第227話(3-12)悪徳貴族と恐怖の祭典
227
碑石の中から発見された宝石箱には、折り畳まれた手紙と地図と一本の鍵が入っていた。
手紙はやはり、亡くなった子爵がシンジロウ・ササクラへと宛てたものだった。
彼は自分の余命が長くないことを告げ、これまでの友情に感謝し、ルンダールの町への愛惜を綴っていた。そして――
「コトリアソビよ、結局この地図と鍵は何なのだ?」
チョーカーの問いかけに、クロードは読んでいた手紙から目線を上げて答えた。
「共和国のずさんな工事で古代の神殿跡が破壊されて、地下から
丁寧に手紙を折り畳み、上着の胸ポケットへと収めた。
「子爵は、遺跡がシンジロウ・ササクラの役に立つことを祈ると同時に、こう結んでいるよ。君が遺跡で見つけた武器を、ファヴニルと戦うものたちに分け与えてはくれないかって」
「はいいいっ!?」
「だとすれば、子爵様は……」
一同が手紙と地図を覗きこむ中、ガブリエラだけはパニックに陥っていた。
「ままっ、待ってください。これっていっかいの騎士が知っちゃ駄目。じじじゃなかった犯罪あうあう」
「ああそうか」
時刻館に集まった研修旅行メンバーの中で、彼女だけはクロードが影武者であることと、邪竜ファヴニルと敵対していることを知らないのだ。
「ガブリエラさん落ち着いて。居あわせてしまった以上、今更だ。ハサネ、彼女は抱きこむぞ。不運だけど、やらかしたことを考えれば相応だろう。このまま僕たちと地獄までつきあってもらう」
「それってプロポーズですか? 愛人宣言ですか!? 私、美味しくいただかれちゃうんですね。お姉さん頑張っちゃいますよっ」
残念ながらそんな艶っぽい話ではなく、邪竜の顎までデスマーチで突貫する特攻部隊の加入契約である。
「ガブリエラ嬢のことはお任せください。子爵については洗い直しますが、イシディア法王国と繋がっていたという痕跡は、これまでのところ確認されていません」
「そうか。……ソフィは言っていた。シンジロウ・ササクラは何かを探しに何度かマラヤディヴァ国を訪れていたって。探し物が何なのかはわからないけど……」
クロードの胸がちくりと痛んだ。
かの異邦人は、”七つの鍵”こと第一位級契約神器を探していたのではないか。
元いた世界、地球へと戻るために。
「シンジロウ・ササクラは、仮に子爵の遺言を見つけていたとしても、叶えることは出来なかったのだろう」
彼は、イシディア国の国籍を持っている。
ファヴニルが西部連邦人民共和国と緩やかな共犯関係にあった以上、もしも下手に手を出せば、複数の国を巻き込む惨事に発展したかもしれない。
子爵は本物のクローディアス・レーベンヒェルムが辺境伯を継いだ後に病没し、シンジロウ・ササクラもまたほどなくして天に召された。単純に、時間がなかった可能性もある。
「手紙はイシディア国の遺族に送ろう。でも、子爵の遺志を継ぐのは――」
クロードは折り畳んだ手紙と地図、鍵を宝石箱に戻し、力強く握りしめた。
「……僕たちだ!」
「たぬっ」
「おおーっ」
「!?」
ひとり首を傾げるガブリエラを尻目に、クロードたちは円陣を組んで拳を重ね合わせた。
☆
研修旅行三日目。
結果から言うと、クロードはアリスとの日向ぼっこの約束を果たせなかった。
ガブリエラによる暗殺計画を表向き”無かった事”にしたため、クロードは迷惑をかけたルンダールの町各所へ謝罪行脚することになったからだ。
「ハサネ、もうこんな冗談はこれっきりにしてくれよ。皆がどれだけ心配して、悲しんだと思っている」
「申し訳ありません。言葉もありません」
ハサネは、玄関先のロビーでクロードに詫びた。
しかし、彼の瞳は強い意志の光をたたえていた。
あるいは、とクロードは気づいた。ハサネの真の目的は、身近な者の死と遺された仲間の悲哀を、意識づけることにこそあったのかもしれない。
「僕への忠告のつもりか。いい性格をしてるよ」
「届かずとも、よき大人でありたいと願っています」
クロードが出発した後、ハサネの前にひょっこりとミズキが現れた。
「怒られちゃったね、軍師さん」
「軍師……? 誰がです?」
「アンタだよ、ハサネさん。セイちゃんがあまりに目立つから、日陰になっているけれど、レーベンヒェルム領の
クロードは、これまで大将として果敢に決断を下してきた。
しかし彼が集める情報は、元を辿れば多くをハサネが主導する公安情報部に依存しているのだ。
「違いますよ」
「そう? 今回だって、ガブリエラさんがミカエラさんと別人だってことに最初から気づいていたじゃない。その上で、クロードを煽ったんじゃないの?」
レーベンヒェルム領でデモを煽るように、すべてを己が掌中で転がしたのではないかと、ミズキは問い質しているのだ。
ハサネからすれば、とんだ勘違いだった。
「私はね、辺境伯様の方が良い未来を勝ち取ると信じています。軍師なんて役者不足ですよ。彼に救われているのは私だ」
ミズキの瞳を正面から見据える。
「貴女の真の主に伝えなさい。私の主君は、どんな策謀を巡らせようと決して負けないと」
「知ってるよ」
ミズキは、現れた時と同様に煙の如く姿を消して、クロードのあとを追った。
彼女は表向き、共和国の小軍閥から緋色革命軍へ派遣された監視役ということになっている。
だが、ハサネやゴルトが勘づいたように真の主が別にいた。
恐ろしい女だった。ミズキをして肝が震えあがる悪魔のような女だった。
そんな雇用主がミズキに命じたのは、ただひとつ。
『クローディアス・レーベンヒェルムの一挙一動を報告しろ』だった。
味方をしても敵にまわっても構わない。望むなら自ら殺しに向かってもいい。
ただ見聞きしたことは、一切漏らさずつぶさに伝えろと命じられた。
それではクローディアスは死んでしまうだろうと異論を唱えたミズキに対して、雇用主は
「そんな心配は無用だよ。今クローディアス・レーベンヒェルムを名乗る男は私の天敵だ。必要な条件さえ満たせば、私さえも打倒してのけるだろう。赤い導家士、緋色革命軍、十賢家? その程度の有象無象なんて、必ず平らげるとも」
これはダメだ。ストーカーの毒が脳まで回っている。
あきれ果てたミズキだが、今となっては雇用主の見立てはむしろ妥当だった。
絶体絶命の窮地にあったレーベンヒェルム領を立て直し、マラヤディヴァ国の半分ヴォルノー島を治め、共和国前処刑人オズバルト・ダールマンを退けて、怪物災害さえも鎮めた。
「最初は、絶対に買い被りだと思ったんだけどなあ。目を離したら負けてるし、見てても頼りないしもやしだし。でも、一緒にいると楽しいんだよね」
だから、見続けようとミズキは思う。この戦いの果て、クロードが何を為すのかを。
「おーい、クロード。午後からはパーティでしょ。手伝うよ」
研修旅行三日目の夜――。
時刻館中庭にルンダールの町民を招いて、一大祭典が執り行われた。
正装した辺境伯と彼の恋人のダンスに、町民の誰もが目を引きつけられたと町史は記している。
「アリス。ごめんな。日向ぼっこが出来なくて」
「むふん。こうやって踊るのも、胸がドキドキするたぬ」
「旅行、楽しかった?」
「もちろんたぬ」
「じゃあ、最後はもっと盛り上げないとね」
「たぬ?」
アリスは、踊り終わったクロードがステージに向かうのを見送った。
よく見れば、彼の手にはリュートギターが握られていた。
「みんな逃げるたぬ! 急いで避難するたぬぅうう」
アリスの危機を叫ぶ声は、残念ながら祭りの歓声にかき消されてしまった。
「録音の準備も万端だ。さあショーコさん。真打ちと行こう。芸術ってやつを見せてやる」
「大口を叩いたものね。いいわ、クロード。格の違いを教えてあげる」
「「ロックンロール!」」
クロードはリュートギターをかき鳴らし、ショーコは壁面に吊したキャンバスに筆を振るった。
奏でられる音は
二人のセッション、あるいはコラボレーションによって会場は大混乱に陥った。
「不当逮捕だ。愛と平和を歌っただけなのに」
「横暴よ。天上の楽園を描いただけなのに」
「わかるかボケぇええっ!」
エリックの絶叫が、大半の参加者の心を代弁していた。
この不祥事に対して領警察はかん口令を敷こうとしたものの、なぜか詳細が週刊誌に流出した。
デモ隊があれよあれよと踊り狂い、時刻館はとんでもない異種芸術対決の聖地として祭り上げられたのである。
ルンダールの町は久方ぶりの観光客にわいて、町長はほくほくの笑顔で喜んだ。
彼の息子、スヴェン・ルンダールは領役所の職員となり、父と共に観光事業の改善に取り組んだ。
父子が試みに始めた、産地直売の土産店や地元魚介類を使った大規模屋台は、ルンダールの町に留まらず広まってゆくことになる。
しかし、研修旅行から戻ったクロードたちを待ち受けていたのは、良い知らせだけではなかった。
復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 恵葉の月(六月)一七日。
ナンド領とヴァリン領を中心とする大同盟艦隊が、メーレンブルク領を援護すべく出航するも、緋色革命軍艦隊と交戦し大損害を被った。
クロードは巡洋艦龍王丸に乗りこみ、同盟軍の救援に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます