第六部/第六章 〝邪竜〟ファヴニル

第507話(6-44)邪竜封印の地へ

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 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 恵葉の月(六月)。

 ダヴィッド・リードホルムによる緋色革命軍マラヤ・エカルラートの決起と虐殺から始まった、およそ二年にわたるマラヤディヴァ内戦は終結した。


「〝十賢家解体戦争〟……遂に決着す、ね」


 勝利者となったクロードは、メーレンブルク領へ向かう大型船の甲板で、国内外の主要な新聞記事に目を通していた。

 ヴォルノー島を中心とする領主達の大同盟は、国主グスタフ・ユングヴィ大公を国家の象徴としていただきつつ、旧来の貴族制を徐々に廃して近代化と民主化を進める方針をとった。

 マラヤディヴァ内戦はこういった事情をかんがみて、国外から〝十賢家解体戦争〟と呼ばれることとなる。

 

「……って。記事の中身がいくつか、おかしくないか?」


 西部連邦人民共和国に縁深い国や新聞社が顕著けんちょなことに、戦争の内訳が以下のように書き換えられていたからだ。


『共和国の旧バルムス派――いわゆる四奸六賊しかんろくぞく――が支援する良心的革命組織が、邪悪の権化たる独裁貴族ダヴィッド・リードホルム一党を打倒した』


 これでは、でたらめにも程がある。


「〝四奸六賊〟が肩入れしていたのはダヴィッド側だろうに、どの面下げて戯言を抜かしているんだ?」


 バルムス一派はファヴニルと並び、緋色革命軍の黒幕的立場にあったのだから。

 

「こっちの海外新聞社に至っちゃ、『緋色革命軍は正義のヒーローで、大同盟は悪徳貴族が率いる悪魔の軍勢』って書き立てていたじゃないか。前後の整合性とか一切無視か?」


 クロードは声を荒げたものの、対面に座ったヴァリン公爵は獅子のように豊かな髭を震わせながらいさめた。


「辺境伯よ、そう怒るでない。国主閣下は先日の戦勝記念パーティで、友好関係にある共和国のシュターレン派への謝辞を表明すると共に、〝バルムス派から支援を受けたことは一度も無い〟と発表された」


 バルムス派こと、四奸六賊はメンツを潰されたと憤怒ふんど。秘密裏に抗議の使者を送ってきたが、グスタフ大公は泰然たいぜん黙殺もくさつした。

 一度は政権を奪われ、命を落とす寸前まで追い詰められたのだ。背後で糸を引く犯人に対して、むしろ穏当な対応と言えるだろう。


「シュターレン派閥は内戦中も変わらず貿易を続けてくれたし、共和国内で四奸六賊相手に牽制してくれましたからね」


 大同盟と歩調を合わせるシュターレン派は、共和国内で〝四奸六賊〟と敵対している。

 このようなデタラメを認めてしまったら、それこそ彼ら、戦友達へ義理を欠くだろう。


「僕が領の運営を軌道にのせられたのも、ぶちょ……ニーダル・ゲレーゲンハイトが助力してくれたお陰です」


 ニーダルからすれば、義娘であるイスカの安全を確保してくれた謝礼と、雇用主であるシュターレン派の意向を汲んでの投資、両方を兼ねていたのだろう。

 けれど、彼の援助がファヴニルへの反逆を後押ししてくれた事は、紛れもない事実だ。

 

「そうとも辺境伯。共和国に限らず、悪意ある個人や集団はいる。同時に、我々を支えてくれる善意ある人々も居る。そのことを決して忘れてはいけないよ」

「はい」


 クロードが視線を下げて頷くと、ヴァリン公爵は白い歯を見せて笑った。


「そして胸を張るといい。マラヤディヴァ国に再び平和を取り戻したのは、他の誰でも無いキミがいたからだ」


 クロードは、ヴァリン公爵の激励を受けて拳を握りしめ、ゆっくりと頷いた。

 

「マラヤディヴァの民衆は、悪徳貴族とおとしめられたキミと共に、正義の革命家を自称する狂気の独裁者を討った」


 ヴァリン公爵は、そんなクロードの肩を年輪の刻まれた手で荒っぽく叩いた。


「この事実は消えない。自らの妄念のみを真実と騒ぎ立て、現実からは目を逸らし続ける……。そんな海外の佞臣ねいしんどもがどんな捏造を書き立てようと、〝偽りの宣伝プロパガンダ〟ではなく、〝本当の革命レボリューション〟として我々の記憶に残るだろう」

「ありがとうございます。公爵、貴方がいたから僕は戦えた。いえ、最後までファヴニルと戦うことができる」

「ああ。内戦は終わったが、邪竜との決戦は今から始まるのだからね」


 クロードとヴァリン公爵が、最北のメーレンブルク領へと向かっているのも、来たるべき最終決戦を見据えた布石ふせきだ。

 一刻も早く荒らされた国土を復興し、迎撃態勢を整えなければならない。


「辺境伯様万歳! マラヤディヴァに栄光あれ」

「ヴァリン公爵! 我らが祖国に繁栄をっ!」


 戦艦が港へ近づくと、波止場はとばは埋め尽くす人の群れで溢れ返っていた。

 雷鳴のような歓声が、船の上まで聞こえてくる。


御主人クロード様、ソフィとアリスちゃん、セイさんも待っています。下船の準備をお願いします」

「ああ、レア。今行くよ」


 青髪の侍女に呼ばれて、一礼して駆けてゆく細身青年を、威厳ある老公爵は目を細めて見送った。


「メーレンブルクよ。お前が見込み、恐怖した少年は立派に成長したぞ。我らの願いは、彼と彼の仲間達が叶えてくれるだろう。心安からかに眠れ」


 ヴァリン公爵は、幾度となく衝突した好敵手の冥福を祈りながら、因縁の地へと下船した。


「クロードくん、レアちゃん。こっちこっちっ!」

「セイちゃん、高い高いするたぬっ」

「わかった……って、アリス殿。いったい何をやらせるんだ?」

「待たせたね、みんな。ありったけの物資を持ってきたよ」


 クロードとレアは、先に現地で準備していたソフィ、アリス、セイと合流。

 艦隊で持ち込んだ、大量の支援物資を振り分けて復興を指揮した。

 そうして、今回の旅の目的地である、南のグェンロック領に近い盆地を尋ねた。


「事前の報告通り、石が粉々に崩されている。ここがそうなのか」


 過去には、星形の碑石を中心に二重三重の石が立てられていたという、環状列石群ストーンサークルは見るも無惨に破壊されていた。


「はい。一〇〇〇年前に作られた、兄ファヴニルを封じる封印のひとつです」

「これが、マーヤ様とメア様が施された仕掛けなんだ」

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