第249話(3-34)悪徳貴族と過去からのメッセージ

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 七つの鍵とは何なのか? クロードの問いかけにカワウソことテルはたじろいだ。

 露骨に視線を逸らして、顔をあさっての方角に向ける。


「チョー強い武器ダ。それくらい知っているダロウ?」

「質問を変えよう。一千年前、いったい何があった? ファヴニルは、第一位級契約神器を目指すと言った。僕はあいつの真意を知りたいんだ」


 クロードがファヴニルの名前を挙げると、テルは赤い目を瞬かせて、小さな耳をひくひくと動かした。

 カワウソは重く深い息を吸って、少年領主の瞳を正面から見た。


「クロオド」


若造でもファヴニルの盟約者でもなく、テルは初めてクロードの名前を呼んだ。


「ひとつ聞かセロ。お前はファヴニルと敵対しているのカ?」

「そうだ。でも、テル、どうしてわかったんだ?」

「わかるトモ。お前は一度もあいつのチカラを使わなかっタ。そして、ここに奴はイナイ。……場所を変えるゾ。どこかセキュリティの厚い場所はあるカ?」

「それなら、ちょっと待ってくれ」


 クロードはテルを抱き上げると、中庭の隅、枯れた井戸の蓋を開けた。

 縄梯子を伝って、するすると地中へと降りてゆく。


「つくりかけだけど、ちょっとした秘密基地なんだ。防音や対魔の魔法陣を刻み込んでいて、一緒に中へ入らない限り情報が漏れることはない」


 井戸の底には、およそ一○平米、六畳一間の一室が設えられていた。

 板張りの床には薄い織物が敷かれ、部屋の中央に小さな丸テーブルが置かれている。

 隅にはそこそこ大きいクローゼットと、ベッド兼用のソファが据え付けられて、猥雑な本やメカメカしい模型が無造作に散らかされたいた。


「念のために探知魔法で確認して、と。よしもう大丈夫だぞ」


 クロードの腕から降ろされたテルは、尻尾を振り回しながら部屋の中を一周した。


「クロオド。ここは避難シェルター、なのカ? 妙な違和感があるガ」 

「そうだよ、テル。ここは避難場所なんだ。館はもう女子一色で染められていて、無事なのは僕の部屋だけだ。それも掃除が怖いからエロ本も置けないし、散らかすことだってできない。逃げ場が必要なんだ、男ならわかるだろう……?」

「オ、オウ」


 クロードの形相に、テルは思わず冷や汗をかいた。

 彼は脳天気に両手に花と舞い上がっていた自分に気恥ずかしさを感じて、ショックを隠すようにテーブルの上で丸くなった。 


「なァ、クロオド。お前もササクラやたぬたぬ娘のように、異世界から来たんだロウ?」

「テルには、それもわかるのか」


 テルは、鼻をふんふんと鳴らして頷いた。


「異世界からの来訪者ハ、転移する際に一度コノ世界の根源に触れる。だからカ、契約神器との相性がいいんダ。人間の感覚でいうト、なんとなく手になじむと言うカ、しっくりくる気配がある」

「へえ。じゃあ異世界人の方が、もともとこの世界にいる人より、契約神器をうまく扱えるのか?」

「イヤ、それ以上に、本人たちの相性と関係性が重要だからナ。来訪者の数も少なかったガ、千年前の戦いで名前を残した戦士は、この世界の人間がほとんどダ。敢えて言うなら、強イ神器の目を引きやすいのが異世界人の強みだろウ」


 なるほど、とクロードは相槌をうった。

 召喚された直後、彼がファヴニルに契約を迫られた理由が今更になってわかった。

 相性と関係性がより重要という理屈も、血の湖ブラッディスライムの恐怖を思い返せば実感できる。

 アルフォンスとルーングラブは、不完全ながら見事融合を果たしたことといい、善悪を考えなければきっと最良の相棒だったのだ。


「クロオド。お前はコノ世界の魔法と、オレたち契約神器については、ドコまで知っているンダ?」

「魔法は、魔術文字を媒介に現実を思うように書き換えるんだよな。そして人間と契約神器は、互いに盟約を交わすことで力が増す。第六位級で魔術師十人分、第三位級なら十万人分だとファヴニルは言っていた」


 眉間にしわを寄せてファヴニルとの会話を思い出したクロードに、テルはその通りだと首肯しゅこうした。


「第二位級より上はどうダ?」

「それは、わからない。ファヴニルは僕に話さなかったし、大学の研究機関にも詳しい情報はなかったんだ」

「ソウ、カ。あいつならさもあらン。千年前の戦争でほぼ失われたしナ。第二位級の条件は、”一定範囲の外界を自分の願った通りの形に塗り替えられる”ことだ。”己のノゾミやルールを押し付ける”と言いかえてもいい」

「テル、それはどういうことだ?」


 クロードの顔から、血の気が引いて青ざめる。

 もしもテルの言葉が事実なら、仮に痴女先輩が第二位級の契約神器を手にした場合どうなるか。

 一歩踏み入れたが最後、素裸で乱交パーティを繰り広げる空間なんてシロモノを作りかねない。


「言葉の通りダ。”雷を手足のように操りたい”とカ、”人々を魅了したい”と望めバ、そのように現実が書き変わる。盟約者と契約神器次第だがナ。そして第一位は、範囲の制限ガ”理論上は”なくなる」

「っ……!?」


 クロードは絶句して、テルの正気を疑った。カワウソの言葉にはまるで現実味がない。


「そんなものが、存在したというのか。正直、信じられない」

「なア、クロオド、お前は今の、この世界を見てどう思ウ?」

「争いや貧困はあっても、人々はどうにか前向きに必死で生きている。そんな世界だ」


 クロードの返答に、テルは複雑な表情で頭を横に振った。


「そうカ。オレは千年ぶりに遺跡を出テ、町を見て小便をちびりそうになったゾ。なんて、なんて平和なのだろう、ト」

「テル! お前は知らないだろうが、このマラヤディヴァ国は内戦中だぞ」

「内戦中なのに、外の水準を維持していることが凄まじいノダ。不謹慎かもしれないガ、感動したゾ。クロオド、お前はすごく優秀な為政者だったんだナ」


 クロードはテルに誉められても、どんな顔をすればいいのかわからなかった。


「ササクラから聞いた世界も、争いに満ちていタ」


 ササクラ・シンジロウは、この世界に転移する以前は、第二次世界大戦の渦中を生きた人物だ。かの時代と比較すれば、確かに”今の”レーベンヒェルム領は平穏だろう。


「そして、オレたちが生まれた時代もマタ。そうダ。ササクラも言っていタ。百聞は一見にしかず、ト。待ってろ、確かココにあるハズだ」


 テルが、自身の毛皮をああでもないこうでもないとまさぐると、魔法陣が空中に展開して、赤珊瑚あかさんご翡翠ひすい瑪瑙めのう琥珀こはくといった宝石の欠片がこぼれおちた。


「よしヨシ。通信用水晶は持ってるダロ? 貸してクレ。規格の違いはこうすれバ……」


 テルが水晶玉と宝石の間に、なんらかの魔術的なパスを繋いだ。記録用メモリチップに保存された動画データを読み出すように、六畳間に立体映像が投影される。


「画質の荒さと音データの損失は大目に見ろよ。オレが受け取った時からこうだったんダ」


 クロードが目にしたものは、戦争だった。

 宇宙より飛来する隕石いんせきが、軍事基地らしき建造物に雨のように降り注いだ。

 大空を駆ける飛行船の編隊が、蟻の巣を水で押し流すように、街を砲撃で焼き払った。

 海中に潜んでいた水生生物に似た潜水艦がミサイルのようなものを撒き散らし、港町をガスで埋め尽くした。悪趣味なことに、ガスを吸った人間は、グールのような怪物に変貌して、隣人を襲うのだ。

 大地を機械人形が列を組んで走り、ビルを壊し、橋を砕き、逃げまどう人々を踏みつぶしてボールのように弄ぶ。


「テル、これは誰から受け取った?」

「名前は知らナイ。ジャーナリストと名乗っていたヨ。あの船で溺れ死んじまったが、最後まで他の乗客を逃した骨のある男だっタ。後世に伝えたかっタんだとサ。自分たちの過ちヲ」

「そうだったな。千年前にこの世界は一度滅んで、やり直しているんだ」


 テルは動画データを一度止めて、赤い瞳でクロードを見上げた。


「クロオド、お前は七つの鍵が何なのカ、知りたいと言ったナ。今から話すのハ、ひとつの世界の黄昏たそがれ黎明れいめいだ。起点がどこカなんて、歴史学者が勝手に決めればイイ。だがオレたちにとって、すべてハ、七つの鍵と呼ばれる第一位級契約神器が創造された日から始まっタ」

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