第312話(4-41)野戦奮闘

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 クロードが立てた作戦の第一段階は、炭鉱町エグネに陣取る敵を釣り出すことだった。


『要塞に籠もった大勢の敵を正面から打倒するのは、やっぱり難しいと思うんだ。町の人たちを人質に取られても困るし。だから、山の中に誘い出そう。連中は相手が弱いとみたら躍起になって追いかけてくるから、上手くやれば半分以上を引きつけられると思うよ』


 アリスたちは山裾まで逃げ延びると、反転してマスケット銃を発砲した。

 何発か命中したものの、緋色革命軍親衛隊が身につけている|理性の鎧(パワードスーツ)、アリ型の装甲服は物理攻撃に対して強い防御能力があり、残念ながら有効打を与えられなかった。


「駄目です。やはり弾かれてしまいます」

「問題なしたぬ。こっちに来るたぬ」


 アリスたちは作戦会議で打ち合わせした通り、山中に飛び込んで茂みに隠れながら合流地点まで退いた。


「せめて一矢なりと報いたいのに」


 悔しげに唸る頬髭の目立つ若手兵士の頭を、一団を率いてきたアリスは、大きく変化して肉球のついた手のひらで撫でさすった。


「たぬ達は囮たぬ。だから無理に戦わなくても大丈夫たぬ。それに、皆にはさっき歓迎の準備を手伝ってもらったぬ」


 そう、敵を誘い込む山中には簡単ながら幾つかの罠を仕掛けてあった。

 テルなどは設置中特に上機嫌で、クロードと談笑しながら竹槍を埋めたり、縄を引いていたりしていた。

 意外にも、熱心だったのはレアだ。


『お客様をもてなすのはメイドの勤めですから』


 そう宣言すると、念入りに敵軍を歓迎する準備を整えていた。


「しかし、うっ、発砲音!?」


 二人が言葉を交わす間にも、緋色革命軍親衛隊はマスケット銃を雨あられと撃ち放っていた。

 ただし、敵が狙ったのは明後日の方向だ――。

 弾丸が撃ち込まれた場所では戦闘前に青髪の侍女が仕掛けたなんの変哲もない箒が、ひとりでにふわふわと浮きながら落ち葉を掃き清めていた。

 茂みをかき分けながら掃くため、街道の緋色革命軍親衛隊から見れば敵兵が隠れ潜んでいるように見えるのだろう。

 アリスは鼻を鳴らして、大人モードの豊かな胸をそらした。


「たぬったぬう。あんな玩具に頼るから見間違うたぬ。何事も直接ぶん殴るのが一番たぬ。むふん。たぬは、クロードに褒められたいからぶっ飛ばしてくるたぬ」


 アリスは若い兵士にそう囁くと、弾む鞠のように高々と跳躍した。

 若い兵士が慌てて遠視の魔術で姿を追うと、彼女は四〇m以上もある高い木の枝を伝いながら、街道で発砲する敵兵達の中へと飛び込むところだった。


「たぬうう、キーック!」

「「ぎゃあああっ」」


 土埃が舞って、一〇人近い親衛隊兵がまとめて空を飛ぶ。


「肉球ぱぁんち!」

「「ほげぇええっ」」


 更に一〇人近い装甲服を着た兵士達が、ダンゴムシのように丸まって坂道を転がり落ちた。

 周囲の親衛隊兵が罵声と共に銃弾を浴びせかけるものの、風で土煙の晴れた場所にはアリスの姿はどこにもない。

 褐色肌の少女は、長い黒髪を風になびかせて再び空高く跳躍していたのだ。山の高木へから高木へと渡り、隙を見つけては奇襲する。


「たぬううチョップ! たぬうローリング! たぬうなんかすごいアターック!!」

「「あんぎゃあばっ」」


 まさにアリスの独壇場だった。ヒット&アウェイを繰り返すたび、親衛隊兵達はまるで湯を注いだ砂糖のように崩れてゆく。


「て、敵は一人きりだぞ。銃兵はよく引きつけて撃て。魔術兵は視力や俊敏性を高めよ。……ばかなっ、後方が全滅だとぉ」

「バウバウッ!」


 指揮官らしい年配の男が、追撃に出た親衛隊兵に対応を命じたが遅すぎた。

 彼の部下達は、高所を跳ねるアリスを追うのに熱中しすぎたために、足下への警戒が疎かになっていたのだ。

 他には目もくれず無防備となった親衛隊の背中を、銀色の犬ガルムは容易く奇襲することができた。


「バウッーン」

「ほげええっ」


 ガルムがトドメに指揮官を蹴り倒し、追撃隊の本隊はかくして制圧された。


「たぬうっ」

「バウウ」


 アリスとガルムは、ハイタッチを決めて喜ぶ。

 しかし、たとえ指揮官を捕縛したとしても、それで戦闘が終わるわけではない。

 元は無頼の徒であった緋色革命軍親衛隊は、せめて鬱憤を晴らそうとでもいうなか、バラバラになって山の中へと踏み入ってきた。


「頭は潰したガ、奴らが引っ込むわけないわナ。パーティはまだはじまったばかりだゼ」

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