第188話(2-141)悪徳貴族と空挺作戦

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 谷間を発って二〇分ほど。レアが前方を指差した。

 未だ夜の明けぬ黎明の天を突くように、山の稜線りょうせんから薔薇バラの花弁のように螺旋らせんを巻く塔が建っている。


「ああ、なるほどだから”野ちしゃ”か!」


 ちしゃとは、レタスのことだ。螺旋を巻きながら天を衝こうとする塔には相応しいあだ名だろう。

 クロードたちが視認すると同時に、魔術塔を占拠するオズバルト一党も襲撃を悟ったのだろう。

 塔周辺の動きが慌ただしくなり、バスケットボール大のくちばしがドリル状になった機械の鳥が五〇羽、頂点付近から飛び立った。


「そいつらの相手は、ダンジョンで慣れているんだよっ」


 クロードは雷切を用いて雷のカーテンをつくりだし、半数以上を焼き焦がした。

 あのからくり鳥の系統は、強固な装甲と高い速度を誇る反面、小回りが利かない。

 点ではなく面での攻撃を心がければ、突進速度が仇となって一網打尽に撃墜げきついできる。

 中破してなお、カーテンを突破したからくり鳥もいるが……。


「今です、領主さま。鋳造――誘導弾」

「レア、助かる」


 ブレーキレバーの側面に据え付けた騎兵銃にレアが魔法の弾丸を装填そうてん、クロードが引き金を引いて片端から撃ち落とした。

 クロードには飛行物体を銃で撃ち落とす技量はないが、レアとの共同作業ならこういった攻略も可能だ。

 後方で箒に乗ったミズキが援護射撃をしてくれて、マスケットなのに必中させていた。彼女の技量は神がかっている。

 

「濃霧なし。天候操作の魔法は不要。全機降下準備にかかれ」

「おう!」


 力強い返事を受け止めて、クロードたちは着陸すべく魔術塔へと近づいた。

 対空魔杖が矢継ぎ早に炎の玉や氷の矢で迎撃するも、レジスタンスの箒隊が持ち寄った防護符が無力化する。

 しかし――。


「アリス。頼む」

「ふんぬ。た、ぬぅうう!」


 アリスが後部座席から力一杯投げつけた手提げ爆弾もまた同様に、魔術塔”野ちしゃ”周辺で小さな花火をあげるに留まった。


「領主さま。塔の南方に石碑を確認。それを中心に強固な防御結界が張られています」

「敵陣は北方の道路方面か。ならば、南から北へ進路をとる」


 クロードたちは一丸となって南へ迂回し、北へと向かって飛行した。

 火球や氷柱が編隊をかすめ、防護符や魔除けの護りが魔力を使い果たして次々と砕けてゆく。

 それでもクロードたちは、弓を引くようにじりじりと近づいて――。


「いまだ、アリス」

「せぇのぉ、アリスキーック!」


 石碑の真上まで到達するや、アリスが風をまとって彗星すいせいの如く落下した。

 いかなる防御を誇ろうと、超音速の跳び蹴りを受けて無事では済まない。

 魔術塔”野ちしゃ”の南区画は、まるで隕石でも落下したかのように大穴が空いた。


「全員、降下開始!」


 クロードたちは、あたかも空を飛ぶハヤブサかタカのように、敵陣へ向かって急降下した。


「邪魔だぁ」


 ”天馬”のカウルから魔術符が射出され、衝撃波を伴って直進し、据え付けられた魔杖と砲台、塹壕ざんごうやバリケードを吹き飛ばした。


「出し惜しみはしない。全部だ、持って行け!」


 攻撃は終わらない。サドル付近のカウルから飛び出した矢は敵陣のど真ん中で凄まじい轟音を鳴り響かせ、遅れてペダルから射出された球体は”眠りの雲”を撒き散らす。

 ”天馬”の防音、防風の結界で護られたレジスタンス飛行隊はともかく、オズバルト一党はたまったものではあるまい。


「領主さま。まだ大砲が残っています」

「くっ」


 自動制御されているのか、最北に設置された圧縮魔力砲が一門、着陸しようとするレジスタンスを狙って回頭していた。


「私が誘導します。増槽をパージしてください」

「鋳造――これで終わりだぁ」


 クロードは直上から残り少なくなった外付けの魔石タンクを落とし、後退しながら騎兵銃で狙い撃った。

 弾丸を受けて魔石タンクが破裂し、衝撃を浴びて圧縮された砲門の魔力が暴走、爆発する。

 クロードは爆風に煽られながらもどうにか着地して自転車を降り、南方の仲間たちに向かって叫んだ。


「全員無事か? 敵陣は制圧した。これより塔を解放する」

「まだたぬ。油断しちゃ駄目たぬ」


 煙の向こうからアリスの声が聞こえる。

 それだけではない。銃声と剣戟の音が鳴り響いている。

 戦いは、まだ終わってはいないのだ。


「うわっちゃあ、やられたやられた。偽者ども、誇っていいぜ。御頭の命令で、俺たちは本物のニーダル・ゲレーゲンハイト相手と同等の準備をしたんだ。だから、諦めな。お前たちはここで殺す」


 強風に吹き飛ばされて、煙が流れる。

 大鎌をもったピエロのように派手な装束の男が、ガスマスクと引きちぎれた防音符の残骸を投げ捨てた。

 アリスは、巨大な犬ととっくみあっている。

 着陸したチョーカー隊は、無事だった敵兵と乱戦状態に陥っていた。

 いまやクロードとレアは、完全に本隊と分断されていた。


「アルブ島で、陥穽かんせいを用いて楽園使徒アパスルを捕縛したと聞いた。流血を好まぬ、如何にもあいつらしいやり方だ。だから今回も同じことをするのではないかと予測した。騙りし者よ、お前の敗因は、本物を真似し過ぎたことだ」


 彼が、オズバルト・ダールマンだろうか。

 明らかに他の兵と気配が違う、頬に大きな傷がある男が無手のままゆっくりとクロードに向かって近づいてくる。


「領主さま、いけません。退いてください」


 クロードは、レアの悲鳴を聞いた。

 だが遅かったのだ。オズバルトは、一〇歩以上もある距離をわずか一足で詰めて、標的たる紅いローブをまとった少年、クロードを己が間合いへと捉えていた。


「鋳造――殺った!」

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