第378話(5-16)首都解放戦

378


 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 晩樹の月(一二月)一五日。

 炭鉱町エグネ防衛戦から一ヶ月が経った。

 クロード達ヴァルノー島大同盟は、ネオジェネシスとの緒戦に勝利を収め、作戦通りにユングヴィ領の奪回に王手をかけていた。

 ゴルトの強襲で一度は失った衛星都市や町村も再び解放に成功し、残すは首都クランのみだ。

 完全に孤立した状況でなお交戦を続けているのは、旧緋色革命軍の将軍ビクトル・ソレンソンという古参の活動家だった。


「邪悪なる悪徳貴族と取り巻きどもよ。我々は〝一の同志〟ダヴィッド・リードホルムの遺志を継ぎ、尊き正義を実現するため、ここに聖戦を執行する」


 ビクトル将軍は、大柄な肉体にアリ型装甲服を着込み、全長一〇mはあるだろう牛頭巨人型ゴーレムの後頭部に立ち、首都を取り巻く大同盟軍に対して吼えたけった。


「見せてやろう。我が第五位級契約神器ワイルドジャイアントの腹の中には、一〇〇人の奴隷を油と共に閉じ込めている。わたしが足下のハッチを開けて火を投げ入れたらどうなるか、わかるな? 悪徳貴族よ、こいつらの命が惜しければ、一人でここまでやって来い」


  ビクトル将軍が、ヒステリックに喚きながら杖を掲げると、中空に映像が投影される。

 巨人の腹の中らしい空間では油塗れになった人々が俯いていた。人々は両手を縛られ、腰まで注がれた油の中で立ち尽くしている。特に画面中央に映った三白眼の青年は、動揺も露わにボロを着た身体を震わせていた。

 大同盟の兵士達の顔色が変わり、ざわめきが波紋のように広がった。


「さあ早く来い。言っておくが、飛行自転車など無駄だ。この機体は頑丈で並の攻撃など受け付けない。更に我が軍の砲台は半数を後方に向けている。貴様らが攻撃するより、我らが街を焼く方が早いぞ。無用な血は流したくあるまい!」


 独演を続ける敵指導者を、大同盟に参陣していたラーシュ・ルドクヴィストは呆れるように見上げた。


「マル姉、ああも卑劣な真似をして、どうして正義なんて口にできるんだろう?」

「ラーシュくん、言葉だけならどうとでも言えるわ。だからこそ私たちは、行動を見なければならないのよ。どんな悪名を背負っても、気高い道を歩き続けたあの人のように」


 マルグリット・シエルクヴィストは、まだ怪我の癒えていない婚約者の手をとって、そっとあやすように抱きしめた。

 今回の首都解放作戦は、政治上重要な意味もあって、大同盟の将官が結集していた。北の市街を臨んで、南側中央にヴァリン公爵率いる主力部隊が、後方の丘陵にはマルク・ナンド侯爵が指揮する砲撃部隊が、なだらかな西側左翼にはアンセル出納長とヨアヒム参謀長が連れて来たレーベンヒェルム領の騎兵部隊が、森林の多い東側右翼にはラーシュとマルグリットがいるユーツ領の歩兵部隊が陣取っていた。

 また市街を挟んで向かい側の北方には、ルクレ領の騎士ミカエラと、新たにソーン領の隊長に昇格したロビンが、飛行自転車隊らを擁して逃げ道を塞いでいた。

 大同盟は完全な包囲網を敷いた上で降伏を勧告したが、緋色革命軍マラヤ・エカルラート残党の応えは最低極まりない人質作戦だった。


「わかった。要求を受け容れる。もう一度交渉しよう」


 クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯らしき、着飾った影法師が西の平野を武装もせずにとぼとぼと歩いて行く。そして十分に距離が離れた頃――。


「交渉かっ。いいだろう! 我々が欲しいのは、貴様の命だ」


 牛頭巨人の角から雷撃が放たれ、同時に雨のように砲弾が降り注いだ。

 影法師は、瞬く間に五体を焼かれて消し飛んだ。


「ハハッ、見たか! 〝一の同志〟が〝万人敵〟が果たせなかった怨敵の打倒を、このわたしが成し遂げたぞ。ただ剣を振るうばかりが、戦争ではないわあ」


 ビクトルが狂気じみた笑いをあげる中、彼の足下の開口部ハッチが開かれて、細身の青年がにゅっと顔を出した。


「な、に!?」

「同感だよ。じゃあ、くたばれ」

「お前は、クローディッ」


 ビクトルが誰何すいかの声をあげる時間を与えず、クロードは鋳造魔術で創りあげた愛刀、八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござしで、肩口から袈裟懸けさがけに斬り裂いた。

 クロードは、悪漢がドウと倒れるのを油断なく見下ろした。ネオジェネシス以上の外道を働きながら、ビクトルの身体から流れる血は赤かった。


「い、いま、殺したのに。ど、どうやって、中に……」

「あれは幻影だ。僕は神器で体重を軽くしてもらって、運び込まれた油壺の中に隠れて入った。さっきは驚いたよ、バレたかと思った。ハッピーラブラブカップル」


 クロードは、小っ恥ずかしい合い言葉を口にしながら、マルグリットの神器で魔法がかけられたはたき三本を空へと投じた。地中貫通爆弾バンカーバスターと変じたはたきは、市街を狙う砲兵部隊をまとめて吹き飛ばした。


「こ、ごうしょうをじよう」


 アリ型装甲服の生命維持装置のおかげか、致命傷を負いながらもビクトルは生きていた。這うようにハッチに向かって手を伸ばし、魔術文字を綴って指先に火を灯す。

 けれど、クロードは踏みつけて火を消した。


「悪いが、外道と交わす言葉はない」


 トドメの、介錯の一撃を振り下ろす。

 クロードがビクトル将軍を討ち取った頃には、首都クランを巡る戦いも終わりが見えていた。


「悪党共! 因果応報の裁きを受けよぉおおっ」


 マルク・ナンドが命じるままに砲兵部隊が、混乱中の敵砲台を焼き尽くし――。


「この勝利を尊きセイ司令と、勇敢なる我らが辺境伯に捧げる!」


 イヌヴェが陣頭に立った竜騎兵隊が馬上銃を浴びせた後、突撃で敵陣を踏み潰し――。


「お前達は戦士じゃない。ただの卑劣漢だ」

「戦場で散ることを誉れと思いなさい」


 ラーシュとマルグリットのコンビが逃げ惑う敵兵達を掃討する。


「コンラード隊長の代役、果たしてみせる」

「チョーカーさんの仇だぁっ」


 見苦しくも市街に逃れようとした落ち武者も、ミカエラとロビン達の部隊にことごとく刈り取られた。


「首都解放。ようやく、ここまで、来られた」


 クロードは深い息を吐いて鎖を創り出して牛の角にとりつけ、ハッチから降りた。


「皆さん、もう大丈夫です。外は安全ですよ」


 牛頭巨人の腹の中では、囚われた息も詰まるほどの油の匂いと、囚われた人々の悲嘆に満ちていた。けれど、絶望は安堵に塗り替えられた。

 一〇〇人の人質は泣きながらも、笑顔を浮かべてクロードへと殺到する。


「あ、ありがとう!」

「助かった!」

「ねえ、お名前を教えて」

「アンタに救われた末代まで語り継ぐぞ」

「え、はい? あば、おぼれ……」


 戦闘終了後、いつまで立っても出てこない上司を心配して覗いたヨアヒムが見た物は、なぜか油で溺れて介抱されているクロードの姿だった。


「なにやってるんすか、リーダー」

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