが偽者なのは、誰よりも俺たち共和国軍人が一番よくわかっている。どうせさっきのヨンパチ・コモネウスみたいな小物に決まってまさあ」

「ヨーラン・カルネウスだ。憶えるに値する名前ではなさそうだがね。ひとつ気になることがある。報告書に書かれた目撃情報を読むに、なぜ偽者のニーダルは槍ではなく剣を用いるのだろうか」

「そりゃあ、真似るためでしょう? やっこさんと戦って、いい勝負に持ち込んだヤツはたいてい知っている。ニーダル・ゲレーゲンハイトは槍の名手だが、本当に怖いのは槍を捨てた時だって。俺も本国でクラウディオがまとめた極秘資料を読みましたよ。やっこさんが使う炎の剣がどれだけ恐ろしい代物か書かれていて……はいぃ!?」


 ライナーもまたオズバルト同様に、不自然さに気付いた。


「そうだよ、ライナー。炎の剣、近接戦闘からの爆破魔術、女連れ。ここまで踏み込んだ情報を知っている者はそう多くないはずだ。もしも偶然で無かったとしたら、偽者は確かな情報源を得ている。怪しいのは、我々と対立する前教主派の軍閥が緋色革命軍マラヤ・エカルラートに派遣し、今はレジスタンスに協力しているという工作員の女。そして……」

「まだ、いるんですかい?」

「クローディアス・レーベンヒェルム。彼が契約した邪竜ファヴニルは、ニーダルと二度戦い引き分けたという。偽者のニーダルは、レジスタンスとレーベンヒェルム領によって意図的に創られた偶像ではないか? ライナー、決して甘く見てはならない。現に今、彼らはルクレ領とソーン領を飲みこもうとしているのだから」


 オズバルト・ダールマン一党は、確かな地の利を得た。

 標高二〇〇〇m《メルカ》の断崖絶壁に建つ魔術塔までは、がけをよじ登るか山を大きく回り込む形で敷かれた一本道を利用するしかない。陸からの進攻は多大なリスクを負うだろう。

 かといって空から侵攻をしようとも、強風にさらされて気球による接触は不可能。飛行魔術で乗りこもうとしても対空砲火で撃墜できる。高価な飛行ゴーレムと運搬用の設備があれば別だが、レーベンヒェルム領がそんな目立つものを外国から買い付けたという記録はない。


「クローディアス・レーベンヒェルムが話に聞いたとおりの悪徳貴族なら、婚姻同盟を結んでエステル・ルクレ、アネッテ・ソーンをおのがものとした後、混乱で弱体化した楽園使徒との同盟を解消し、レジスタンスをも討ち破ってルクレ領とソーン領を平らげるだろう。だが、我々が姫君二人を掌中に収めたことで、彼奴は別の心配をする羽目になる。我ら西部連邦人民共和国が彼女たちを使って傀儡政権を立てるのではないか、とな。我々の推測した通り、偽者のニーダルが連中の手駒ならば、近いうちに必ず攻めてくるはずだ。ライナー、防備をいっそう固めよ」

「さすがは御頭。見事な慧眼けいがんですぜ。部下たちにも伝えまさあ!」


 戦いの予感に高揚しているのか、うきうきとした足取りで本陣を去るライナーを見送りながら、オズバルトはまったく別のことを考えていた。

 それはまったくもって合理的でない、主観に満ちた推測だった。もしも、万が一、天文学的な確率で、偽者のニーダルが本物と同じ精神性メンタリティを有していたとすれば――。


「政治も権力もしがらみも一切合財関係なく、エステルとアネッテを救いに来るだろう。あれはそういう男だ。私は、偽物に期待しているのか? 本物を相手につけることが叶わなかった決着を」

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