第384話(5-22)二番目の男

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 ドゥーエは生身の右手で鼻をこすり、クロードに向き直って寂しげに微笑んだ。


「……辺境伯様。オレは大陸生まれの孤児でね。いわゆる少年兵ってやつだったんでゲスよ」

「それは」


 クロードはドゥーエが返した返答の重さに、思わず言葉を失った。


二番目ドゥーエってのは、その時組織に振られた番号だ。本名なんて覚えちゃいないんで、今もそう名乗っているでゲス」


 クロードは三白眼を瞬かせ、あえぐように唇を開いた。

 喉元までこみあげているのに、何と声をかければいいかわからなかった。

 胡散臭うさんくさい男だ。嘘の可能性だってある。

 けれど、ドゥーエのとぼけた口調には、紛れもなく血の通った感情が宿っていた。


「毎日殺して殺される、最低の部隊だった。ある時、組織がミスをして妹分がひどい怪我をしたんだ。いい加減嫌になっていたから、嫁と彼女を連れて逃げ出した。それからは、こうやってあちらこちらの国をふらふらしています」

「ドゥーエさん、奥さんと妹さんは今どこにいるんだ? もし良かったらレーベンヒェルム領に連れてきて……」

「死にましたよ」


 クロードは、掛ける言葉が見つからずに肩を落とした。

 ドゥーエは、しょぼくれた青年を隻眼に映して苦笑いした。


「辺境伯様、アンタはやはり〝悪徳貴族〟にゃ向いていませんぜ。オレがホラを吹いていたらどうするんでゲス? 気にしないでください。古巣の連中は――全員――この手で始末しました」


 クロードは手を固く握りしめた。仇を討っても、大切な人が戻ってくるわけではない。

 ドゥーエも湿った空気に戸惑ったのか、音を立てて左の義手と右の手を打ち合わせた。


「それに悪いことばかりじゃなかった。オレのような、どうしようもない男を助けてくれたヤツもいたんです。それも二人も! オレの剣も魔法も、師匠達から教わったんです」

「……そっか。ドゥーエさんほどの強さだもの、高名な師範に教わったの? それとも隠れていた賢者に学んだの?」


 クロードが問いかけると、ドゥーエは破顔して悪戯っぽく片目でウィンクした。


「へへっ。知りたいんでゲスかい? どうしよっかなあ、きっと信じられないんじゃないかなあ?」


 ひょっとしたらどこかの国の王族とか、大臣かも知れない。そんな推理は、続く言葉で粉砕された。


「オレにとって師匠は二人います。一人は〝異世界から来た〟と吹いていた流れ者の剣客で、もう一人は〝一千歳の姉キャラ〟を自称していた若作りの婆さんです」

「え、え?」


 深刻だった雰囲気に、目に見えてひびが入った。

 濃いというか、変わっているというか。そんな人物はそうそういないだろう。


「ハハッ。流石に信じられないでゲスか。でもね、辺境伯様。案外近くいるかも知れませんぜ。そういう異世界人とか、千年生きている娘さんとか、ね」

「ゆ、夢のある話だね」


 クロードとドゥーエは、ひとまず立ち話をやめて探索を再開した。

 隻眼隻腕の傭兵は、鎖で厳重に封じた竹刀袋らしきモノを背中に負っている。

 あれは、この世界には似つかわしくない品だ。訝しげな話ではあるが、ひょっとしたら嘘ではないのかも知れない。

 クロード自身が地球という異世界からの来訪者だし、千年を生きる(ファヴニル)邪竜や川獺(オッテル)という契約神器が実在するからだ。


(まあ今の話で、ドゥーエさんがイスカちゃんやミズキさんとは無関係なのがわかった。彼女達が生きているのが証明だもの。そもそも見るからに年齢が一〇以上違うし、戦い方が似ているのは偶然だろう)


 クロードは、そう納得しようとした。

 しかし辺境伯として過ごした経験から、欺瞞ぎまんを見抜くことができた。

 ドゥーエは、生いたちを誤魔化している。

 特に彼を二番目と名付けた部隊――、少年兵に仕立て上げた組織――、鋼糸を用いる戦闘技術を学んだ相手――については、『始末した』という結末を除いて、まるで詳細を告げていないのだ。


(イスカちゃんは二〇番目で、ミズキさんが三番目だったっけ? 並行世界に〝二番目〟と名付けられた兄貴分がいて、彼女達を殺して生き延びたとしたら……)


 なんらかの手段を用いて終焉を逃れ、この世界へと逃げ延びた可能性もあるのではないか。

 そうして異世界を渡った逃亡者が〝赤い導家士〟に拾われ、クロードの隣に立っている。そんな可能性だってあるのではないか。


(やめよう。何を疑心暗鬼になっているんだ僕は)


 クロードは二刀を構え、廊下を塞ぐ毒罠を火と雷で焼き払いながら自戒した。

 アンドルー・チョーカーを失った日から、あるいはブロルに破滅を見せられた時から、また臆病になっている。

 力が欲しい。英雄になりたい。勇気が、智謀が、人望が、……〝輝く宝物〟が欲しい。


『迫る世界の終焉から、大切なものを守りたい。そうなんだろう、クローディアス?』


 ファヴニルの幻影が、迷いを射貫くように微笑んでいる。

 白く美しい手を取れと、艶然と舌を舐めながら誘っているのだ。


(テルは、必ず見つかると太鼓判を押してくれた。でも、僕はまだ打倒ファヴニルの鍵となる第三位級契約神器レギンを発見できていない)


 戦友の喪失、世界終焉の予言、ネオジェネシスとの開戦。

 問題は数知れず、道行きも遠いのに、時間だけは過ぎてゆく。


(僕が、求めている力は――)


 クロードは、酸の沼に架けられた細いロープを渡りながら、ふと先ほど言われた言葉を思い出した。


『案外近くいるかも知れませんぜ。千年生きている娘さんとか、ね』


 そうしてクロードとドゥーエは、あまたの罠を退けて要塞の最奥に辿り着いた。

 いかにも物々しい大扉を開くと、砂を盛った土俵のような広間の中で、爽やかな衣服を身につけた白髪白眼の美丈夫が待ち受けている。


「お前がっ」

「マッスルチェーンジ!」


 クロードが問いただす前に、美丈夫はすっとんきょうな叫びをあげた。

 するとひきしまった肉体はミシミシと唸りながら膨れ、チュニックやズボンがビリビリと破けて、パンツ一丁の暑苦しい肉達磨(にくだるま)に変わったではないか!


「よくここまでたどり着いたね。我こそはネオジェネシスのベータ! これがキミ達の求める力、比類なき財宝。つまり〝筋肉〟だ!」

「「それは違うっ」」


 クロードとドゥーエのツッコミが、重なるように響き渡った。

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