第189話(2-142)悪徳貴族 対 処刑人

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「鋳造――殺った!」


 クロードがレアの悲鳴を聞いた時、オズバルトはわずか一足で間合いを詰め、サーベルを喉首に向けて突き出していた。

 頬に傷を持つ軍人が放つ刺突は、主を守ろうと侍女の投じたはたきを断ち割り、紅いフードをやすやすと裂いて、クロードが展開した鮮血兜鎧ブラッドアーマーの粘液をも貫通した。

 しかし、わずかに剣先が逸れたか、首の皮一枚を斬られて命を拾うことができた。


「クローディアス・レーベンヒェルム。そうか、糸を引いていたのはお前だったか」


 引きちぎられた紅いローブの頭巾が強風に煽られて飛び、黒い髪と三白眼が露わになる。


「マラヤディヴァの希望にして、教団の仇よ。偽者のニーダルが何者であれ討てと、このオズバルト・ダールマンは命を受けた。ならば、私はただ忠を尽くし国に報いるのみ!」

「うわっ」


 鋳造――と呪文を唱えたタイミングは、奇しくも同時だった。

 オズバルトは後ずさった標的を追って生み出した槍を振るい、クロードもまた創りだした刀、八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござしで受け止める。


「領主さま、いま御側に」

「レア、こっちへ来ちゃ駄目だ。援護を頼むっ」


 クロードは、確かに刀で槍を受け止めた。

 けれど、オズバルトの槍の穂先は爆ぜるようにしなって右肩を穿ち、粘液を裂いて血が迸った。

 幸いにもかすり傷だ。とはいえ、そう何度も受けられるものではない。


鮮血兜鎧ブラッドアーマー解除、負けるものかっ」


 クロードは粘液を両の義腕に回収しつつ、ショーコがかつて告げた言葉を思い出した。

 彼女は言った。ブラッドアーマーはおよそ三〇コーツの間、背後を除く全ての物理攻撃を無力化できると。

 同時に、魔法攻撃や魔力が付与された物理攻撃に対しては、そこそこの抵抗力がある程度だと釘を刺していた。


(オズバルト・ダールマン。こいつが鋳造魔術で生み出す剣と槍の切れ味は、僕とは比べ物にならない。きっとレアと同等かそれ以上。だから、今は頼れない)


 なるほど物理無効の鎧は強力だ。防御だけではなく、敵に対する心理圧迫も半端なものではない。

 だが反面、纏う者の心に当たってもいい。当たっても即死は免れるという油断が生じてしまう。

 もしもそのような慢心を抱けば、即、死に繋がるだろう。


「鋳造――」

「鋳造――」


 クロードは左手に火車切を掴み、オズバルトもまた短弓を構え矢をひきしぼった。

 少年領主は矢をかいくぐりながら疾走し、処刑人に向かって脇差しを放る。

 投じられた火車切は、無数の火球を撒き散らしながら上空から斬りこんだものの、弓から変化した長棍によって受け流された。

 だが、そこまでは読み通りだ。

 火車切を囮に、あえて上空へと意識が逸らさせ炎で視界を眩ませた。

 クロードは八丁念仏団子刺しを下段から斬り上げ、無防備なオズバルドの胴を裂く。

 ……はずだった。


「ファヴニルの盟約者と聞いていたが、鋳造魔術とは面白い」

「なっ」


 渾身の一撃は、長混によって受け止められ、巻き取られてしまった。

 クロードの上半身が崩れたところに、相対するオズバルトの手から投げナイフが飛び出した。


「やらせません」


 だが、後方より間合いを詰めたレアが箒を使ってナイフを叩き落とす。


「ほう」


 オズバルトはレアに気をとられたか、長棍を蛮刀へと変化させて力任せに薙ぎ払った。


「他所見をするな。お前の相手は僕だ」


 クロードは大振りな攻撃の隙を突いて刀で斬りこむも、オズバルトが蛮刀を柳のようにしならせて受け流し、決定打にはならない。

 頬傷の男もまた蛮刀を短槍へと変化させてカウンターを狙うも、レアが創りだした空のバケツに足さばきを妨げられ、更にはたわしをぶつけられて牽制するに留まった。


すたれたはずの魔術の使い手が三人も集まるとは、興味深いな」

「だから、他所見をするなっ」


 クロードはレアの援護を受けながら、オズバルトと剣戟を交わした。

 一合、二合、三合……。必勝を期した攻撃は、その全てが赤子の手をひねるようにいなされた。


(冗談じゃない。このひとの技量は、部長の比じゃないぞ)


 レアのはたきがクロードとオズバルドの間を破るように飛び、互いに距離をとって仕切り直しとなった。


「オズバルトさん。あんた、すべての武器を使いこなせるのか?」

「辺境伯に讃えられるのは光栄だが、私はただ真面目に生きてきただけだ。誇れる武芸などないよ」


 こうまで手のひらで転がしておいてよく言うよ。と、クロードは心中で愚痴った。

 演劇部の男装先輩から手ほどきを受けて、ソフィとセイに剣術を鍛えられ、アリスに追いかけられ、レアのはたきにうちのめされて、好敵手スライムと何十回もの死闘を演じ、数度に亘る合戦の経験を積んだからこそわかった。


(そうか、こっちの手の内が全部ばれているんだ)


 佐々鞍流ささくらりゅうを修めた男装先輩やソフィは言っていた。

 剣も槍も無手も、的確な構えから体重をのせて技となる。

 肉体は合理的な動きによって、はじめて有効なエネルギーを生み出すのだと。

 だから、目線や呼吸、筋肉の作用を見ることで、次の一手を予測することも叶うのだという。


(だったら魔法で。いや魔術文字を刻む以上、きっと読まれてしまう)


 クロードが焦りで冷や汗をかいている一方、オズバルトは上気して高揚していた。


「むしろ、その……レアといったか。その少女に敬服するよ。こうまで私の技が潰される。神焉の時代、千年前には清掃道具を用いる武術があったと聞く。まさか使い手とあいまみえる日が来るとは思いもよらなかった。ああ、生きることは素晴らしい」


 それは、オズバルトにとっては重い、水中から顔を出して息を継ぐような情動だったが、クロードには知る由もなかった。


「レアは自慢の……」


 一瞬、迷ってしまう。


「侍女だから」

「はい、領主さま」


 少女が隣に寄り添って、少年の右手のひらを握った。

 レアのぬくもりが、クロードに熱と勇気をくれる。


(オズバルトは僕よりも強い鋳造魔術ぶきをもち、あらゆる得物を十全に使いこなす達人だ)


 部長すら裸足で逃げ出しかねない。

 クロードに勝てる理由なんてひとつもない。

 けれど、力が湧いてくる。負けられないと身体が叫んでいる。


(僕はここにいる。多くの仲間に支えられ、多くの戦友たちと共にここまでやってきた)


 クロードはわずかな時間、南方を見た。

 あいかわらずレジスタンス本隊とは完全に分断されたままだ。

 アリスは、黒い虎の姿に変わって、巨大な魔犬とがっぷり四つに組み合っている。

 ミズキは、大鎌をもった盟約者相手に押されているが、彼女の瞳はむしろ強気に輝いている。

 チョーカーは、乱戦下にありながらミーナの支援を受けて部隊をまとめ、厚い防御の布陣を切り崩しにかかっていた。

 分断はされた。だが、仲間の奮戦と活躍で、いまや孤立しているのはオズバルトもまた同様だった。


「レア、一緒に行こう」

「共に」


 クロードとレアは、互いの背を守り、死角を補うようにして走りだした。


「二人で一組か。羨ましくはある」


 オズバルトは刹那、過去を想った。

 彼にもまた失った者がいた。敗北と勝利を重ね、多くの出会いがあった。

 命の灯火はじきに潰えるだろう。たとえそうだとしても譲れないものがある。


「姫さん達を返してもらうっ」

「私は忠を尽くし国に報いる!」


 クロードの刀とオズバルトの長剣が噛み合い火花を散らす。

 レアのはたきが乱れ飛ぶ中、二人は互いの望みと使命を果たすべく闘争を再開した。

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