第248話(3-33)悪徳貴族とカワウソの夜

248


 その夜、皆が寝静まった頃。

 クロードは添い寝するレアを起こさぬよう慎重に自室を出て、テル用に作った中庭の簡易小屋を訪れた。

 カワウソは小屋の屋根に登って、ぼんやりと月を眺めていた。


「オッテル。いい月夜だな」


 カワウソは応えない。露骨にぷんと視線を逸らしてふて寝した。


「そうか。答える気はないか」


 カワウソは客間の大騒ぎを忘れ、いかにも普通の小動物ですよといわんばかりに寝返りをうった。


「じゃあ、仕方がない。レアを呼んでこよう」

「オイやめロ、ばかやめロ、なにヲすル気ダ貴様ァ!」


 カワウソならぬオッテルは、まるでライオンに追われるウサギのような勢いで、クロードの足に必死でしがみついた。


「やっぱり、生きてたんだな」

「オッテルは死んダ。ここにいるのハ、ただのカワウソのテルだ」


 ショーコとソフィの見立てでは、現在のオッテルは契約神器としての力も、怪物化した肉体も喪失して、ただの使い魔に等しいとのことだった。

 オッテルが死に、テルだけが残ったという告白も、あながち間違いではないのかも知れない。


「それならそれでいいさ。でもお前、あの海上で本当に死ぬ気だったろ。どうして考えを変えたんだ?」

「かつてノ約定はすべて果たしタ。一千年は、怪物として生きるにハ長すぎタ。最後に思う存分暴れて終わロウ。そう決めていたのダガ、未練ができたのダ」

「未練って、何だよ?」


 クロードの問いかけにテルはうつむいた。

 感情が極まったからではない。下手に答えると鍋にされそうだったからだ。


「ウム。不良ドラゴンをやめて、ラブリーチャーミーなマスコットとしテ、モテモテセカンドライフを送りたいという新しい野望が生じたのダ」


 クロードはただちに踵を返した。


「テル、短い付き合いだった。明日の鍋パーティで会おう」

「ノオオオオ。お前の血は何色だア」


 テルは必死でクロードの足首にしがみつき、すっ転んだ二人はドタバタと格闘を始めた。


「血の色なら散々見ただろうが。こっちは、お前に何度もステーキにされかけてるんだぞ」

「おいおい、自信過剰にもほどがあるだろウ。どこに肉があるっていうんダ。お前じゃせいぜい、付け合わせのもやしだゾ」

「よしわかった。最後に選ばせてやる。テル、煮込むスープはミソとショウユ、どっちが好きだ」

「だから、お前といい侍女とイイ、オレを料理するのを前提にするのはやめないカ!」

「レアは、あイタっ!」

「きゅう!」


 クロードとテルは互いに盛大に頭をぶつけ、もんどりうって転げ回った。

 

「テル、お前いったいレアに何をした? 今日のあいつはおかしかった。杖をみて泣きそうになるし、風呂からあがったら服の裾をつかんで離さないし、寂しそうに甘えるし。寝かしつけるのがたいへんだったんだぞ」

「そ、それハ」


 テルは、死亡フラグと書かれた旗が一斉にはためくのを幻視した。

 鍋だ。鍋が近づいている。この質問はどう答えても、明日の食卓に並びかねない。


「し、嫉妬ダ!」

「な、なんだって?」

「屋敷を見たガ、侍女は魔法道具を作っているのダロウ? ファフナーの娘が持ち帰った杖、アレはフローラ・ワーキュリーが作ったものダ。あの杖を見て、技術的な嫉妬にかられたに違いない。オレは無関係ダ」


 テルの発言は無理やりで、しかし奇妙な勢いがあった。


「フローラって、千年前の偉人で、技術者だっけ。それにレアが嫉妬した?」


 クロードだって、同じ演劇部の部員には嫉妬と引け目を感じていた。

 地球史を紐解いても、音楽家のサリエリが天才のモーツァルトを憎むあまり毒殺したという噂がたったとか、文人の紫式部が先達の清少納言を日記で辛口に批判した、といったようなエピソードにはことかかない。

 だが、たとえばモナリザを見て、後世の芸術家が「くやしい。レオナルド・ダビンチめ!」と妬むだろうか? むしろソフィのように、過去の名作を目にしたことを喜ぶのではないか?


(でも嫉妬か。ソフィと予定より長く過ごしたり、ショーコを連れ帰ったことが不安だったのかな。そうかもしれないな)


 身に覚えがあったので、クロードは納得することにした。


「オッケー、テル。わかったよ」

「そうカ。オレはもう寝ル」

「待ってくれ。テル、話があるんだ」


 小屋に戻ろうとするテルに、クロードはポケットから小さな水筒を取り出して、紙カップに注いだコーヒーを差し出した。


「教えて欲しい。七つの鍵とは何だ?」

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