第187話(2-140)決行

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 復興歴一一一一年/共和国歴一〇〇五年 芽吹の月(一月)三〇日未明。

 深夜〇時を回った頃、レジスタンスは魔術塔”野ちしゃ”へ向けて、南進を開始した。

 ロビンが指揮する陽動部隊は、楽園使徒アパスルの防備をまるで障子紙を破くように討ち払い、目的地までの血路を開いた。

 夜の闇が薄くなって東の空が紫色に染まる頃、標高二〇〇〇メルカの山脈から少し離れた谷間で、紅いローブに身を包んだクロードは集まった主力部隊を前に声高く宣言した。


「これより侯爵令嬢救出のため、昇葉作戦を開始する!」

「おう!」


 山から吹き下ろす山谷風に抗うように、箒にまたがった一〇〇名の兵士たちが次々と飛び立ってゆく。

 クロードもまた彼らの後を追うように、白と黒の二色に染められた飛行自転車”天馬”へとまたがった。

 元々大柄だった自転車は、レアと技師たちの改造を受けて、エンジンと魔石ねんりょうタンクを積みこんだことで巨大化し、今では流線形のフルカウルバイクに似たデザインへと変化している。四方を囲むローダーのフレームもミスリル銀製に交換されて、余白もなくびっしりと魔術文字が書きこまれていた。

 最大三人乗りで、最大速度は時速一五○km。一般の兵士が搭乗した場合の航続可能時間は、フル装備で一時間。無装備なら二時間と飛躍的に向上している。

 ちなみに、一般的なマジックアイテムである飛行箒の航続可能時間はおよそ一時間で、先進国の高価な飛行用ゴーレムでも無補給なら三時間程度だ。”天馬”は自転車という形状にも関わらず、事実上軍事用ゴーレムのスペックに追いついたといえるだろう。

 レアは”天馬”の改造を終えた後、胸を張ってクロードに引き渡した。


『ソフィの設計が良く、技師たちの手腕もあって改造が進みました。これなら緋色革命軍マラヤ・エカルラートの飛行太刀を相手取っても善戦出来ます』


 ……反面、かかった費用は天井知らずで、青筋立てたアンセルと財務部職員たちに、クロードは水晶玉越しに怒鳴りつけられた。


『辺境伯様専用機です。二度とこんなもの作らせませんよ!』


 是非もないと、クロードは頷いた。

 レアとソフィというマラヤディヴァ国でも一、二を争うマジックアイテムの専門家と、ルクレ領、ソーン領に住む一流の技師たちが力を合わせ、魔道技術と工業技術に優れたヴァリン領とナンド領のパーツを惜しげもなく使って完成させた逸品だ。

 マラヤディヴァ国ヴォルノー島の象徴となり得る機体だが、それゆえにきっと二度と作れない。

 制式量産機は、”天馬”製作で培った設計とノウハウを基に、安価なエンジンと大量生産部品を用いて稼働時間三〇分を目指そうと話がまとまった。

 まるで舞い上がる木の葉のように空を駆ける自転車に、後部シートの最後尾に乗ったアリスは大はしゃぎだった。


「すごいたぬっ。たのしいたぬっ!」

「暴れないでよアリス、こぐのは大変なんだから。ねえ、レア、バイクには出来なかったの!?」

「自動操縦機能は右ハンドル横のレバーで作動します。ですが、魔法道具は使用者の力と心が繋がることで性能を発揮します。これが一番適した姿なのです」

「そ、そういうものなんだ」


 クロードとアリスに挟まれて座るレアの声は、先日の振る舞いが嘘のように冷静だった。

 これまでと変わらぬ態度に、あの日の彼女が夢だったのではないかと疑いたくなった。

 けれど、クロードは背中にぴったりと密着したレアの体温と鼓動を感じて、顔にかっと血がのぼった。


「うん。この自転車、使いこなしてみせる」


 クロードが乗る”天馬”を先頭に、チョーカー率いる飛行箒隊は見事な編隊を組んでいた。

 防音の魔術をかけてなお、竜の咆哮ほうこうを連想させる風の音が轟々ごうごうとうなりをあげる。しかし、”天馬”の風防結界に守られた編隊は、そよ風ひとつ受けることがなかった。

 飛行については短い時間の訓練ということもあり、チョーカーを筆頭に悲鳴をあげる参加者が続出したが、ミズキのスパルタ教育とミーナの献身的なサポートもあって、どうにか全員が乗りこなせるようになっていた。

 同時に、どこかぎこちなかったレアと、ミズキ、ミーナの関係がほんの少し好転したように見えた。きっと旅で通じることがあったのだろうと、クロードは思っている。


「領主さま、魔術塔”野ちしゃ”が見えます」

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