第226話(3-11)悪徳貴族と時刻館の碑文
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クロードがアリスたちを連れて時刻館に帰ると、退院したチョーカーが反省中という板をつけられてロビーで正座させられていた。
車座で彼を見守るミーナたちの態度は一変して怒髪天を
「おおっ、コトリアソビにアリス殿、いいところに戻ってきた。助けてくれ」
クロードは藁をも掴もうと声を上げたチョーカーに対して、無言で雷切の鯉口を切った。
アリスもまた爪を鳴らしてふしゃーと
「なんてことだっ。小生はただ夢を掴もうとしただけなのに」
こいつもう、斬っちゃってもいいんじゃないか?
クロードは真剣に
チョーカーの処遇は、彼をガミガミと叱りつけているミーナに一任することにする
「コトリアソビさん、アリスさんにミカエラさんも! いったいどこに行かれたんですか。ハサネさんが戻ってきたんですよ」
「岬を散歩中に帽子を落として、ずっと探していたそうです。本当に無事でよかった」
ハサネはロビーの壁際で火のついていない葉巻を咥えて立っていた。
彼はクロードに目配せをひとつ寄こして、片手を振った。
どうやらそういうことで、旅行中は押し通す腹積もりらしい。
「ミカエラさんの相談に乗っていたんだ。実は彼女、本当はミカエラさんの従妹のガブリエラさんで、どうしても婚活パーティに、この旅行に参加したくて代わりに来たらしい」
クロードは、背後で息を飲んだガブリエラを振り返り、片目を瞑ってみせた。
実のところ、無罪放免とはいかない。彼女からは聞くべきことがたくさんあるからだ。
だが予想した通りハサネはぴんぴんしており、司法取引をすれば重い罪にはならないだろう。
「ええーっ。そうだったんですか!?」
ガブリエラを囲んでああだこうだと騒ぐ仲間たちを制止して、クロードはアリスの陰に隠れた少女、ショーコを引っ張り出した。
「あと、サメ事件の犯人を見つけた。ショーコさんだ」
「誰が犯人よっ。私は何も悪いことなんてしてないわ」
「それは、まあそうだけど」
帰る道すがら聞きだしたところ、怪物災害鎮圧後にクロードたちの前から姿を消したショーコは、ルンダールの町の海底遺跡にこもって、水難事故救助用のゴーレムを開発していたのだという。
「友達が会いに来てくれなくなって、手慰みに作り始めたらのめりこんじゃったのよ」
「喧嘩でもしたのか? だったら謝りにいけばいいじゃないか。なんなら一緒に行ってやろうか」
「そ、そういうんじゃないのよ。お仕事が忙しいみたいで、会う時間がとれなくて」
アリスはそうたぬ。きっと仕方なかったぬと背中をさすって、ショーコを慰めていた。
クロードは、レーベンヒェルム領役所や領軍の職員でもなければそんなことは――といいかけて、もしそうだったら気まずいので口を閉じた。
「昨日も海岸でクロードを見かけて声をかけようと思ったのよ。でも、他のひとがいたからやめちゃった」
「人目なんて気にするなよ。その、僕はショーコさんのことを友達だと思っているから」
「うん、ありがとう」
そうして魚型ゴーレムに光学迷彩の魔法をかけて、いくつかの準備をしながら屋敷へ帰って来たのだが――。
雨が止んだ中庭で迷彩を解いた時、ゴーレムを見た一同の反応は、まるで同じだった。
「ああっ、サメだ」
「サメです」
「サメじゃん」
「なんでよぉおおっ! イルカちゃん一号はどこから見てもイルカでしょう。ほらこの多角的な感じ、まさにイルカでしょ?」
「ざらついた表皮にのこぎりみたいな歯、これが海の肉食獣なのね」
「むきぃいいっ」
ショーコは、ミーナにサメと
彼女が作ったゴーレムは、全体的なフォルムこそ魚型であったものの、細部の意匠にキュビスムや前衛芸術を盛りこんだのか、動物の内臓や深海魚にも似たある種の神々しさと禍々しさを両立させていた。
結果、意図したような愛らしいイルカではなく、
「クロード。この領は、芸術に対する理解が足りないわ!」
「いいだろう。ならば僕自らが芸術のなんたるかを教えてやる。ロビンくん、僕の部屋からリュートギターを持ってきてくれ」
「やめるたぬ。喧嘩はダメ、仲良くするたぬ」
「そうです。芸術性の違いでぶつかるとか駄目ですよっ」
「そうだ待つんだコトリアソビ。冷静になろう。深呼吸だ」
クロードとショーコの激突は、アリスをはじめとする仲間たちの懸命な説得で未然に防がれた。
ドリスは冷や汗を拭って、ふと中庭の時計を模した一二の銅像と二本の石碑を見た。
「結局、この碑文は思わせぶりだっただけなんですね。状況が似ていたから、見立て殺人じゃないかって誤解しちゃった。そんなことあるはずないのに」
否、ガブリエラはとっさに見立て殺人に偽装しようとしていたから、まったくの無関係とはいえない。
けれど、クロードは堂々と背筋を伸ばして言い放った。
「”鼠は鮮血の花を散らし、蛇は琥珀を抱くだろう。狗が蒼海を呑む時、海神エーギルが約束の地へと誘わん。我が朋友へ託す”――そうだよ。ドリスちゃんの言う通り、この碑文は呪いでもなんでもない。ただの
アリスが、ロビンが、ドリスたちが、驚きの顔も露わに騒ぎ始めた。
ミズキは、珍しく満面の笑みを浮かべている。そしてハサネは、妙に生温かい目でクロードを見守っている。
今回の旅行は、いったいどこからどこまでが彼の掌の上だったのだろう。
「見ればわかるとおり、時刻館の中庭は、一二の偉人を祭った銅像と短針・長針に似せた石碑で時計を模している。北0時に配置された神剣の勇者像から始まって、北北東1時にはレーベンヒェルム領の初代辺境伯の像、北北西11時に子爵家初代の像で終わる。間には、昔話の登場人物などが置かれていて、特に一貫性はない」
あえて指摘するならば、ヴォルノー島に関係の深い偉人が多いがむしろ自然だろう。
「だから重要なのは、きっと像じゃなくて位置だ。子爵は碑文を読む朋友に何かを託した。それは他の誰でもなく、託された異邦人、シンジロウ・ササクラに解ける謎でなければならなかった」
年賀状でおなじみの十二支。
子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の動物は、時刻や方位の表示にも使われる。
クロードにとってはなじみは薄いが、シンジロウ・ササクラは戦前に生まれ、二次大戦中にこの世界へとやってきた。だから十二支を知り、その意味を子爵に伝えていたとしてもおかしくはない。
「僕はソフィから、彼女の師匠だったシンジロウ・ササクラについて聞いている。だから、解くことだって出来る」
クロードは歩き出す。
まず
次に
最後に
彼の行動を契機に、時刻館にかけられていた儀式魔法が作動する。
「!?」
「い、石が動いたぬ。針の石が動いているたぬ!?」
厚い雲が裂けて、わずかな陽光が時刻館を照らし出す。
短針と長針を模した石碑が音を立てて回り、0時で重なって止まった。
同時に針の根元に当たる部分が開いて、小さな小さな宝石箱が転がり落ちた。
屋敷の中から、時報を告げる鐘の音が響いてくる。
ミズキは、棟に繋がる扉を開けて告げた。
「時計が動いている。止まっていた時刻館の時間が動き出したんだ」
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