第198話(2-151)ヴォルノー島争乱、決着す?

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)三一日午前。

 クロードは、幼いエステルに暴行を働こうとした楽園使徒アパスル代表アルフォンス・ラインマイヤーに鉄拳を見舞った。

 ソフィとセイの指導のたまものか、彼の右拳は的確に顔面をとらえて、頬骨が歪んで鼻血がしぶきをあげる。


「降伏しろアルフォンス。命だけは保証する」

「ふざけるなよ、悪徳貴族。そうか、貴様は俺サマの人望と血脈に嫉妬していたんだな。劣等感から、こんな挑発をするんだ。許せない。許さない。よくも俺サマという正義を否定し、恥をかかせてくれたなあ!」

「アルフォンス、お前は……」


 クロードは、ずっとずっと他の演劇部員達に引け目を感じていた。

 先輩達に必死で追いつこうと努力して、努力して、いまなお彼らの影を踏んだという実感をもてない。

 しかし、その負の情動が理解に繋がった。目の前の男は、主客を逆転して捉えてしまっている。


「人々に愛される俺サマが不快だったのか? ルクレ領とソーン領を平和に統治するのが羨ましかったのか。だから陰謀を企てて、エステルとアネッテをさらい、こんなふざけた真似をしたんだな!」


 エステルも、アネッテも、アルフォンスの予想だにしなかった剣幕に、まるで彫像になったかのように硬直していた。

 彼女たちには理解できない。眼前に証人が山ほどいる中で、自ら行った悪事を何の良心の呵責かしゃくもなく、他人になすりつけようとする男の悪意に怯えてしまう。

 顔色を変えなかったのはハサネだけだ。ブリギッタも顔をしかめ、ブーネイ国の立会人は呆れ、ざわざわという動揺がホテルの会議室に広がった。

 クロードもまた悪意にあてられて、言葉も少なく投降を呼びかけた。


「もう一度言う。降伏するんだ」

「お断りだ。俺サマは絶対に正しい!」


 アルフォンスは、下着の中から転移魔術が込められたらしい呪符を掴みだした。

 クロードは止めなかった。レーベンヒェルム領は事前にブーネイ国政府へ話を通していたが、このホテルはあくまで交渉の場だ。決裂したからと言って力ずくで捕縛すれば信用と外交に多大な影響が出るし、何よりも立会人であるブーネイ国の顔を潰してしまうだろう。


「必ず思い知らせてやる!」


 同行した楽園使徒の同志達を振り返りもせずに、アルフォンスは離脱した。


「クローディアス様、制圧されても良かったのですよ。ルクレ領とソーン領の主が戻られ、数々の犯罪行為が明らかになった今、彼らはただのテロリストに過ぎません」

「いえ、貴国にこれ以上のご迷惑をかけるわけにはいきません。それに、遠からず捕縛できるでしょう」


 クロードはブーネイ国高官に一礼した。


「それでアンタたちはどうする?」


 クロードが取り残された楽園使徒の一団に尋ねると、まるで雷のような不協和音が返ってきた。


「我々がテロリストだって、冗談じゃない。あの小僧に脅されていたんだっ」

「そうだ、無実だ。いや、そこの女ども同様、我々も被害者だっ」

「あのような危険なテロリストを野放しにするとは、マラヤディヴァ国の治安はどうなっている? 共和国本国から必ず謝罪と賠償を請求させてもらう!」


 ちんぴらじみた服装の集団から罵声を浴びて、クロードは逆に冷静になった。

 加害者であるにも関わらず、被害者に自らの悪事と責任を転嫁する。あるいは、ありもしないでっちあげを捏造し動かぬ証拠を塗り潰すために、印象操作だけで取り繕おうと声高に喚く。

 そういう国は、残念ながらこの世界にだってあったじゃないか、と思い至ったのだ。


「では、アンタ達を保護します。ハサネ、彼らは重要参考人としてレーベンヒェルム領に同行してもらう。法に基づいて、公正な調査をするように」

「辺境伯様。御命令、確かに承りました」

「何を言っている? 誠意が足りん。思いやりが足りん。いますぐ土下座して謝罪しろぉ」

「はいはい、皆さんのお話はあとでたっぷり聞かせてもらいますとも。そう、たっぷり、と、ね」


 ハサネは帽子掛けに留めていたシルクハットをかぶると、喚き立てる楽園使徒構成員に手際よく手錠をはめて退出した。

 ブリギッタもまた、取り残された楽園使徒側の文官と事後処理について話していたが、あとは任せてと身ぶり手ぶりの符丁ふちょうで伝えてきた。


「アネッテさん、エステルちゃん、怖い目に遭わせてしまってごめんなさい」

「いいえ、わたくしたちが望んだことですもの。はしたないですが、ちょっとだけすっきりしましたわ」

「うんっ……うんっ! ミーナちゃんにいうんだ。エステルは、がんばったって。へんきょーはくさまもいっしょにいってくれる?」

「もちろんだよ。アネッテさん、エステルちゃん、皆の元に帰りましょう」


 クロードはエステルとアネッテの肩を抱いて、転移魔術を使った。

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