第五部/第九章 妖刀ムラマサと異界剣鬼シュテン
第450話(5ー88)シュテンとネオジェネシス
450
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 若葉の月(三月)二七日。
クロード一行とカリヤ・シュテンは、ハインツ・リンデンベルクを挟撃した。
マラヤディヴァ国に腐敗と混乱をもたらした元凶にして、ネオジェネシスのっとりを謀った黒幕も、遂に戦場の露と消えたのである。
しかしながら、共通の標的を打倒したことは、因縁深き師弟を血戦へといざなうことになった。
シュテンの物干し竿が不規則な軌跡を描きながら閃き、ドゥーエは
二人は
「待ってくれっ。二人とも、戦う必要なんてないんだ!」
「ドゥーエさんも、シュテンさんも、まずは話し合おうよ。ね、ねっ」
クロードとソフィが慌てて飛びつき、レアにテル、ガルム、ミズキの力も借りて、猛る二人をどうにか引き剥がした。
「クロード。それはないだろうっ」
「お嬢さん達、無粋というものよ」
二人は不満に口を尖らせ、視線だけで火花を散らしていた。
「ドゥーエさん、シュテンさんを斬っちゃ駄目だ。彼は、エコー隊長や多くのネオジェネシスに慕われているんだ」
クロードがエコーに特徴的な髪型チョンマゲについて聞いた時、若きネオジェネシスは嬉しそうにシュテンから結い方を教わったと答えた。
尊敬しているからこそ、髪型を真似たのだとも。
「クロッ、辺境伯様。コイツはニーズヘッグをこの世界に持ち込んだ犯人だ」
「ドゥーエさん、間違えるな。ニーズヘッグを創り上げたのは――、ファヴニルだ!」
クロードがしがみついたまま一喝すると、ドゥーエは手足を止めて押し黙った。
「シュテンさんが並行世界から持ち込んだ情報が悪用された可能性はある。だからと言って、事情も聞かずに殺し合いなんてバカげてる」
クロードも、ドゥーエも、今のカリヤ・シュテンについてほとんど知らないのだ。
彼は滅びゆく並行世界で一度は死んだものの、
そして、ドゥーエを含む一〇〇余人と共に、第一位級契約神器ガングニールによってこの世界へと逃されたらしい。
けれど、クロードと
「シュテンさんがいつこの世界に現れて、いつブロルさんと巡り合い、いつネオジェネシスとして二度目の生を受けたのか。何もわからないまま戦ったって、それこそファヴニルを喜ばせるだけじゃないか!」
クロードの叫びに、シュテンを阻んだソフィ、レア、テルが重く頷いた。
大同盟もネオジェネシスも、いまだ邪竜が弄ぶ策謀の中にいるのだ。
「そ、そりゃそうだが……」
ドゥーエは力なくうなだれ、シュテンは困ったように身体をくねらせる。ゴツい二の腕と太ももがセクシーというよりは、パワフルに躍動した。
「仕方ないわね。このまま邪魔されちゃ困るから教えてあげる。辺境伯サマ、ワタシがこの世界に来たのは、二年前。復興暦一一〇九年/共和国暦一〇〇三年 晩樹の月(一二月)? だったかしら。地下の遺跡でさまよっていたところを、クソガキ……ファヴニルに連れ出されたの」
「あのダンジョン! シュテンさんが来たのは、アリスとセイの後かっ」
先代こと、本物のクローディアス・レーベンヒェルムが築いた召喚陣は、いとおしい二人の来訪後も、ある程度機能していたらしい。
時期こそ前後するものの、ショーコやドクター・ビーストもまた、かの召喚陣によって招かれた可能性が高い。
「そこの馬鹿弟子が〝赤い
「あ、う、あ」
ドゥーエの額から、冷や汗が滝のように流れ落ちる。ロジオン・ドロフェーエフだから無関係でーす、とシラを切れるほどには、厚顔無恥ではなかった。
「その後は、ファヴニルの仲間だっていう面白いお爺さんが面倒を看てくれたのだけど、色々と
「ドクター・ビーストか」
「ショーコちゃんのお父さん……」
「それから半年くらい後かしら? そこの馬鹿弟子が暴れるだけ暴れて、マラヤディヴァ国から逃げだしたあと、お爺さんもどこかへ行ってしまったわ。そして、ワタシはブロルに助けられたの」
復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 涼風の月(九月)、緋色革命軍はエングホルム領にて決起、侯爵夫妻を惨殺した。
クロード達は義勇軍を組織して上陸し、木枯の月(一一月)に奇しくもこのベナクレー丘で交戦し、敗北こそしたもののドクター・ビーストを討ち取っている。
「ワタシは、ブロルに恩がある。生まれた世界、生きた国は違っても、同じ仇を憎み、共に戦う男と見込んだ。システム・ヘルヘイムの情報を渡したことに悔いはないわ」
「ふざけるな師匠。そんな理屈が通ると思うかっ」
クロードは暴れるドゥーエを必死で押さえ込んだ。
「ドゥーエさん、止まってくれ。こうなると、シュテンさんだけが原因ってわけじゃない」
クロードが知る限り、システム・ニーズヘッグの開発には、ブロル、ベック、ハインツと、ネオジェネシスを代表する技術者が関わっている。
おまけに、誰が主導者かと問えば、間違いなくファヴニルだ。
「だから、ここは話し合って……」
「辺境伯サマ、いい加減にしてくれる? そこの女執事さんもだけど、話し合う話し合うって、貴方達の流儀を押し付けられても困るのよ」
「それでも、血を流すよりずっといい!」
クロードは、シュテンに向かって断言した。
けれど、半裸の男もまた毅然と見つめ返した。
「辺境伯サマ。貴方がワタシと同じ世界の延長線上から来たのなら、過去の歴史は知っているかしら?」
「そ、それなりに」
クロードにとっては、素人なりに唯一自信のある分野である。
「なら、
両者とも、戦場で
しかしながら、この二人、総大将の戦略に対し極めて無軌道に振舞ったという危うさがあった。
「国家を左右できるほどの軍才を持ちながら、操縦不能な存在だったから?」
「なんだ、知っているじゃないの。その馬鹿弟子も同じよ。生かしておけば必ず国家に仇を為すわ。ハインツ・リンデンベルク以上にね」
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