第181話(2-134)悪徳貴族と魔術塔”野ちしゃ”

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)二四日。

 オズバルト・ダールマン一党が、二人の侯爵令嬢が囚われた魔術塔”野ちしゃ”を掌握してから四日が経っていた。

 そして今、魔術塔が建てられた標高二〇〇〇m《メルカ》を越える山脈の稜線りょうせんは血生臭い戦場となっていた。


「進め進めっ。どれほど堅牢な要塞であろうと、空と陸からの攻撃には耐えられない!」


 ルクレ領とソーン領の軍服を着た一○○○人の兵士たちが、目的地へと続く曲がりくねった一本の道を駆け上がる。

 しかし山上から耳をつんざくような轟音が響き、野戦砲から放たれた砲弾が容赦なく彼らを吹き飛ばした。


「からだが、ばらばらに。こんなひどい……」

「魔術師隊は早く爆撃を開始しろ」


 空飛ぶ箒に乗った飛行魔術師部隊は、野戦砲が据え付けられた魔術塔へと近づこうとする。

 しかし飛行部隊は山上に渦巻く強風に煽られてコントロールを失い、西にあるがけ地へと転落するか、東を守る魔杖隊の対空砲火を浴びて儚くも撃墜された。


「駄目だ。近づけない」

「仲間達の犠牲を無駄にするなあ」


 陸戦隊は戦友を生きた盾にして進軍を続け、どうにか数十人が魔術塔に近い尾根まで辿りついた。

 そこで彼らを待ち受けていたのは、まるで雪のように白く輝く毛並みをした一匹の犬だった。


「アォオオオン」


 白犬は、まるで兵士たちの未来を悼むのように一声鳴いた。

 直後、犬の身体は膨張し、毛並みは銀色の光を帯びる。爪はナイフよりも鋭くとがり、牙はまるで鍛え上げられた剣のようだ。


「うわあああっ」


 マスケット銃を構えた小隊が、一瞬のうちに魔犬の爪に引き裂かれて潰えた。


「こいつは、契約神器か!?」


 勇敢にも槍や剣で抗おうとした部隊は、得物ごと歯で噛み砕かれた。

 武器を捨てて逃亡を図った者たちは、防衛についた共和国兵に狙い撃たれて火だるまとなり、あるいは氷漬けにされて絶命した。

 山上での惨事を知りもせず、山の麓では豪奢な馬車に乗った貴族がひとり喚いていた。


「何をしている。早くエステルとアネッテを引っ張ってこんか。なんのためにこれだけの兵士を集めたと思っておるのだ……」


 貴族の名は、ヨーラン・カルネウス伯爵。

 彼は、ルクレ侯爵家とソーン侯爵家の血を引く名門貴族であり、楽園使徒に協力して他の貴族を売ることで命脈を保っていた。

 だが、レジスタンスの活躍でアルブ島が攻略されるや、勝機ありとみて再び裏切ったのだ。


「彼女たちを殺せば、わしが、このヨーラン・カルネウスが二領の王になれるのだぞ!」

「うっわー。思っていた以上につまらない理由だ」


 馬車を守っていた衛兵たちの首が宙に飛んで、鮮血が窓を覆い隠した。

 がちゃりと扉が開けられて、ヨーランの前に道化師風の衣装を着た野趣あふれる青年が現れる。


「な、なんだ貴様。暴徒か。か、金ならいくらでも用立てて」

「話す時間ももったいないや。殺っちまおう」


 青年、ライナーの大鎌が一閃し、ヨーランの首をはねた。


「よーし。皆、撤収だあ。景気づけに鍋を食おうぜ鍋」

「ライナーさん。ここは南国なんで冬でも鍋は暑いです。あと、ちゃんと遺品は回収してください。資料にするんですから」

「えー、面倒くさいなあ、もう」


 ライナーは、麓に潜んでいた部下や逃亡者を追撃する部下たちと合流、ヨーラン伯爵の遺品をかっぱらって魔術塔に帰還した。

 彼は、ヨーラン伯爵の首を放り捨てて返り血のついた手と顔を洗い、仮の本陣であるテントへ報告に走る。

 そこでは、上官であるオズバルト・ダールマンと、彼が盟約を交わした第五位級契約神器ルーンビースト”ズィルバー”が待っていた。


「というわけで、御頭。今回襲ってきた敵はヨーラン・カルネウスというケチな貴族でした。ルクレ領とソーン領がなぜ小領に甘んじていたのかよくわかる。兵士にどんな勇者が居ても、率いる将軍がアレじゃあどうしようもない」

「西部連邦人民共和国の腐敗も極まっているが、どの国も汚れた権力者という輩は変わらないな。マラヤディヴァの貴族が無力な少女を狙い、侵略者たる我々が彼女たちを守るなど皮肉以外の何物でもない。外の状況に変化はあったか?」


 オズバルトは頬に刻まれた痛々しい裂傷を指先で撫でて、深いため息をついた。”銀”は主の傍らで興味無さそうに丸まっている。ライナーは鞄から部下たちがまとめた資料を引き出した。


「レジスタンスの攻勢でまた二つの町が落ちました。アルブ島が分水嶺ぶんすいれいでしたね。楽園使徒も長くもって半年か一年か。共和国本国はすでに連中の切り捨てを決めているようです。アルフォンス以外の幹部たちは、いざとなればレーベンヒェルム領に亡命政府を立てようって息まいていますぜ」

「受け入れられるはずがない。レジスタンスを支援しているのは、他でもないレーベンヒェルム領だろうから」


 オズバルトの指摘は、ライナーにとって驚くべきものだった。

 彼はぽかんと口をあけて、手を振り回しながら反論する。


「そ、そうなんですかい? でも確か悪徳貴族は先代のトビアス・ルクレ侯爵、マグヌス・ソーン(バンディッド)侯爵と戦って、二領旧政権とは敵対していたんじゃないですか。その意趣返しとして、楽園使徒と通じた婚約同盟を結ぼうとしているんじゃ……」

「ライナー。これは、ただの消去法だよ。レジスタンスはどのようにしてアルブ島に乗りこみ、一〇〇〇人以上の島人と政治囚を連れて脱出したのか? 沿岸の都市を立てつづけに陥落させた部隊は、どのようにして兵站へいたんを維持しているのか? こう考えてみれば、周辺海域の制海権を握ったレーベンヒェルム領の協力が不可欠だろう?」

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